#15 脱走の理由、俺の今後
たくさんあったスープも、五個あったパンも何もかも、俺とプラムで食い尽くした。場所はまだ同じ路地裏。本当に腹が減ってる時は、周りの環境が汚くても案外おいしく食べれるもんだ。
「じゃあプラム。何で外出たのかそろそろ教えてよ」
「ん? そこまだ話してなかったのかよ」
「マコトさんが気絶している間は、マコトさんが何者なのかって話ばかりしていましたから」
俺かなり長い間寝てたのに、それぐらいしか話してねぇのかよ。でも言われてみれば、どこから入ってもちょっと要素が多くて、何から話そうか迷うような濃密な一日だったな。
それも俺だけでなく、ルークとプラムもそれぞれの行動や思考がある訳だからな。
「理由は……あんまり言いたくない」
「じゃもう一回ぶつぞ?」
「ああっ、言う! 言うから! 冗談だから!」
ほんとにこいつ、隠し事多くて生意気なガキだぜ。でも俺が軽く拳を振り上げてみせると、手をブンブン振って拒んだ。
殴るってのはさすがに冗談だがな。
「団の訓練場では、動かない的ばっかり狙って退屈で。だから実際に戦ってみたいなって」
「……言ったと思うけど、君にはまだ魔物と戦えるだけの実力は無いんだからね。一人なら尚更」
「うん、今日ので思い知ったよ」
俯くプラム。ルークはその様子に深くため息をついて、聞く。
「これも言ったよね、僕はプラムを妹のように思ってると。そんな事考えてたなら、何で僕に相談してくれなかったの?」
「相談したって、何にもならないと思ってさ」
「……この件についてまだ話し合ってもないのに決めつけたの? それだったら、ちょっと傷付くなぁ」
「いやそうじゃないよルーク、そういう意味じゃなくて……」
「まあまあ。その辺にしとけよ」
強さとかは関係なく、話してるのは若者二人。何となくだが言い合いに突入しそうな雰囲気に、俺は仕方なくズカズカと踏み込んでストップさせた。当然、二人とも驚いた顔で俺を見てる。
「訓練メニューの話は、お前らが今ここで話し合ったってダメじゃねぇかな。まず、ルークは他にも指導してる団員が大勢いるんじゃねぇか? たぶん合ってるだろ。しかも魔物とかも関わってくる面倒な話だろ」
「ま、まぁ……はい……」
「そうだけど……」
「後で落ち着いてゆっくり話せばいいことだ。特に今日は、お前ら疲れてるだろうし。感情も高ぶりやすくなっちまってんのさ」
「その通りです……」
「うん……」
もはや相槌をうつだけの二人は、肩を落としてしょんぼりしたご様子。俺も前の世界ではクソ無能、こっちの世界でも性格は引き継いでるはずだが……他人にはいくらでも口出しできるという『人間あるある』だろうか。
そこに俺の話を挟むのはちょっと気が引けるが、これだけは聞いておかないと生きていけない。
「で、暗くなってきたが、俺はこれからどうすりゃいいと思う?」
「はい?」
「え?」
「金ならあるから宿屋とか紹介してくれねぇか」
「あ、お金は持ってらっしゃるんですね」
「ほらよ」
俺は財布とその中身を見せた。が、それを見た二人は『?』という字がそのまま浮かんできそうな表情……いや、なんで?
「なんで?」
ひとまず思ったことをそのまま口に出してみる。
「お財布……ですよね、これ」
「そうだが? 何をそんな不思議な顔してんだ」
「そんなお金見たことなかったので」
「は?」
見せたのは言うまでもなく日本の円、千円札だ。その後も「これは?」「これもダメ?」と百円玉やら一万円札やら色々披露するが、「見たことない」以外の返事は無かった。
プラムに至っては、
「このおじさん誰?」
「偉人だぞ」
「……………王族?」
「違う」
一万円札に描かれた有名人に対してこの発言。こりゃ決定的、この世界と前の世界では通貨が違うってことだ。
クソ、何でこんなに簡単なこと予測できなかったんだ、俺本物の一文無しだったのか。参ったな、金無いとか俺どうやって夜を過ごすんだ!? 寝なきゃ死ぬ……野宿!?
「この路地裏でって選択肢もアリっちゃアリ……ん? 待てよ……」
ここで俺は唐突に、重大なのに軽く考えてた事を思い出した。
「そ、そういえば……ルークお前まさか、俺を逮捕するつもりなんじゃ」
普通に国に留まるつもりだったがマヌケだった。俺は不法入国者。今までも簡単に口にしてきたが、バカな俺でもこれはかなりマズい犯罪だと推測できるのに……実感が無くてダメだ。
だがルークは笑みを崩さない。
「あはは。するわけないですよ、元々僕が入れたんだし。しかもプラムや、間接的に僕のことも救ってくれたんですからね。あなたが良ければ『国民証』を発行してもらいますよ」
「マジか。ありがたいが、お前そんなに勝手に決めて大丈夫なのか」
「発行の手続きは意外に簡単ですし、僕には地位がありますから大丈夫ですよ……よく『人を信じすぎる』と言われる僕ですが、あなたのことは本気で信じても良いと思うんです」
頭を掻きながら照れ臭そうに言うルークに、やっぱり嘘は見えない。
バカだなぁ〜こいつ。俺には悪事を働く気がないから良いけど、もしあったなら――ショックを受けるのはルーク自身だってのに。本当に、どこまでもいい奴だ。
「じゃ、お言葉に甘えてもいいか」
「もちろんです!」
ルークは軽く自分の胸を叩いた。
う〜ん、不法入国についてとりあえずこれで解決としても、問題はもう一つあるよな。
「住むとこどうするかな……」
「もうさ、私の部屋でいいんじゃない?」
「は?」
「え?」
ルークが参加してからなんとなく大人しかった感じのプラムが、いきなり真顔で衝撃発言をぶちかましてきた。




