#129 【魔王ツトムの過去②】不正ガチャ
引き続きツトムの過去編です。
――勢い良く、何の迷いもなくナイフを刺したはずだった。自分の喉が焼けるように熱くなり、溢れ出る血を見ながら崩れ落ちて死ぬはずだったのに。
気づけば『雲の中の部屋』のような場所にいる僕の目の前に、元の世界では見たこともない綺麗な、神々しい青い長髪の女が立っていた。
『傷付きましたよツトムさん。忠告した筈です、命を大切にしてくださいと。また貴方が命を落とす直前にこの神界に転移させました』
こいつが女神か。ここは神の世界だろう『神界』で、僕が死ぬ直前に転移してきた……
ひょっとして、僕って特別なのでは?
元の世界じゃあ何の取り柄も無くて、同じような日々をただ生きているだけ。ただ、生きている。それだけだったのに。
今の僕は二度も『死』を回避し、二つの能力を手にした。そうか。やはり僕は普通の人間じゃなかったんだな。
僕の秘められた力は、この時が来るのをずっと待っていたんだろう。間違いない。
せっかく異世界へ行けるんだ……だったらラノベで勇者に討伐されてしまった彼のために……世界を滅ぼしてやろうかな。
『私にとっての最初の転移者が、危うく自死しかけるとは。先が思いやられるなぁ』
ずいぶんとプライベートな口調で呟く女神は何かの書類を手に取る。僕の眼鏡の度数を舐めるな、そこに書いてあるのは『次の転移者候補』の人間のようだ。
『マコト・エイロネイアー』……? マコトってことは日本人だろうか。
まぁいい。そんなもの気にしている場合じゃない。異世界を滅ぼさねば。
周囲を見回せば宙に浮かぶ謎のモニターが目につく他、女神が立っている近くに質素な机があり、上にカゴが置いてある。カゴには『転移者ファイル』というラミネートが貼ってあって女神は『マコト・エイロネイアー』の紙をそこへ戻した。
それは僕の正面にある。僕から見て右には、
「赤いガチャマシン……『能力ガチャ』……?」
使い込まれていたのか古いだけか、傷や汚れの目立つガチャガチャ。『能力ガチャ』と書いてあって、中にカプセルがたくさん入っている。
あれを引けば能力が手に入るというのか。今あの女は後ろを向いている。他愛もない話をしつつガチャを引いてやろう。
「女神、どうして日本人を異世界へ転移させるんだ? それに転移者には一定の基準があるのか?」
『ただの"良心"だとしか言えませんね。辛い思いをしている方々は道を誤ることが多いですから、管理に慣れた神はそれを助けてあげたり、助けてあげなかったりするのです。判断は全て神に委ねられます。一年前までここで管理をしていた神は、かなり"気まぐれ"だったようなんですが』
「神というのはいつだって自分勝手だな。自分が全知全能だと信じて疑わない奴は、たとえ『神』だろうと愚かな奴だ。あんたのように」
僕の言葉に女神が振り返る。僕は『能力ガチャ』のつまみを一度だけ回した。カプセルが出てきてそれを開けると光り輝き、輝きが消えるとカプセルが消滅した。
『回すのは一人につき二回だけです、それがルールなのに!』
「ルールなど知ったことか。なんだ今のは? 輝きが消えたが、僕は能力を手にしたのか?」
『はい。間違いなく手にしているのでルール違反です! くっ、しかし私は能力の説明が義務付けられています……その能力の名は《操作の鎖》、鎖を刺した人を五人まで操作できます』
説明義務? 失笑してしまいそうだ、こんなシステムに縛られる女神とはアホすぎる。もはや芸術の域に入っているぞ。
『なんて事……この能力は廃止しようという話まで出た、最悪の能力……不正なのにとんでもない引き運です……!』
見てみようと手に力を入れると、掌からメタリックブルーの鎖が少し出てきた。先端に矢じりのような物があるから、これを誰かに刺せばそいつを操作できるのか。悪くない。
『度重なる異常な行為……これ以上は許しませんよ、"能力失効の波動"!!』
能力失効、とは穏やかじゃない言葉だ。女神が放ったエネルギーの塊のような光を避けようとするも、肩を掠った。痛みは無いが能力が消えてしまったか?
『半分命中し、《操作の鎖》が五十パーセント失効されました。これで貴方は異世界人を操作できませんよ。諦めなさい』
「――じゃあ、あんたは?」
僕は体勢を崩したフリをして瞬時に掌をかざし、女神の眼前で鎖を寸止めさせた。
驚いて目を丸くした女神は、僕の質問に悔しそうに顔を伏せる。
『くっ……転移者、そして神界に住まう者は別です……』
「フッ! フフフ、フフ! それはまた、例の説明義務か? フハハハ、面白すぎて噴き出してしまったよ!」
こんなに穴だらけの女神とは、この僕を笑わせるだけの面白さがあると思う。こんなに楽しいのは人生初だな!
要するにこの鎖で女神のことも操れるわけだ。ならば脅しに使えるじゃないか。
「女神。答えなければ鎖をあんたに刺す。一応聞いておくが日本へと戻ることはできるのか? そうしたら能力は消えるか?」
『……できない事もありませんが、能力は消えます』
「聞いた僕がバカだった。そういえば聞き忘れていたがここで言う異世界とはラノベの中の世界か、それとも別か? 『魔王』は存在しているのか?」
今まで無視していたが、魔王が殺されてしまったあのラノベの中の世界という可能性も無くは無い。
だが質問に首を振った女神を見るとそうではないらしいが、
『本の中の世界ではありません。魔王ならば存在していますが十年前に封印されたそうです。封印された彼は喋る事はできますが、会ったってどうにもなりませんよ』
本の中でなくとも、やはり剣と魔法のファンタジー世界には魔王が付きものなんだな……ん?
「待てよ。封印された魔王に、会えるのか? しっかり教えろよ、この鎖が見えないのか。そこに僕を連れて行け」
手から青い鎖をぶら下げて見せつけつつ、女神に問う。
『……はい。会えます。わかりました、貴方をその近くへ転移させましょう』
「フ、ただのバカかと思ったが、少しは利口なようだな」
女神が辛そうな顔でこちらに手をかざすと、雲のような床に魔法陣が現れて淡い光が僕を包み込む。もう一度あの異世界へ。
――おっと、忘れるとこだった。
「《操作の鎖》」
『……うっ!?』
転移するその直前、僕は女神に鎖を刺した。後々役に立つかもしれないからな。あいつが僕の『一本目の鎖』だ。
「さらばだ。バカ真面目な新人女神め」
そして僕は転移した。雰囲気の暗い街だ。
近くに手枷足枷を付けられて痩せ細った、およそ人間とは呼びたくない奴ら……まぁ人間達がいたので現在地を聞いてみた。ここは、ムーンスメル帝国とかいう国だった。




