#134 【魔王ツトムの過去⑦】ドラゴンの意識
趣向を変えて、今回はドラゴン視点→ツトム視点と移り変わります。
『ドラゴン、命令だ。先程女神が勝手に転移させた日本人を始末しろ。殺せ。女神と繋がっているあんたならきっと場所も知っているだろう』
――どうなっている、あの小僧の命令に逆らえん。妙な鎖が胸に刺さってから体が言う事を聞かぬぞ。能力ガチャの能力のようだな。
本来ツトム・エンプティの言う通り転移者の位置は儂にも勝手に共有される。しかし女神は不安定なまま異世界転移を行った為に今回ばかりは場所が分からぬ。『サンライト王国』の近辺である事以外は……
儂は気付けば帝国とは反対の方向に体を向けていた。意識を保っていられるのは儂が『神獣』だからだろうか。
意識を無視して歩き出す自分の身体だが、この方向はサンライト王国ではないか!
何という事だ。まさか気に入っていた国を自ら潰しに行くような真似をする日が来るとは。
なにしろ転移者の正確な位置が分からぬのだ。儂はその周辺を彷徨うしか無くなり、いつかは王国の民に見つかり殺し合いが始まってしまうだろう。
だが心配しても後悔してももう何も変えられないらしく、王国で『北の森』と呼ばれている広大な森林に入る。木々を薙ぎ倒して進み、転移者は見つからないままにいつしか森を抜け、巨大な城とそれを囲む壁が見えてくる。
そして未知の存在から国を守ろうとする、皮肉にも勤勉な騎士達も現れた。
「ドラゴンめ。やはり好みが人肉の、普通の魔物であったか。今まで上空から狩り時を見極めていたのだな」
「今さら十年前に魔王がやられた腹いせか? 我々騎士団がそうはさせんぞアホ。団長、まずは俺が行く」
「頼むぞ。若者達の士気を高めてやらねば」
先頭におわすは、赤い髭に赤い髪の騎士団長で魔王を倒した男――『騎士王』エバーグリーン・ホフマン。
彼の隣には、恰幅の良い坊主頭の団長補佐でNo.2とも言える――『閃光』レオン。
二人して王国内、いやこの世界でも上位の強さを持つ人物だ。特にエバーグリーンは一対一での戦闘で勝てる者は存在しないかもしれぬ。絶対では無いが、そんなレベルなのである。
どうして、彼らと戦わねばならんのだ……
「行くぞドラゴン! 俺の異名は『閃光』だ!」
そんな事は知っている。おぬしもエバーグリーンも、いつも住民達の憧れの的だった。いつも聞いていたのに……
踏み込んだレオンは、文字通り雷の如きスピードで儂の体を次々斬り裂いていく。顔、翼、足、背中、横腹、尻尾、首、顔と、猛攻が止まらぬ。やめてくれ、苦しい、やめてくれ!
「グゥロロロロォ!!!」
「ひぃーっ!?」
「いやだ、殺されるぅ!」
相変わらず意識を無視して咆哮を上げた儂は、エバーグリーンの後ろに控えている若い騎士達を睨み付ける。儂の姿を見て一目散に逃げていってしまう若者達。ま、まさか……?
「貴様やめないか!」
後方からレオンに言われても儂はもう止まれぬらしい。儂は逃げ惑う騎士の一人に目をつけ、他には目もくれず突撃。
「くっ、間に合わんか……!?」
自問するエバーグリーンは街でも噂されていた『飛ぶ剣撃』を儂に向かって放っているところだった。だがおぬしの考える通り、間に合わぬぞ。
「やめろと言ってるんだ! ……っぐあッ!!」
若い騎士に噛み付こうとしたその刹那。儂の後頭部を斬ってきたレオンを尻尾で力強くはたき落としてしまったようだった。
若者は逃げおおせたがレオンは血を噴き出させながら草原に転がって動きを停止させる……何という事だ。彼が死んでいなければ良いが。
そして、
「ゥグロロォ!!」
「貴様は……私を怒らせたな」
『飛ぶ剣撃』が横腹に命中し、かなり体力を削られる。先程から思っていたが、最悪な事に残っている私の意識はしっかり痛みを感じる。痛い、辛い。
「うおおぉ――!」
跳躍するエバーグリーンが、儂の胸板を撫で斬りにする。ちょうど激痛に耐えきれないと思ったところで、運良く儂の体は翼を羽ばたかせて上空へ逃げた。
が、彼も更に跳び上がってきて、
「その翼を貰おうか!」
強烈な突き攻撃が彼の刃から放たれ、儂の右翼を貫いて綺麗な丸い穴を作り出す。燃えるように痛い。
空中でのエバーグリーンの次の攻撃を何とか回避、儂は風に乗って少し距離を取っていた。
――まるでドラゴンである儂が『ドラゴン vs 騎士団』の戦いを観戦しているかのようだ。気持ちの悪い感覚だ、誰か……誰か助けてくれ!
▽ ▽
▽ ▽
「さぁて、どうにかして結果を見れないものか」
僕は『二本目の鎖』を掌から出して呟く。もう一時間くらいは経っていると思うが、ドラゴンはそろそろ転移者を殺しただろうか? ついていくのは面倒だったからな。
せっかく操作って能力なのに僕は駒達の視界を見ることができないのか? いいや、できるはずだ。
イメージを集中させる、僕がドラゴンの目を乗っ取っているようなイメージ……上手くいけば…………お。
『……グロ……オォ……』
『貴様、よくもレオンを!』
視界が僕のものではなくなった。すぐ目の前に草があるから多分地面に倒れている。『グロロ』という鳴き声は僕が発したような感覚だったが……どうやらドラゴンの感覚を完全に支配することに成功してしまったようだな。
奴は今、完全に僕のコントロール下にある。ラジコンのようなものだろうか。
『なっ……!?』
死にかけているらしきドラゴンを無理やり立たせ、翼を利用して空へ飛ぶ。フフ、ヘリコプターのラジコンを思い出す。
『二度と来るなドラゴン、このサンライト王国へ!』
サンライト王国? 上空から見渡せる、中心に城があって高く白い壁に囲まれたこの王国の名前か。ヨリヒトが何か知っているだろうから後で聞いてみるか。
あの赤い髭の騎士がドラゴンを倒したのだろうか、だとしたらかなりの危険人物だ。警戒せねば。
このままドラゴンを死なすのは勿体無いと思った僕は奴を近くの洞窟で眠らせた。女神の使いなんだ、体力もきっと勝手に回復するだろう。
事実確認は困難だが……僕の命令なのに転移者も殺さずサンライト王国の騎士達と戯れているなんてあり得ない。
もう転移者は死んだんだろう。ふぅ、これで『最初の試練』は楽々突破ということだ。




