#153 奈落の底で
――エバーグリーンが死んだ。
俺はあいつを助けられたかもしれない。助けられたはずだ。助けられた、はずだった。
俺のパワーが足りなかった? スピードか? 根性か? それとも絶対に助けられなくて、避けられない運命だったのか?
「……わかんねぇよ……クソ……」
殴った箇所から地面が盛り上がり、そのまっすぐな石畳の波の先には粉々になった白い処刑台があった。
「フフ、悪くない攻撃力だマコト・エイロネイアー。いやぁ実はこの処刑台、あんた達へのパフォーマンスのためについさっき作らせたんだが、どう片付けようかと迷っていたところだったんだ」
闇の翼で空をゆっくり舞いながら、「壊してくれてありがとう」と何の悪びれもなくお礼を述べてくる魔王ツトム――間違いなくあの高校生がエバーグリーンの首をはねたんだ。俺はあいつを殺さなきゃならん。そんな次元の話になってきた。
だがホバリング中のツトムよりも問題なのは、
「ふむ。抵抗したりせず、まあまあ潔い最期であったな。さて、今度は若者達を消すか」
さっきのサメ男が、俯いた顔に影を落とすジャイロを今にも殺そうとしていやがる。
半魚人はその筋肉質で鮫肌な青黒い右腕を振りかぶり、
「ガルルゥゥ!」
「ぬ!?」
高く振りかぶった右腕に、突然現れた大きなオオカミが勢いよく噛み付いた。
それはエルフの村の守り神――バスターだった。
「「〈ホーリー・ストライク〉!!」」
「ぐ……ッ!」
さっとバスターが離れたかと思ったら、今度は『小さな光の球体』と『光を纏った矢』が一緒に飛んできてサメ男を盛大に吹き飛ばした。
二つの光の主は走ってくるエルフ姉妹のリールとルールだろう。ようやくリールの怪我も治ったのか、ジャイロを守ってくれたらしい。
付近の帝国兵がザワつく中、連鎖は収まらない。
「……はぐっ!」
「いだだだだだっ、噛んだナ!?」
今度はプラ厶が、目をこじ開け続けていたローブ男の手に噛み付く。エバーグリーンの死を間近で見てなおプラムは強い子だった。
怯んだローブ男は、
「いたいけな少女に何をしているんだ貴様は!」
「ぐふ!?」
後ろから駆け付けた紫髪の褐色女騎士――ウェンディに後頭部の辺りを蹴られて転がる。
彼女はプラムの手を縛る縄を斬り、そのままルークの手を縛るツタまで斬っちまう。
「なに、あれもマコト・エイロネイアーの仲間なの!? 面倒なことになる前に、くらえ《抹消の鎖》!」
事態を重く見たアヤメは、急いで俺の《超人的な肉体》を消しにかかる。
どう避ければいいんだよ、クネクネ動きやがる赤錆色の鎖が迫ってくるが、
「得体が知れない鎖っス、防御してください兄貴!」
「おう、親分にゃ攻撃させねぇぜ! らぁ!!」
「まだ援軍いるの!? やばたにえん!」
ゼインの指示が飛び、俺の前に立ったブラッドが大ナタで鎖を弾いてくれた。
――よし、あいつらの活躍でとりあえず危機を脱した。その辺の帝国兵なんてあいつらでどうとでもなる。俺は、
「逃がさねぇぞツトム!!」
「面白い。来てみろ」
悠々と宙に浮く魔王ツトムに狙いを定める。武器もクソも生み出せなくなっちまった俺には、もうジャンプしてぶん殴るしかあいつを攻撃する方法がねぇ。
走って、三十メートルくらいある距離を詰めていく。そして地面を蹴って跳び、目の前のメガネ面に向かって拳を振るうが、
「はい、残念」
ツトムはほんの少しだけ上昇する。わずか数十センチの上昇でも、俺のパンチは届かなくなっちまった。
で、地面に落ちるしかねぇワケだが――
「穴に落とせ」
「了解」
呟くようなツトムの命令に、後ろの地面から確かに応答が返ってきた。空中で振り返れば、返事をしたんだろうローブ男が杖を振るっていて、
「――う、うぉわっ……!!」
真下に存在していた地面が突如として消失し、俺と、粉々になった処刑台、そしてエバーグリーンの死体が……奈落の底へと落ちていった。
▽▼▼▽
――消えたのが《超人的な肉体》の方だったなら、俺は今死んでたよな。
奈落の底で仰向けに倒れながらそんなことを思う。ずいぶん深い穴だ、どうやって出ようか。
「ったく、あのローブ野郎。ウェンディに蹴っ飛ばされて『ぐふーっ!』とか言っといて何が『了解』だよカッコつけやがって、いまさら遅ぇだろカッコつけても」
いつも以上に悪態をつく。
というか、気づけば口から出ちまう。
「ツトムだってそうだ。あれ高校生とかそこらだろ? 何だよあの口調は、魔王気取っちゃってよ。厨二病って中学二年生でなるから『ちゅうに』なんじゃねぇのかよ」
この発言も今更だ。散々あいつの口調は聞いてんだからな。
厨二病の認識に関しちゃたぶん俺が間違ってると思うが……いやーそれにしても愚痴が止まんねぇな〜。
