#133 【魔王ツトムの過去⑥】ドラゴン vs ツトム
ツトム視点です。
今のは何だ? 女神がいるはずの鎖の向こう側から、感情の波が押し寄せて来たような感覚。
その感情は『安堵』に『喜び』、からの『困惑』といったごちゃごちゃしたものだった。
――この世界にまた一人の転移者が生まれた、そして女神の使いとしてドラゴンがこの帝国へやって来る。
何となくそんなことがわかった。わかった瞬間に僕は『闇の魔力』を鎖に流して女神に注ぎ込んだんだ。
「ツトム様……顔色がよろしくないようですが、何かございましたか?」
「いや。紅茶を入れてきてくれヨリヒト、砂糖も入れろ」
「すぐにお持ちします」
「砂糖を忘れるなよ。スプーン十七杯くらい入れるんだ」
「……御意」
頷いて大広間から出ていくヨリヒト。玉座にだらりと座った僕は考え込む。
さっきのが真実なのかがわからない。女神には確かに鎖を刺したのに意識が残っていたというのか。だとしたらドラゴンはもちろん、もう一人の転移者も邪魔になってくるかもしれない。
昨日ようやく魔王兼皇帝となった僕への『最初の試練』といったところだろうか?
監視体制は万全だ。兵士がドラゴンを確認するのを待つ、それが普通だとは思うが……『迎え撃つ』のは好きではない。
「お待たせ致しました、ツトムさ――」
「それはお前にやるよ。僕はちょっと用事ができた」
「え……? こちらは私には甘過ぎるのですが……」
「なら若い兵士にでも渡しておけ。しばらく留守にする、トラブルがあったらお前に任せるぞ」
ティーカップを持って困惑するヨリヒトを置き去りに、闇の翼を作り出した僕は窓から要塞を飛び出した。
その紅茶は甘過ぎて若い兵士も誰一人として飲み切れなかったという話は、僕が帰ってきてから判明することだ。
▽ ▽
帝国の上空から見渡す僕。その僕に真っ直ぐ向かってくる巨大な影を見つけるのは容易いことだった。
赤い身体と翼、黒い角は目立つのだが、それよりもあの『眼』だ。ギョロリとした『眼』の中には溢れんばかりの僕への憎悪が確認できる。
「おぬしがツトム・エンプティか、我が主人を苦しめてタダで済むとでも!?」
「女神が間抜けだっただけさ。あんたはバカでやかましくて無能なだけで、何も悪くない」
「口を閉じろ青二才が!」
奴が帝国の領空に入ってくる前に何とかせねばな。僕は正面からドラゴンに突っ込み炎のブレスを躱して、闇を纏った脚で奴を蹴り落としてやった。
隕石のように急降下して大地に衝突したドラゴンだったがすぐに四本の足で立ち上がる。
すかさず闇で大きな棘を四本生み出し、奴のそれぞれの足の甲に向けて発射。四本全て命中しドラゴンの足が草原に固定される。
「グロロロォッ!! ……ぬぅ、小癪な!」
両手にメリケンサックを装着した僕は、炎で闇の棘を消そうとするドラゴンの顔面を殴る。が、頑丈な『闇の足枷』は外れない。吹き飛ぶこともできずその場に固定されるドラゴンを僕は殴る、殴る。
「グロォロロォォ!!」
殴る、殴り続ける。顎や首、胸、足。メリケンサックがドラゴンの皮膚を着実に抉っていく。
――その内に奴は、凸凹になった皮膚から血が流れ出て、見るも無惨な姿に。まぁ僕には楽しい光景だが。
「グフッ……屈……辱……」
「……そうだ、あんたは女神の部下だったっけ。ならあんたも『神界に住まう者』ってことじゃないのか?」
女神によって五十パーセント失効させられた、あの能力の説明を思い出す。僕の予測が正しいのなら、
「《操作の鎖》」
掌から飛び出す青い鎖がドラゴンの身体に刺さった。もっと早く気づけば新鮮な駒を手に入れられてたかな? ともかくこれで『二本目の鎖』を得たわけだ。
しかしこの能力もまた曖昧だ。『操作できる』のは分かるが、どうやって操作するのかが問題。イメージして手や足を一本ずつ動かさねばならないのか、はたまた命令などをすれば良いのか。
「ドラゴン、命令だ。さっき女神が勝手に転移させた日本人を始末しろ。殺せ。女神と繋がっているあんたならきっと場所も知っているだろう」
傷だらけのドラゴンは何も喋ること無く僕の言葉に頷いた。くるりと踵を返した僕の駒は、どこかへ一直線に歩いていく。やはり場所は知っているらしい。
これで転移者を片付けることができるな。ドラゴンを追いかける必要は無いだろう、奴は僕の命令に頷いたんだから。
翼で空を飛び、僕は要塞へ帰還した。




