#141 一時間後
――目を覚ますと、白い天井が広がっていた。痛む頭には包帯が巻かれ、少し痛む右腕はギプスでがっちり固定。俺は白いベッドの上で氷枕を敷いて眠っていたらしい。
「ん〜……また診療所か。何度、ここにぶち込まれたら気が済むんだろうなぁ俺ってヤツは……」
「あ、おじさん起きました!?」
「うお!? リリーか!」
傍らのイスに座って俺を静かに見守ってたのは、茶髪で頬のそばかすが印象的な少女、でもってプラムの親友でもあるリリーだった。
よかった。誰でも良いから今すぐ聞きたいことがある。
「俺がぶっ飛ばされてからどれくらい経った!?」
「ぶっとばされたんですか!? ……えっと、私はマコトおじさんがここに運ばれるところだけを見たんですけど、それから一時間くらい経ったかな、と思います。自信はないけど……」
「……そ、そうか。馬で駆けて一時間あれば、その『ムーンなんとか帝国』には着けるかな」
「エバーグリーンさんはもう着いてる……かな? 一時間なら着いてると思いますが詳しくわからないです。『ムーンスメル帝国』の存在は知ってたけど……『魔王』と繋がってるってわかったのは、ついさっきですから」
リリーによれば、エバーグリーンが出発する直前に王様がバカでかい声でスピーチしていて、ほとんどの国民がその時ようやく『ムーンスメル帝国』に『魔王』が封印されていたことを知ったそうだ。
だよな、レストランでルークからそんなようなことを聞いた気がするぜ。『封印場所はエバーグリーンや彼に近しい騎士しか知り得ないだろう』的な。普通の国民はずっと知らなかったワケだ。
……あれ、気のせいか? ルークも知らないはずなのに、あいつどっかで『ムーンスメル帝国』の話をしてなかったか?
腕組んで一生懸命思い出そうとしてたが、不安そうに俯くリリーの様子を見て中断。
「エバーグリーンさん、負けないかな……プラムも今どこにいるかわからないんです」
普通の国民の感覚としてエバーグリーンの戦果は気になって当然だ。今、なぜかリリーが俺のとこにいる本当の理由はプラムが心配って部分だろう。
とりあえず知り合いとしてエバーグリーンの話をしよう。
「わっかんねぇ話だよな。あいつが強ぇのは知ってるが、俺をぶっ飛ばしてまで一人で行くことねぇだろうに」
「そうですよね追いかけたら死刑……ってエバーグリーンさんにぶっとばされてここにいるんですか!?」
ノリツッコミが飛んでくる。プラム直伝ってか? エバーグリーンのこと考えると、最後の場面が浮かんでくる。「君は私より強くないだろう」ってあのセリフが……
そうだ、プラムの話をしなきゃだった。
「プラムなんだが、あいつはちょっと野暮用で壁外にいる。な〜に心配はいらねぇ。強い騎士さん達と一緒だからな……それにあいつ自身めちゃくちゃ強くなってるし」
ドラゴンの炎をプラムが魔法の炎で防いだ光景は目に新しい。驚いたが、なによりあいつの成長が嬉しかった。
「心配いらないんですね、よかった〜。たしかにプラムは特訓の量が増えたみたいだったなぁ。きっと、マコトおじさんの役に立ちたくてがんばってるんだと思います」
「俺の?」
「はい。プラムってマコトおじさんが大好きなんです! おしゃべりしてるといつもおじさんとの楽しい出来事を話してくれるんですよ。やっぱり面白いし、プラムがとっても嬉しそうに話すから、私も嬉しくなってきちゃって」
微笑みながら話すリリー。その顔には一ミリの嘘も混じっていない、喋ってる時は本当に楽しいんだろう。
へぇ、プラムがそんなに俺の話をね……俺としても、それは嬉しい限りだ。リリーも面倒そうに思ってないみてぇだしな。
そんなこと考えてると急に病室の扉が開いて、
「お、マコトさん! さっき話を聞いたんですが、元気そうで良かった良かった!」
「ようロディ。久々な感じがするな」
