#158 神と話せる男の苦悩
「やはり来たな、マコト・エイロ――」
「ジャンピングフロントキーック!!」
「らばッ!」
帝国の中央にある大要塞。その前の二人の門番を始末して門をぶち破り、俺は中に侵入する。
「注意すべきはアヤメだな。今度あの赤い鎖に当たったら、俺は一般人に逆戻り」
《超人的な肉体》が消されたら超人じゃなくなって、ただのサングラス掛けてイキったサラリーマンになっちまうからな。
「それよりも今、気になるのは……」
さっきジャイロに言われた言葉だ。『転移者の、日本での関係者』のこと。
どいつもこいつも悪党なんだが、面倒なのはそれぞれに人生があるってことだ。まぁほとんどの転移者はジャイロやルークに処遇を任せることになりそうだが。
俺が考えるべきはツトム。ツトムを殺さなきゃいけねぇかも……なんて普通に考えてた俺はバカだった。バカ以外の何者でもあったもんじゃねぇ。
ツトムは高校生かそこらのガキだ。親と一緒に暮らしていただろう。あいつは自殺を図って、だが死ぬ直前にこの世界に転移させられた。
日本にあいつの死体は無いはず。親にとっては、首吊りロープを吊るすだけ吊るして家出して、そのまま帰ってこねぇドラ息子的な扱いをされてるんだろうか。
俺があいつをこの世界で倒すとする。そしたら、向こうの遺族はどうなっちまうんだ。息子の生死も知れねぇまま一生を終えるんじゃねぇか。
――そうなってくると俺の方も問題だ。もしツトムに殺されでもしたら、日本で突然消えた俺を心配してるだろう妻と娘は何も知らねぇまま……
「クソっ自分で考えても答えが出ねぇ! 困った時の女神様〜! 女神様〜!?」
走りながら、帝国兵をぶっ飛ばしながら、女神様の名を大声で呼びまくる俺。傍から見たら(傍じゃなくても)異常者だな。
そうか! 女神様はいつも俺にテレパシーを使って喋りかけてきたな。なら俺にもできるんじゃなかろうか。
――女神様、メガ様、女神様、女神様、女ヶ沢、女神様、女神様、女神様〜〜〜!!
『マコトさん? 今、脳内で私をお呼びしましたか?』
マジかよ通じちゃったよ。俺からテレパシーを仕掛けるのは初なんだ、まだ心の準備が……って言ってる場合じゃねぇ。
(んん? こうやって心の中で言ってりゃ聞こえんのか? 今は診療所の中か?)
『はい。貴方は転移者の中で最も私と密接に繋がっているのですから、聞こえない筈はございません。それから、もちろん診療所からは動いておりません。王都でのトラブルは徐々に収束へ向かっているようですね』
王都も魔物が出現して危なかったもんな。無限湧きだったら怖かったが、ウェンディやブラッドがこっちに加勢に来てたし、ひとまず心配はいらねぇだろうと高を括ってた。
少なからずツトムが帝国内での戦闘に集中する必要があるから、帝国以外での魔物の勢力が弱まってる可能性もアリだ。
(あぁテレパシーって慣れねぇ……それは置いといて、あんたに聞きてぇことが一つある)
『すぐに慣れますよ』
(転移者についてだ。俺とかツトムとか、あんたが突然転移させたヤツらは、日本ではどういう扱いになってんだ? やっぱ家族は泣きながら帰りを待ってんのか?)
『いいえ。日本にいらっしゃる転移者の関係者は、転移者に関する記憶を喪失するのです。家族だけでなく、職場の同僚、お店等で一度だけ見かけた人も、全ての人間から転移者の記憶は消えてしまいます。写真やその他記録も、全てがぽっかりと失くなるのです』
(マジかよ。すげぇな神ってのは……)
ということは俺の妻と娘も俺のこと覚えてねぇし、ツトムの親とかもツトムのこと覚えてねぇワケだ。
こっちの世界で転移者が死んでも、まぁ向こうの世界には何の意味も成さねぇんだな。だが、やっぱりあいつを殺すべきか――
(女神様、転移者を日本に送り返すことはできねぇのか?)
『こうして人間の世界に降り立った私は神の力をフルには扱えません。今現在、転移はできかねます』
(でも俺をワープホールで日本へ送り返そうとしただろ……ってあれはツトムが操ってた時だが)
『本来は人間界であんな事はできません、ツトムさんが無理矢理に力を使っただけです。それも加わって今はもっと力の使える範囲が狭いのですよ』
確かにツトムが無理くり膨大なエネルギーを使ったから、女神様が病院送りになってる現状だったよな。忘れてた。
(あんたはどう思う? 俺がツトムの命を奪っちまったとしたら)
『……何も。貴方に全てを託した身である私には、何も言う事はできません。ただ一つ言えるのは――彼は、幼いながらも乱暴を働き過ぎました』
俺も女神様と同意見だ。あいつはませたクソガキだが、人を笑顔で殺せる正真正銘の悪党。
だから扱いに困ってんだが。
『ツトムさんの件は……貴方なりに考えてみてください。私はどんな結果であれ支持いたします。しかし、私にも手助けさせて欲しいのです。少しでもサポートをする為、帝国にいるドラゴンを借りてもよろしいでしょうか?』
(俺は良いけど、ドラゴンとよく話し合ってくれ。俺はあいつと仲間達が今どんな状況にあるのか把握してねぇからよ)
『了解しました。ありがとうございます――応援していますよ、マコトさん』
(神に応援されるとは。人生何が起こるかわかんねぇ)
女神様に感謝され応援されちまって、もはや普通にそれを受け入れてる自分に苦笑するしかない。どうやら女神様は俺とのテレパシーを終了したらしい。
ドラゴンを借りるってことは女神様はドラゴンに乗ってムーンスメル帝国に来るつもりなのか。神の力をフルに使えねぇらしいが、どんなサポートをする気なんだ。
――ツトムのことは自分で考えろ……か。
「やっぱそれに答えをくれるほど、神ってヤツは甘くねぇワケだな」
俺は兵士を蹴散らしながら要塞内を進み続けるのだった。




