#139 【魔王ツトムの過去⑫】転移者達の宴
ツトム視点です。
時系列的には四章の辺りです。
こうして見ると、マコトが遭遇した事件のほとんどにツトムが関わっていますね…
異世界転移のシステムと言っても、ただ見つけた紙切れに記してある文章を読めば良いだけのはずだ。
と思って女神を乗っ取り、何度も試したがそう簡単にいかなかった。やはり神が使うだけあって普通の魔法とは一線を画した特殊な能力らしい。
僕だけの魔王軍を作るため、何回も紙切れに残された短い文章を読む。たったそれだけで完了するはずなのに。
――何日か経ち、次第にイメージができるようになってきた。自分が異世界、神界、そしてまた異世界へ転移してきたあの時の状況だ。僕にできる最大限のイメージで、
『ふぅー……"異世界転移:ヒロ・ペイン"』
女神の声で、僕の言葉が神界に響く。だが雲の上のようなこの部屋に異常は起きない。
また失敗か。意味無いしそろそろ辞めようか、なんて思った刹那――変化が訪れる。リモコンのボタンの一つが光っている。すぐにモニターの電源を入れそのボタンを押した。すると、
『なっ……? えっ……え……!?』
映ったのは草原にぽつんと佇む、パーカーにジーンズにスニーカー姿の少年。奴がこの転移者ファイルのヒロ・ペインだな、『いじめを受けていた男子高校生』と書いてある。情けない奴。
青々とした草原だが画面の奥には広そうな森が確認できる。あそこはもしや、サンライト王国付近の『北の森』か? 少しの間滞在した身としては似ているような気はするが、森なんてどこも同じ見た目だ。
――ビーッ! ビーッ!
突然、耳をつんざくブザーのような音が響く。モニターからでなく神界のガチャマシンから聞こえた。そう、『能力ガチャ』。
女神の体を操作してマシンのつまみを二度回す。もっと回してやろうと思ったが、それ以上につまみは動かなかった。二回まででロックがかかるらしい……あの時、僕が女神を騙して三度目を引けたのは奇跡だったんだろう。
中身は全くもって何かわからないが、二つのカプセルをヒロに渡す必要がある。面倒だな。
適当にモニターに投げ込んでみたが……カプセルがモニターに吸い込まれた。まさか、これが正規ルートだったのか? 画面にも『《オーバートップ・ギア》、《切り裂くナイフ》』との表示がある。たぶんこれは能力名だ、成功したんだろう。
一応女神を装ってヒロに話し掛けたい。だがどうすればいい? ここから普通に画面に喋っても向こうは無反応だ。
……いや、よく見るとモニターの下にマイクらしき物がある。放送室にあるようなタイプだ。僕は咳払いをしてマイクのスイッチを押し、精一杯に頭を回し、女神っぽい言葉遣いで話し始めた。
『ようこそ異世界へ。私は女神です、ヒロ・ペインさん。貴方をこの世界へ転移させました』
▽ ▽
画面に表示されるまま、僕はガチャで出た二つの能力についてヒロに説明をした。ヒロは終始動揺を隠せていない様子だ。さっさと異世界に納得しろよ、ナヨナヨし過ぎだこいつは。
さてそろそろ本題に入らせてもらおう。面倒だから奴に自分で調べさせて自分で来させよう。
『これから貴方は、ま――』
魔王軍に入ってもらうためムーンスメル帝国を訪れてください、そう女神の立場をフルに使って言おうとしたのに、
『俺の能力だッ! やったぞ! 俺は解放されたんだ! 芝生に、森に、城!! この世界はゲームみたいな世界だな!?』
は? 何だこいつは、何を言ってるんだ。モニター越しでも伝わってくるのは『歓喜』という感情の爆発――おかしい。僕が感じられるのは負の感情のみに絞られるはず。『ネガティブな歓喜』ってどういうことだ。
しかも『城』だと? 画面に映っている景色には存在していないがどうやら角度等の問題らしい。まさか本当にサンライト王国付近なのか。
ともかく奴には落ち着いてもらわねばな。
『ヒロさん、どうか落ち着いて話を――』
『さっきの、その能力の話が本当なら、ははははは、俺は……俺はぁ!! やってやる!!』
どうなってる。僕もマコトも、女神の言葉をやけに真摯に受け止められた。きっと女神の声はある種の洗脳効果を持っているんだろう、そう思っていたが。ヒロは狂ってる。
『おい、いい加減に――』
怒りで思わず言葉が乱れてしまったが、僕よりも奴の精神の方が乱れていたらしく、
『きる!!!』
ヒロの言葉を皮切りに、画面が真っ暗になってもう何も映らなくなった。恐らくヒロが女神との意思疎通を放棄したからだろう。面倒なことを起こしてくれたな。
――はぁ、あいつはほとんど話を聞いていなかった。ムーンスメル帝国に現れることは無いだろう。
