#135 【魔王ツトムの過去⑧】魔物創造
ツトム視点です。
〜マコトが目覚める八日前〜
「ふぅむ……サンライト王国で『赤髪の騎士』……となると、やはりエバーグリーン・ホフマンの可能性が高いかと」
「先代魔王を殺した奴だな。まぁ僕にとって脅威でもなし、別に覚えておく必要も無いかな」
しかもエバーグリーン・ホフマンだと確定した訳でもない。ヨリヒトとの赤髪の騎士の話を早々に切り上げた。
するとヨリヒトがハッと何かに気付いたように口を開く。
「たった今、先代魔王の話で思い出したのですが、魔王というのは闇属性魔法の使い手。『魔物』を生み出し、好きに命令することができます。きっとツトム様にも可能です」
「魔物? あぁ、モンスターや魔獣なんかと同じ意味か。自分で創って部下にできるということか……思い出すのが遅いぞ」
深々と頭を下げるヨリヒト。僕は背を向け、考える。
正直言って帝国兵は頼りない。人間などほとんど信用できないしな。魔物を大量に生産すれば、強く、何も恐れない無敵の軍隊が出来上がるような気がする。僕の勘はかなり当たる。
よし、早速取り掛かるとしよう。
▽ ▽
「……僕はクモが嫌いだ」
「初耳です」
『魔物創造』はヨリヒトとの短いやり取りからスタートした。僕は両方の掌を正面に突き出し、今や体中を巡る闇の魔力を集中させる。
嫌いだからこそ、大きなクモの兵士を作ってみたかった。僕の言いなりになれば多少は可愛く見えるはずだから。
「おお、これは……」
そして僕は生み出した、巨大な黒い蜘蛛の魔物を。初めての一体だ。
無機質な目が並び、細く長い脚が八本。実に気色悪い生物だ――こんな虫を創った神を僕は軽蔑する。
「よし、最高の栄誉を与えよう。魔王の靴裏の感触を存分に味わわせてやるよ」
その場で動かないクモの大きな頭部を踏みつける。ぐりぐりと擦り付け、クモの皮膚から少量の血が流れる。
だがもちろんのこと、クモは動かない。文句も言わなければ飛び掛かりも逃げたりもしない。やはり魔物とは最強の兵士だ。
「命令だ。ここからずっと南の方にとある国がある。その国の近くに巣を張り、近づく者を排除しろ。いいな?」
こくり、と頷く巨大クモ。この見た目で明確な意思表示ができるとはな。奴は僕が昨日割った窓から要塞を出ていき、そして帝国の南側から壁を越えていった。
奴ならきっとサンライト王国をじわじわと苦しめてくれるだろう。僕の駒なんだから当然だが。
「……もう魔王の貫禄が出始めていますな、ツトム様」
「なにせ僕だからな」
それもまた当然の話だ。
そうだな……魔物が全員僕の言うことを聞くのなら、世界のあちこちに散りばめた方が良いに決まっている。たぶん先代魔王もそうしてただろうしな。もっとたくさん、けど少しずつ、魔物を増やしていこう。
▽ ▽
ヨリヒトから話を聞いたり、時には帝国外をうろつく魔物を実際に兵士に捕まえさせたりしながら、僕はスライムやゴブリン、スケルトンにオークにリザードマンと、比較的弱い魔物をどんどん増やした。僕が命令してやると魔物達は礼儀正しく要塞から出ていき、門をくぐって国外へと放たれていった。
帝国兵によると、先代魔王が死んだ瞬間に魔物の数がかなり減ったらしい。やはり大量に創っていたんだ。
……にしても魔物創造は体力を食うな。体力というか、ラノベでも散々読んだ『魔力量』のようなものかもしれな――
「だぁっ!! やっと見つけたっ……!」
は?
突然のことだった。大広間の扉が、警備兵や歩いていた魔物ごと蹴破られたように見えた。しかも犯人は僕と同い年くらいの少女に見えるが。
何だ、急に。ヨリヒトも警戒し《シャークマン》を発動させようとしているが、
「……落ち着け。あの女、顔立ちがどう見たって僕らと同郷ではないか?」
僕は軽く奴を制した。そう、僕の顔を見ながら笑顔でズカズカと大広間へ入り込んでくるあの女は、長くツヤのある黒髪や黒い瞳も含め、その整った顔立ちは日本人にしか見えない。
さっきも言ったように年齢は僕と同じ――十七歳くらいだろうか。だが服装は学生服などではなく、かなり膨らんだ白い胸や滑らかな脚線美が大胆に露出しているような、ヨリヒトの分厚いのとはまた違った冒険家のような服。前の神はコスプレが好きだったのか?
