#152 「永遠など無い」
リールから情報を貰った俺は、負傷したリール達と別れて無我夢中で走った。
数分後ようやくたどり着いた。『処刑台のある広場』に。
「……マコト、さん……!」
「マコト!」
地面に腹ばいの状態で、後ろ手を何か変な物で縛られているルーク。正座みたいな座り方で、これまた普通のロープで手を縛られているプラム。まずはこの二人が俺を出迎えてくれた。
……周りを大量の帝国兵で囲まれていなきゃ、喜ばしい再会なんだがな。その中にさっきのローブ男もいるな。
「――ぅぐっ!」
「無駄な抵抗はもうやめた方が無難だぞ、若者よ。私とアヤメにどれだけ殴られて蹴られれば気が済む?」
次はジャイロと折れた大剣が広場の外から吹っ飛ばされてきた。身体も服もボロボロで血まみれ。いつもの剣も壊されちまって、相当やられたんだな。
ジャイロをボコした犯人っぽいのも入ってきたが、そいつはどう見ても……サメだ。二本足で立って歩くサメ。ギザギザの歯があって背ビレがあって尻尾もある。マジで腕と足があること以外は普通のサメだ。半魚人というべきか。
「おいおい勘弁してくれよ。タコ足男に、サメ半魚人……この国はいつから、おもしろ水族館にシフトチェンジしたんだ?」
絶望的すぎるこの状況下でジョークを言うしかない俺。
まぁ、あのサメ男も転移者だろう。女神様も『詳しく分かりませんがマコトさんの知らない戦力がある筈です』って言ってたしな。
サメ男は文字通り冷めた目で俺を睨みつけてから、ジャイロの首を掴んで民家の壁に押し付けた。
「マコト・エイロネイアーとともに大人しく見ていたまえ、父親の最期を……」
言いながらサメ男は件の『処刑台』の方に、黒い点みたいな無機質な目を向ける。
そう。俺は意識から外していただけ。そこにはずっと存在している。傷だらけで痛々しい姿のエバーグリーン・ホフマンが乗る白い処刑台、
「……ジャイロに、マコト君……な、何という、ことだ……」
そして彼を拘束する断頭台と、
「フッ、遅いじゃないかマコト・エイロネイアー。大事な友人だろうに、遅すぎやしないか? フ、フフフ」
ギロチンを生み出した張本人であろう魔王ツトム・エンプティが、そのギロチンに寄りかかっていた。
▽▼▼▽
うつ伏せのエバーグリーンを固定し、二本の柱の間にて鈍く光る刃で彼の首を狙うギロチン。
常にその柱から手を離さない辺り、ツトムが『武器ガチャ』で生み出した物だと理解。何やらレバーのような物も確認できるが、たぶんあのレバーを引いたら……一撃でエバーグリーンはあの世行きだ。
「来るなと……言った、のに……」
「ああ、マジか? ジャイロから伝言みてぇなの聞いた気がするけど、俺もまぁまぁの歳だからな、耳が遠くなってきたのかも」
「……グフッ、こ、こんな時でも、君は変わらないな……」
「お前だって、結構……元気そうじゃねぇか、エバーグリーンよぉ……」
もちろん嘘だ。もう彼はほとんど体力が残ってないだろう、息をするのもキツそうな状態。
普段の彼ならギロチンなんてぶっ壊せるはずだが、それをやってない時点でお察しだ。
「親父ぃ!! なんで、なんでなんでなんでだよぉ! なんで魔王に負けたんだよ!! そんなクソガキが親父に勝てるわけねぇよぉ!!」
サメ男に押さえつけられたまま、怒鳴りに怒鳴るジャイロ。
誰よりもエバーグリーンをライバル視し、同時に誰よりもエバーグリーンを尊敬し――愛していただろう男だ。
「やはり、あんたがこの赤髭男の息子だな? 頭髪も見事に赤いもんな。良いことを教えてやろうか」
「っんだよ!! クソ野郎!!」
人をイライラさせるような軽いノリで会話に割り込んでくるツトムに、ジャイロはいつにも増してがなる。
それを見たツトムはさらに挑発するように片耳に手で蓋をして、
「こんなにも距離が離れているのに、実に騒々しい男だな。まるで野良犬だ……ま、ちっぽけな小型犬だけどな……」
「うるせぇよ魔王!! さっさと言えよ!」
「いいだろう。エバーグリーン・ホフマンの話だが……この男、残念ながら僕とまともにやり合ったのは一瞬だけだ」
「は……?」
「あとはタカオが触手で拘束した所をヒロとヨリヒトと槍持ちの帝国兵やらがリンチにして、時々、暇潰しに僕も闇を撃ち込んだ。身動き取れずに、されるがまま。エバーグリーンのあの無様な姿をあんた達に見せてあげたかったなぁ〜」
「てっ、て、てめぇ……! ふざけやがッッッ――」
ジャイロは怒りをぶちまけようとしたが、サメ男に殴られて中断を余儀なくされる。
だが激震が走ったのはジャイロだけじゃない。実際、俺はもう怒りを通り越して絶句してる。気づけば俺の足は勝手に前に歩みだしていて、
「駄目だよ、いけないなマコト・エイロネイアー。それ以上こちらに近づいたら僕はこのレバーを引くぞ? 馬鹿なあんたでもどうなるかくらい想像がつくだろうに」
「……」
――たぶん魔王の野郎はエバーグリーンを逃がす気は無いだろう。どの道、殺すつもりでいるんだろう。