ならば次だ。次の一番上の転移者ファイルには『タカオ・ディザイア』の文字が。『女と酒とギャンブルに溺れた中年ホームレス』のようだが、本当に転移者にはろくな奴がいないな。呆れさえ抱かない程にくだらない人生ばかりだよ。
その方が魔王軍には適しているのかもしれないが。
『"異世界転移:タカオ・ディザイア"』
懲りずに転移者を呼び出す。ヒロの時に習ってモニターの電源を入れチャンネルを合わせ、能力ガチャを二度回してカプセルを画面に映るタカオに向かって投げ込む。
表示には『《クトゥルフ万歳!》、《エネルギー波》』とある。ふむ、これまた面白い能力だ。
▽ ▽
『――貴方には、魔王に仕える者としてムーンスメル帝国へ向かって欲しいのです。お分かり頂けましたでしょうか』
本来こんな汚らしいジジイに対して下手に出るなんて反吐が出そうだが、女神なんだから仕方がない。
しかしタカオは、
『へ……? あ、魔王に帝国ねぇ〜……オーケー、オーケー』
タカオ、ちゃんと話を聞いてたのか? さっきからずっと上の空じゃなかったか? 気のせいだと信じたいが。
――ブツッ。
『おい、嘘だろ?』
いきなり画面が真っ暗に。どうやら僕は、ヒロの時と同じ過ちを繰り返してしまった……かもしれない。
確かでは無いが、タカオも女神との意思疎通を辞めてしまったのだろうか。
わからないことだらけだ。ひとまず僕は二人を待ってみることにした。奴らにその気があるのなら、自分で場所を調べてムーンスメル帝国へやって来るはずなんだから。
――そして、二人を転移させた日から六日目。当然の如く誰も来やしない。我慢の限界がきた僕は玉座から立ち上がった。
▽ ▽
タカオはどこか知らない廃墟にいたが、ヒロはサンライト王国付近の可能性がある。王国へ出向いてみよう。しかしきっと怪しまれる、何か方法は……
今日も熱心に窓なんかを清掃している帝国兵。槍を背負っている茶髪のロングヘアーの男に、僕は良いアイデアを求める。
「おいバートン。赤の他人から純粋に、かつ大胆に情報を聞き出したいとき、お前ならどうする?」
「え、俺ですか? そうですネ……『記憶喪失のフリ』でもしてみますかネ。怪我人とか病人って優しくされると思いますからそういうのを利用してやりますヨ」
「ほう……面白い。やはりお前は才能があるぞバートン。なのになぜ、いつも大広間を掃除しているんだ」
「先代の皇帝陛下や魔王様や上官から、お前の持ち場はここだ、と。そう言われていたってだけの理由ですヨ」
まったく、先代のあいつらは本当にどうしようもない連中だ。見る目が無い。死んで当然の奴らだったな。
「……掃除に戻ってもよろしいですカ、陛下?」
「ああ、構わないが……お前はその持ち場で満足なのか」
「そういえばこの前も俺を唐突に警備の指揮に任命してましたけど、兵士長にでも昇格させる気なんですかネ? お気持ちは嬉しいですが、俺はそういうの堅苦しくって嫌いなんですヨ」
僕の考えていたことが予言されてしまった。地位や名誉に興味が無いんなら、無理に昇格させる必要も無いだろう。
さて、バートンの言っていた『記憶喪失のフリ』を実行しよう。
▽ ▽
また僕は翼を羽ばたかせてサンライト王国の『北の森』、その上空へやって来た。
街中じゃ怪しい。森に倒れている方が自然だしドラマチックでもあるだろう。
問題はターゲットだが……おっと、これはこれは……マコト・エイロネイアーじゃないか。三度目だな。三度目にしてようやく顔合わせだから奴にとっては一度目か。
どうやら僕の送り込んだオーガと戦っているように見える。御苦労なことだ。
僕は森の中のちょうど開けた場所に降り立ち、仰向けに倒れた。すぐ近くで戦闘の音が聞こえる。あとはあいつが僕を見つければ……
「ギャア? ギャア!」
なんだ、いきなり現れたゴブリンが僕に頭を垂れている。極秘だとわからないのか。僕は自分の唇に人差し指を当て、
「しー……邪魔だ、立ち去れ。さっさと消えないと僕がお前の存在を消すぞ? 物理的に」
僕が生み出したゴブリンを僕の手で殺すなんておかしな話かもしれないが、邪魔をするなら誰だろうと邪魔者なんだ。
ゴブリンは怯えて、素早く茂みへ逃げ込んでいった。それを見届けた僕はゆっくりと目を閉じる。
――足音が聞こえる。奴が、マコトが来るようだ。
「おいおい、こんな森ん中で大丈夫かよお前……良かった生きてるな。喋れるか?」
滑稽だな。フフ、バカな男め。
「うぅ……ん? あれ、あっ、ここは……?」
「起きたか。ここは北の森だ。お前、何者だ?」
「僕は……あれ……? 名前がわかりません、ごめんなさい」
「なに、わからないだと? また新たなパターンだな。女神様は何やってんだよ……」




