#143 王都大パニック
「オオォ!!」
まだ混乱状態の俺は背後から迫る、棍棒を振りかざすオーガの存在に気づけてなかった。が、
「どらぁッ! 親分に近づいてんじゃねぇぞ!」
横合いから現れた大男ブラッドの蹴りで、オーガは体勢を崩されて俺への攻撃が中断された。
やべぇ、体が動かなかった。ブラッドがいなかったらちょっと危なかったな。
「マコトの親分、大丈夫ですかい!? 急にこの騒ぎ、一体全体何が起こってんですか!?」
ブラッドの顔はどう見ても焦ってる表情だった。こいつ意外と――俺と同じく――小心者だからな、突然の事態に動揺してんだろう。
「すまねぇブラッド……空を闇に染めて魔物を生み出す……間違いねぇ、魔王ツトムの仕業だ」
闇魔法は魔王の十八番、魔物創造もその闇魔法の内って話だからな。ツトムが引き起こした事態なんだろう。
そうなってくると気がかりなのはやっぱり――
「……おいヒョロ。親父と魔王の戦いって、そろそろ決着つく頃だったっけ……?」
「『恐らく』と言ったはずです。僕にもわかりません……わかりたくありません」
エバーグリーンだ。ツトムがあいつと戦ってる最中に遠く離れたサンライト王国を襲うなんてちょっと不自然。ジャイロとルークも不安そうだ。
もしかすると……もう……?
「騎士王さんは、負けちまったんですかね……」
「わからん……そんなことよりもブラッド、まずは王都のパニックを収めねぇとだ。この国には避難所みてぇなのはあんのか?」
「俺の知る限りそういうのはありませんね。王都内に魔物が現れるだなんて、きっとお偉方も予想しなかったんでしょうねぇ。とりあえず今はウチの子分達も総出で対応してんですが」
避難所が無いことを皮肉っぽく、そして子分達も早々に魔物と戦っていることを誇らしげに話すBランク冒険者ブラッド。
そんならどっかに簡易避難所みてぇなのを設定しないとパニックが収まらねぇ。俺が思うに、戦闘のできない国民を一箇所に集めて、そこを戦闘員達が守る……ってのが一番効率的だ。
悩んでいるところにブラッドの筆頭子分、Dランク冒険者のゼイン(ロリコン)が走り寄って来た。
「おお、マコトの親分ここにいらしたんスね! 冒険者はもちろん、騎士団や魔術師団もとっくに動いてるっスよ。んでさっきウェンディさん達と話したんスけどいっそのこと『診療所』を避難所にしちまおうって」
「診療所を?」
一番の問題は『診療所内の患者達』ってことになったらしい、移動も大変だし医療従事者にも戦える人だっているワケねぇと。だったらそこに国民を避難させ、全部まとめて守っちまおうって算段らしい。
なるほど、いいじゃねぇか。ちょうど診療所にはリリーとロディ、女神様もいるしな。
「少なくとも騎士団はもうその方針で、俺らにも手伝いを求めてきてるっス。国民を避難させつつ魔物と戦うにはブラッドの兄貴の力が必要不可欠ですからね」
「ダハハハ、なるほど了解したぞゼイン。親分はこれからどうします? エバーグリーン・ホフマンと知り合いらしいじゃないですか……てめぇは邪魔だぁ!」
大ナタでさっきのオーガをぶった斬りながら聞いてくる、見てくれの豪快さならトップクラスのブラッド。
これからどうするかって聞かれると……
「お前の想像通りさ。俺はムーンスメル帝国に向かう」
端的に答えると、二人の若者が反応する。
「オレだって、オレだって行きてぇよ……!」
「僕も同行したいです。しかし国王様は戦争を起こさないためなら何だってする人なんだそうです。もしかするとエバーグリーン氏を助けて、魔王を倒しても……それでも死刑は免れないかもしれません……良いんですかマコトさん?」
様子を見るにジャイロもルークも行きたくて、死罪を背負う覚悟はできてるらしい。残すは俺のみか……
「死刑なんて……クソくらえだ! 俺は行く!」
エバーグリーンは友達だ、見捨てられるワケねぇよ。その命を奪おうとしてるのが同郷のツトムだってんなら尚更だぜ。
「親分行く所に我らあり……ですぜ、親分。俺達も後々絶対に帝国へ向かいやす」
「そうっス、国民の避難を完了させたらすぐ行くっス!」
「じゃあ頼むぜお前ら」
ブラッドもゼインも張り切っている。
そうしていると下っ端子分達がか弱い国民達をたくさん連れてきた、ここは診療所のすぐ側だからな。その中にはギルドの受付嬢やバーのマスターの姿も見える。王都の方はブラッド達に任せて大丈夫そうだ。
「では国のことを他の冒険者・騎士・魔術師の皆さんに任せるとして、僕ら三人で帝国へ向かいましょう。必要なのは移動手段ですね。馬だとか馬車だとか」
「おいルーク、門番が止めてくるんだろ?」
「この状況だぜマコト。そんなの強行突破しちまえばいいんだよ! 頼むから無事でいてくれ親父……」
馬車とかだと門を通るのが大変なんじゃねぇかと思って聞いたんだが、もはやどうでも良さそうだな。
さっさと馬を得て、早く帝国へ向かおう。
▽▼▼▽
馬を得るため、一番近い騎士団の領地へ走ってた俺とルークとジャイロ。
あちこちで魔物と人間の乱闘が勃発するその道中見かけたのは、
「うわぁ!!」
「キャー!」
「あ、ああっ、ウェンディ様だ!」
「助けてウェンディさーん!」
「こっちだ、落ち着いて『診療所』へ避難をー! 無理ならば『騎士団・魔術師団の領地』『学園』でも構わない! 最後まで諦めるなーっ!!」
パニックの国民達を守り、汗水垂らして魔物に対応する女騎士ウェンディとモブ騎士の一団だった。
「ん!? ジャイロにルーク氏にマコト! 貴様ら揃って何をしている!?」
「頑張ってるなウェンディ。俺達は『死刑なんてクソくらえの精神』でムーンスメル帝国に行く。だからお前らんとこの馬を借りに来たんだが」
「それはまずいな、もう王都の防衛の為に騎士団の馬は全て使ってしまっているんだ」
「……マジか」
まぁ確かに国中駆け回って魔物殺したり国民助けたりするワケだから、馬も使うのか。なら魔術師団の馬を借りるか? 遠いな、しかもあっちだって同じような対応してるんじゃねぇかな。
面倒なことになってきたぞ。
「助力できず、すまない。とはいえ団長の為ならば私も死刑など恐れる気は無い、街の安全を確保したらすぐに帝国へ向かう……良いか?」
「「「いいぞ!」」」
「お、おお……貴様ら、気合い充分だな」
いきなりの男の三重奏に少し身を引くウェンディ。冷たそうなルックスなのに、『良いか?』っていちいち聞いちゃう自信の無さが可愛く見えてきた。俺が自信無くても可愛げねぇし。
ブラッドとゼインも来るって言ってたし、援軍が多くて嬉しい。
――いや冷静に考えたらこれやべぇな、どんどん死刑囚候補が増えていくんだが。