妙な容器を持ったシェフ姿の大男が登場。あいつはレストラン『ロデオ』の店長にして料理長、ロディだ。
オークの肉とか色々とあったあの店だが、今はものすごく繁盛してるらしい。俺は最近行ってないんだけど。
ズンズンと近寄ってくるシェフらしからぬ巨体と強面の持ち主に、リリーは少し身をすくめる。
「マコトおじさんのお友達ですか? やっぱりマコトおじさんはおじさんのお友達が多いんですね」
「おじさん友達……? あ、ブラッドとかか。こいつはロディってんだ。魔物の肉を客の口にぶち込むこと以外は無害な料理人」
「おい!!」
「冗談だよ……ってキツすぎたか? すまん」
ブラックすぎるジョークは良くねぇな。
つい大声を出しちまったロディはリリーが驚いてるのを見て、手で口を押さえる。
「これは失礼。私は……おっと、『私』って癖が抜けない。俺はロディです。料理屋『ロデオ』をよろしく、お嬢さん」
「私、リリーっていいます……いい匂いがする! その容器には何が入ってるんですか?」
「これは温かいスープだよ、マコトさんに渡そうと思ってね。もちろん君にもあげるよ」
二つのコップにスープが注がれる。確かにいい匂い……嗅いだことのある匂いだ。
あ、この黄色い感じ。俺が異世界に来た……じゃなくて目を覚ました日にルークから貰ったスープと同じヤツだ! コンソメスープみたいな味で気に入ったんだよな。
「おいし〜!」
「……こりゃ美味い! しかも初日を思い出す懐かしい味って最高だな! 偶然だろうけどありがとよロディ」
「ちょっと何言ってんのかわかりませんが、俺としては喜んで頂けただけで嬉しいですよ」
目をキラキラさせるリリーと率直に感想を述べた俺。それを見て満足そうに微笑むロディがさらに口を開き、
「リリーちゃんはこの前ウチの店で一緒に食べていた金髪の子とは違う子ですね。知り合いですか?」
「その金髪の子の友達さ。もう俺とも友達みたいだけど」
「へへ、マコトさんは小さい女の子に随分と好かれるんですなぁ。面白い性質だ」
そんなに好かれるか? プラムとリリーと、他に同世代はエルフのルール? ルールはあんまり俺のこと好いてなかったようだが……
あ、そうだ。ロディのスープはまだ残ってる。一つ頼み事をさせてもらおう。
「見たところこの部屋にはいねぇみたいだが、『ミネル』って女が診療所のどっかにいるはずなんだ。俺の知り合いなんだけど、そいつにもスープ分けてやってくれねぇか?」
「マコトさんの知り合いとあらば喜んで! にしても女ですか、マコトさんも隅に置けないですね……」
おいおい、これでも妻子持ちらしいぞ俺。まぁ言う必要はねぇと思うけどな。
さてと。俺にはやるべきことがある。
「良ければリリーも、ロディを手伝ってやってくれよ」
「ロディさんを? わかりました! ミネルさんって女の人を探せばいいんですね!」
「これは頼もしい助っ人だ!」
張り切るリリーと豪快に笑うロディ。こいつら性格良いからな、すぐ仲良くなれそうだ。
『ミネル』って女は青い髪で人間とは思えないくらい綺麗な女だ、と俺が説明を付け加えると、二人して病室を出て行く。
――事の真相を語っちまうと、プラムの野暮用ってのは『ドラゴンの治療』のこと。北の森でドラコと、レオンやアーノルドが一緒にいる。
――『ミネル』は『女神様』の偽名だ。俺が気絶してる間にジャイロが診療所まで運んでくれたはず。
二人が完全に遠くまで行ったのを見計らって、俺は右腕のギプスそのままに病室の窓から飛び降りた。超人なんだから二階分くらい余裕だ。
だが、エバーグリーンを追うなんてそう簡単じゃなかった。
「よぉマコト。あのミネルとかいう女ならちゃーんと運んどいたぜ」
「出てくると思ってましたよ、マコトさん。でも『入院』って話でしたよね?」
診療所の前に立ちはだかっていたのは、赤髪と青髪のルーキー達だった。