もしそうなってしまった時のためにも、別れの時間は長い方がいい。まだ俺が暴れる時じゃない。
そんな中、
「お前は……」
「ん?」
「お前は……その人が誰なのか、わかっているのか――!!」
魔王ツトムに向かって誰かの声が届く。あっちの世界でもこっちの世界でも聞いたことがないくらい低く暗く冷たい声音に首を傾げかける俺だが、
「その人は『騎士王』エバーグリーン・ホフマン……先代魔王を倒し、その他数々の功績を打ち立て、サンライト王国の平和を守り続けた……本物の『英雄』だ! その人の命は、お前が遊び半分で奪っていい程の軽いものじゃないんだぞ――!!」
信じられんことに、叫んでいるのは腹ばいになっているルークだった。
あいつの手を縛る植物、見覚えがある。俺もエルフの村でドレイクにアレで縛られたからだ。麻痺性の毒を持つ植物……少なくとも俺は縛られてる間ずっと動けも喋れもしなかった。
なのにあいつは……とんでもねぇ威圧感だ。
少しはルークの覇気に気圧されたのか無表情で黙るツトム。
あいつだけじゃなく誰もが圧倒される中、口を開いたのは他でもないエバーグリーンだった。
「あり……がとうルーク君……私の為に、お、怒ってくれる人がこんなにも沢山……嬉しいよ」
「エバーグリーン氏……!」
「でも、でもね……もういいんだよ……私は……『騎士王』は、魔王に敗北したのだから……私はただの『エバーグリーン・ホフマン』……ただの人間、なんだ……」
「そんな……あなたは……今だって僕の尊敬するお方です……僕だけじゃない、全ての騎士、魔術師、冒険者も、商人でも農民でも、浮浪者でも! 皆が、あなたに憧れています……」
弱気、だなんてもう言えないエバーグリーンの言葉。それをフォローしつつも涙を流すルークに、エバーグリーンは続ける。
「君は、立派だな……きっとこれからも伸びてゆける……私は、安心したよ。それと、マゼンタに……君の団長には、最後まで迷惑を掛けっぱなしだった……謝っておいて、ほしい……」
最後まで彼を思いやった女マゼンタのことを話したエバーグリーンは、ルークのすぐ横のプラムにも、
「それから君は……プラム君……だったかな? ルーク君やマコト君、団長のことをよろしくな……君がいるだけで、周りの人は頑張れる……ああ、それと、うちの息子も……面倒見てやってくれ……」
「……うん! ぐすっ、ジャイロの頭とかも撫でて、あげるよ……」
よくわからないことを言うプラムだが、泣いてる。もう消えてしまいそうなエバーグリーンの姿を、正真正銘悲しんでるんだ。
エバーグリーンの充血した目からも涙がこぼれ始める。彼は、ついに自分の息子へ視線を移す。
「げほ……こんなにも情けない姿を、お前に……見せることになるとは……予想も、しなかっ……たよ……息子よ」
「オレだって……」
「泣くん……じゃないぞ……わ、私の剣を手に取り、最後まで……戦うのだ。私は……今日でサンライト王国騎士団の……団長を辞め、その肩書きを……お前に託す……!」
「……!」
歯を食いしばって俯くジャイロだが、僅かに頷いたように見えた。エバーグリーンもそれが見えたのか若干安心したような顔で俺と目を合わせる。
「魔王は……私を逃がさないだろう、マコト君。君は良き友人だった、王国を頼むぞ……」
「……」
沈黙が俺の答えだった。肯定と受け取ってくれた彼は顎を引き、(恐らく最後に)横の魔王ツトムを見やる。
「君……にも、一つ、大切な事を教えようか。それは……『永遠』など存在しない、という事、それだけだ……」
「……どういう意味だ」
「平和がいつまでも続くなんて『希望』も……支配が終わらないなんて『絶望』も……永遠に維持される事など、あり得ないと……言っているのだよ。どんなに強固だと思われていた壁も……いつかは老いて、いつかは崩れる。何年後かは定かでないが……少なくとも永遠ではない……すべてが、ね」
「つまりそれは、年老いたあんたが僕に敗けたことへの言い訳か?」
「はは、は……さぁ、どうだろうな……その点は自分で考えてみるといい、若僧よ……」
魔王からの幼い質問に、乾いた笑いで返答するエバーグリーン。だが幼くても魔王は魔王――ツトムはツトムだ。
「さて、話が長くなったな。そろそろタイムアップだ、エバーグリーン・ホフマンを処刑する」
「そうは……させねぇよ!!」
こんだけバカ丁寧なお別れ会をやっても、やっぱり俺はエバーグリーンを諦めきれねぇ。足掻かせてもらう。
スナイパーライフルを生み出して、スコープを覗く。照準をゆっくりと、ツトムの額へ……
「面白い。やれるものならやってみろ」
「俺をナメてんじゃねぇ……もう俺は手を汚した。お前だって殺しちまうぞ!」
「だから、撃てるものなら撃てと言っているだろう」
狙いをすます。スコープの向こう側には、歯を剥いて笑う魔王ツトムの姿がある。あとは、撃つだけだ――!