「何が『魔王軍』だよ、ただの日本人の寄せ集めじゃねぇか。しかもあれだろ? 女神様の話聞いてると、転移してくんのはどいつもこいつも『どうしようもないヤツ』なんだろ?」
自分が『どうしようもないヤツの代表』みたいな存在なのは知ってて言ってる。
どうしたんだ俺、頭おかしくなっちまったかな。
「……『武器ガチャ』とは、思えばなんだかんだ長い付き合いだったなぁ。最後までよくわかんねぇ能力だったけど」
ついさっき消されちまった能力『武器ガチャ』。ただの能力なんだが、日常的に使いすぎてるからもはや俺の一部みたいに感じる。
実際は戦闘がちょっと大変になるだけなんだが、何だか寂しい。
あ〜あ……
「ツトム。土の魔術師。ありがとよ」
奈落の底に突き落としてくれたことにお礼を言う。
ジョークでも皮肉でも、強がりでもなんでもない。俺の心からの気持ちだった。
首と胴体が繋がっていない、すぐそこに転がっているエバーグリーンの死体を視界に入れて――
「……うぅ、くぅ……ぅ……」
サングラスを外し、俺は泣いた。
異世界にやって来てから初めて流す涙だった。いや今の年齢を考えると、日本での時間を含めても相当久しぶりって可能性も。
「何なんだよ……うぅ……エバーグリーンよぉ……本当に死にたかったのかよお前……ぅ、くそ……」
魔王と戦って散りたい――って想いがあったのはわかる。だが、魔王とまともに戦えてねぇって話だ。だったら無念の死なんじゃなかろうか。
今となっちゃもう誰にもわからない。
だから俺は彼が最後に言った言葉『ジャイロを愛している』、そしてその瞬間の彼の笑顔を胸に刻んで、自分勝手にエバーグリーンの仇を取る。そう決めた。
――ツトムと土の魔術師に礼を言ったのは、心の整理の時間が欲しかったから。そして……仲間から見えない場所で、思う存分泣きたかったからだ。
「どうだマコト、穴に落ちた気分は。ゼロからのスタート、とかそういう深い意味なんて感じてもらうと困るからな。さっさと始末しようと思う」
上からツトムの声が聞こえてくる。俺はまだ泣き止んでないから上を見れねぇし返事もできねぇけど。
生き埋めにでもするつもりなのかと考えたが、どうやら違うらしく目の前に闇が集まり始め、
「ジャオオオオォォ!!」
「フッ、『エリートリザードマン』だ。強さとしてはオーガに勝る。あんたは勝てるのかな? フッ、フフ……」
普通は緑色をしてるリザードマンだが、こいつは青色で、少し大きめの個体だな。上位種って感じか。
ツトムが踵を返してどこかへ歩き去る。それと同時にエリートリザードマンは大口を開けて突っ込んでくる。
「ジャウゥ、オオオオォォ!!」
「やっかましいなぁ」
顔を袖で乱雑に拭ってからサングラスを掛け直す。ゆっくり立ち上がり、右の拳にパワーを、オーラを集中させる。
「オオオオォォ!!!」
巨体が、並ぶ牙が迫ってくる。が、俺は焦らず拳を振り抜いた――
「ジャウッ……」
オーラを纏う拳がエリートリザードマンの腹を貫通した。そして腕をこちらに戻すついでに、
「うぉぉぉぉ――!!!」
ハラワタを掴んで引っこ抜く。いわゆる『モツ抜き』。俺の手の中で生温かいものが暴れ、エリートリザードマンは静かに倒れた。
モツをその辺に捨ててエバーグリーンの頭と体を抱え、この穴をよじ登って脱出する覚悟を決める。
――そこへまたしても現れるローブの男。
「死んでないだと!? なら今度こそくたばるがいいサ、マコト・エイロネイアー! 〈サンド・フォールズ〉」
運の悪ぃことに、今回はマジの生き埋めらしい。滝みてぇに砂が流れてくる。しかも勢いが強くて登るだけでも至難の業だ。
つっても、
「おらおらおらぁ、そんなもん効くかぁ!」
「な、登ってくる!? しかも早いゾ!?」
絶えず落ちてくる砂の滝を頭頂部で弾きつつ、俺は全身全霊をかけて登る、登る、登る。
「まずいっ次の魔法を……」
「させるかバカ野郎、お前さっきからうぜぇんだよ!!」
「ぐはっ!」
超高速で登り切って、土の魔術師をぶん殴って吹き飛ばす。転がった先であの男は自身を砂塵で隠し、どこかに消えちまった。
広場を見渡すとアヤメって女もサメ男もいなくなってる。代わりにルークやウェンディら仲間達と帝国兵達が争う姿が見える。
そこへ――
「帝国兵ども、魔王軍ども! 儂の怒りを喰らうが良いぞ不届き者どもめ! グロロロロォ!!」
「とーちゃーく、アタシのナイフ術お披露目の時が遂にやってくるぞ〜!」
「ジャイロ先輩は見えるけど、マコトさんと団長が見えませんね……ずっと寝てて悪かったです、全員死んでますか!?」
「全員死んでますかって聞き方があるかアホ! 団長、間に合っていればいいが……」
空からやってくるドラゴン、その上のドラコ、アーノルド、レオンがルーク達に加勢。まさかの戦えるヤツ全員集合だ。
ってか、おいアーノルド。お前いい加減本気でモツ抜くぞ。