――すごく、色っぽい。
「見たよ、大きなクモが壁を越えて出てくるの。そのあともたくさん魔物が出てきたけど……あなたがやった?」
「そ、そうとも。それがどうした」
玉座に座る僕の近くまで歩いてきた女の質問に、簡単に答えてやった。すると女は突然腰を折って膝に手を当て、大きく俯く。垂れ下がる長髪の間から胸の谷間が見える。
――柔らかそうだ。
「やっぱり……」
女が震える声で小さく呟いたかと思えば、その直後に弾かれたように顔を上げ、女は僕に飛び掛かりぎゅっと抱き着いてきた。
「あなたが私の恩人だよね! つまりぃ……運命の人ってことっ!?」
「えっ! ……あ、き、急にどうした……の……」
顔が近い! 胸が、太ももが、当たってる! どうしようどうしようどうしよう。頭がおかしいのかこの女は。
「だってあなたに会えたことが嬉しいんだもん! 十七歳の独身だよ、大好き! お願い嫁にして!」
「あぁ胸が……ん、ま、待てよ、僕はあんたっていうか君を、その、知らないぞ。何がどうしてこうなったのか詳しく説明しろ……じゃなくて! せ、説明して欲しいな――」
「あっ、よく見たらあなたも十七歳くらい!? すごい偶然! ちょーエモい!」
「え……えもい!? っていうか君はえろい……じゃなくて! ほんとに説明! 説明してくれ!」
たぶん僕は今、顔も耳も真っ赤だろう。今は目前の女の子の顔しか見れないから良いが、ヨリヒトの顔なんて死んでも見れない。こんなに取り乱したところを見られるなんて、吐きそうだ。
女の子は流し目でそんな僕を見て、
「……ねぇ。君さ、こうやって女の子と話したりとか、触ったりとかしたこと無い系? メガネくん」
「そっ、そんなことは……っ!」
大正解。生まれてこの方、女性やら恋愛やら……特に同い年の女子とは程遠い人生を歩んできたから。この焦りようじゃあすぐ見透かされる。
女の子は「ふふん♪」と軽く鼻で笑い、僕の眼鏡をいじくりながら顔をさらに近づけてきて、
「じゃ〜あ〜、こういうのは?」
「こうって――」
女の子は躊躇なく僕に口づけをかましてきた。生まれて初めてのその柔らかい唇の感覚に、僕は何もできず……気を失った。
「ツトム様!? うぅむこの状況、何と声を掛けたら」
「この子、かわいい……」
「おい、彼は魔王であるぞ! 無敵だと思われていたが、女性には弱かっただけの話であって……だがこれも良い経験かもな」
▽ ▽
――僕が気絶している間にヨリヒトは彼女と情報交換をしっかり行っていたそうで、起きた直後に全てを知ることができた。
彼女の名はアヤメ・ラブ。二年前にこの世界のどこかにある森の中に転移してきたそうだ。
当時十五歳のアヤメは、日本で同級生の男を愛し過ぎてストーカーとなり、愛した男本人にストーキング行為がバレた際……持っていた包丁で彼を殺してしまったという。とんでもないJCだ。
いつか警察にバレる、そんな焦燥感よりも、愛したあの人を殺してしまった後悔の念の方が大きかったらしい。不登校状態で部屋で泣いて過ごしていた。
ある朝目覚めると彼女は既に森の中にいた(恐らく王国や帝国の近くの森ではない)。すぐに脳内に『神様』を名乗る男の声が聞こえるも、彼は最初にこう言った。『とりあえず転移させてみたがお前の人生は最悪だ、目的を聞く気にもならない』と。
それからアヤメ・ラブという名前と、貰った能力を粗雑に説明されて、彼とはもう話していないそうだ。
右も左も、訳もわからず、ただ森を歩くアヤメを酷く苦しめたのはやはり空腹だった。
だが彼女は《超人的な肉体》を信じて森の中のオークやゴブリン、リザードマンを狩り、二年間その肉を食べて生きてきたそうだ。だから魔物を生み出す魔王に感謝を示すんだ。
ムーンスメル帝国の近くに来たこと、そして巨大クモを見つけたことは単なる偶然らしいが。
「ヨリヒトさんからツトムくんがとっても強い魔王様だって聞いたよ。マジ卍、重い愛も受け止めてくれそう。ということで私をここに置いてくれない? あなたのお嫁さんってことで」
「そ、そんなの駄目だよ――いや何でもない。ここに置くかどうかの判断で最も優先するべきは君の能力だ、《超人的な肉体》はもちろん良い。だがもう一つの能力は……もっと好ましい。実に、優秀な能力だ」
「能力だけ? ――私のこと、欲しくないの?」
「……ひ、秘書として君を置こう。同年代ではあるが、僕の命令には絶対に従うんだぞ? 頼むから」
「はーい、ツトムくん。ちょっとお城を散策してくるね」
屈託の無さそうな笑顔で手をひらひらと振りながら出て行くアヤメに、僕は頭を抱えた。戦力としては申し分無いアヤメだが、問題は僕のチェリーボーイ度が高すぎることだ。あんなにもセクシーな彼女としっかり会話できるようになるのはどのくらい先になるか。
「ツトム様。また顔色がよろしくないようですが、何かお飲み物でも?」
「はぁ……そうだな。コーヒーを頼む、無ければ近い物でも紅茶でもいい。砂糖を二十六杯くらい入れろ」
「……近い将来、病気になりますぞ」
――ヨリヒトの有能さやアヤメの能力を見て思った。僕は日本人を部下にしたい。能力も強力だし、それに……
とにかく僕は女神を操作できる。きっと彼女の視点もジャックできるし、有能な転移者を増やしたいと思う。
もちろん魔物創造も進めながら、となるが。
随分な長丁場になってしまいましたが、まだ続きます。次回からマコトも少しずつ出てくるかもしれません。