「《抹消の鎖》」
聞こえたのは女の声で、銃声じゃなかった。
なぜかって、ライフルに巻き付いたツヤのある赤錆色の鎖のせいだろう。スナイパーライフルが徐々に消滅していく。
「どうして……消えてんだ……?」
鎖の巻き付いた部分から、どんどん消えてなくなっていく銃。終いには俺の手から完全に消え失せた。
赤錆色の鎖が戻っていった暗い路地から、一人の黒髪の若い女が現れたのは偶然じゃないだろう。
「えへへー、やっと使えたよこの能力! ツトムくん、私大活躍だよ見てるぅー?」
笑顔でツトムに向かって手を振る女。顔立ちがまんま日本人だ、あいつも俺の知らない転移者ってワケかよ。
じゃあ今の鎖はあいつの能力か。青い鎖にも良い思い出はねぇが、赤いのは……?
「あれがマコト・エイロネイアーでしょ? やったよ! ちょっと本体から外れちゃったけど、能力一個消しちゃった!」
「何をしてるアヤメ、だったらもう一つも早く消せ」
能力、消しちゃった……?
いつものように武器をイメージしても、何も生み出せない。俺の手には何も現れねぇんだ。
「冗談じゃねぇぞ……!」
アヤメ、と呼ばれた女に適当に指示を出しながらレバーに手をかけるツトムを見て、俺は『武器ガチャ』を失ったことを嘆く。
魔法を発動できねぇらしいルークと、無駄だとわかってるのか何も抵抗しないプラムも反応し始める。
「プラム、目を閉じるんだ! 君はまだ、死を見る必要は無い!」
「うん――えっ、い、痛いっ!」
ルークの指示を聞こうとしたプラムだったが、ローブの男が後ろからプラムの目を無理やりこじ開けやがった。
「ガキだからって甘くするとでも? 見ろヨ見るんだヨぉ、人間はいつも死と隣り合わせサ、お前もいつかああなるんだヨ、現実を直視しろ」
「やだ! やめてよ痛いよ!」
「プラムから離れろ! ――壁の穴を土で埋めたのは、あなたですね!?」
「だから何だヨ、黙って見ていろヨ」
あの土の魔術師うぜぇことばっかしやがって。
いやいや今はそれどころじゃねぇ。ツトムがレバーを今にも引こうとしてて、路地の女も掌を俺に向けてきてる。
たぶんさっきは銃にだけ鎖が当たったから『武器ガチャ』が消えちまったんだ。俺自身に当たってたら二つとも一気に失ったんだろう、危なかったぜ。つまり今度こそやべぇ。
だったら何もかも失う前に……せめてエバーグリーンだけでも。
オーラを凝縮した右の拳を、地面を殴るために大きく上に振りかぶる。
「戻れなくなるぞツトムゥゥゥゥゥ!!!」
「僕には、戻る場所なんて既に無い」
魔王の手がレバーを握り、上から下へ動いていく。妙にスローモーションに感じる。
「《抹消の鎖》」
アヤメの掌からも赤い鎖が射出され、俺へと一直線。
だが拳を地面に届かせた俺は屈んだ体勢になり、ギリギリで鎖が当たらなかった。
殴られた石畳の大地はオーラの力で波打ち、衝撃が近くの帝国兵を吹き飛ばしながら処刑台へまっすぐ駆け抜けていく。
しかし。
もう間に合わない。
「親父ぃっ!」
「――――愛しているぞ、ジャイロ」
レバーが下まで動かされ、柱の間の斜めの刃が、ストン、と下に落ちる。恐ろしいくらい滑らかで、呆気なく。
英雄だった一人の男の……一人の父親の首が処刑台の上に転がった。
「戻れなくなる。俺が、お前を殺さなきゃならなくなる」
俺が放った遅すぎる衝撃が、ツトムすら飛び立って何も残ってない――そんな処刑台を無駄に破壊した。




