#126 【騎士王の過去②】騎士団長 vs 魔王
引き続きのエバーグリーン視点は、今回で終わりです。
門をぶち破った直後、すぐ近くの林から耳の尖った者達が顔を出してきているのを見つけた。エルフだ。
彼らにとっても魔王は脅威らしくエルフ達は頭を下げてきた。『代わりに』というのは恩着せがましいが、私は彼らに馬を預けることにした。
その後ムーンスメル帝国に侵入したが、バルガ王の命令は『魔王のみを倒す』こと。帝国兵と争う訳にはいかなかった。
どうしようかと考えていたのも束の間、意外にも『目的』が私の目の前に自ら姿を表す。
「おやおや。貴方が噂に聞くエバーグリーン・ホフマンですか。いやぁ貴方のように強そうな御人、それくらいしか候補がありませんなぁ」
少し青みがかった肌は病的という印象を与えてくる。白く長い髪の中に二本の黒い角、瞳は赤く、口には控えめに牙があり、背中には漆黒の翼を生やしている。これが噂に聞く『魔王ギルバルト・アルデバラン』か。
「何が目的なのか、聞いてもよろしいですかね〜……?」
「魔王ともあろう男が察しの悪い。貴様を倒しに来たのだ……魔王と人間が仲良くするとは聞いたことが無い。噂では、ずっと遠くの国を治めていたらしいじゃないか。そんな貴様が、突然どうしたのだ?」
終始笑みを崩さない魔王に目的を問い返す。そう、魔王の関与は唐突だったのだ。
「仲良くなんかしてませんよ。自分は突然、この世界を手に入れたくなったのです。過去にアルデバラン家、つまり魔王の一族は世界を支配していたそうですが、いつしか人間に負けて支配するのは一つの国だけ。そんな状況で半ば無駄にこの世に生まれたのが自分。支配なんて一国で充分だったんですけどねぇ……今は支配したくてしょうがない。先人達の血が騒いだんですかね?」
それは確かに血筋が関係あるかもしれんが、気まぐれで世界を手に入れようとするこいつを許す気は無い。
一つ気になるのは、
「帝国と仲良くしてない、とはどういう意味だ」
「もちろん利用しているだけという意味です、貴方を含めサンライト王国は何かと危険ですからね。バカな帝国だって後で従わせてやりますよ。エバーグリーン・ホフマンともあろう男が察し悪いですなぁ」
帝国が馬鹿とはいえ同情する、魔王という貴重な戦力を味方につけたと喜んでいるだろうに。
後世に語り継ぐ時はちゃんと帝国と魔王が対等に同盟を結んでいた事にしてあげよう。
「貴様は外道だ!」
「自分は魔王ですよ? 外道も内道もクソもありませんよねぇ!」
私とギルバルトは同時に剣を抜き、そして振るう。ぶつかり合う刃から放たれる風圧が帝国を揺らした。
▽ ▽
立っていられない程に疲弊した、荒い息遣いの二人の男――私とギルバルトの戦いは、もう二時間は続いていただろうか。
散々吹き飛ばし吹き飛ばされた。もう周りの家々は見る影も無く粉々で、帝国の真ん中にぽっかりと荒野が出来上がっていた。
だがお互いに目が死んでいない。まだ終わらないのだ。
「こんなにも長いこと殺し合ったのは……初めてですねぇ……」
「……奇遇だな、私もだ」
魔王の強さは本物だった。そしてギルバルトも、私の強さが本物だとわかった頃だろう。
――とうに一時間なんて過ぎている。私は魔王を舐めていて、完全に計算を誤った。
マゼンタは来てしまっているだろうか。どちらにせよ彼女を巻き込みたくはない。さっさと終わらせなければ。
「ぬぉぉお!」
剣を大きく振り下ろし地に叩きつけると、刃から放たれた斬撃がまっすぐに地を這う。弓矢の如くギルバルトの心臓を狙ったが、
「もう、その技は見飽きましたよ……」
ため息をついたギルバルトは自身の剣に闇を纏わせ、正面から私の『飛ぶ剣撃』を受け止める。剣撃は彼をほんの気持ち後方へ退かせたものの、大した成果もなく霧散してしまう。
――私はその瞬間を待っていた。
「喰らうがいい!」
一気に奴の間合いへ飛び込んだ私は、剣を大きく横に振るう。不意討ちされたギルバルトもすぐさま間に剣をねじ込み防御する。
そのようなやっつけ仕事で守れるとでも?
「ぐお……ッ!!」
耐えかねたギルバルトが盛大に吹き飛んでいき、民家を一つ二つ貫いてようやく止まる。
だが、駄目だ。これを決定打とは呼べないだろう。やはりと言うべきか奴は民家の影からしれっと現れ、
「ふぅ〜……今のは少し効きました……! 今度はこちらの番ですねぇ……はぁ、はぁ、正直もう疲れたので、終わらせましょうか」
闇の魔法で作り出した球体を空中に浮遊させるギルバルト。私と同等の大きさがあるそれを、奴は無慈悲に投げ込んでくる。
斬り裂いてしまおうと身構える私だったが、その球体はなんと私にぶつかるより前に小さな爆発を起こしたのだ。非常に小さく私には何の影響も無かったのだが……問題は、正面にいた筈のギルバルトの姿が消えていることだった。
「どこへ……上かっ!」
「遅すぎですね!」
真上から降ってくるギルバルトの攻撃を間一髪で躱すが、一瞬で体勢を整えた奴は間髪入れずもう一度剣を振るってきた。
私の体勢は整っておらず――闇を纏う刃が、私の身を深々と焼いたのだった。
▽ ▽
「はぁ……はぁッ……や、やはり自分が……自分こそが、世界の支配者に相応しいのです! ぜぇ……このギルバルト・アルデバランが、世界を獲るのです!」
傷付いた体でも、台詞だけはご大層な魔王ギルバルト。一方の私は地に伏せているのみ。
「あぁ……名残惜しい気もしますが、貴方を楽にして差し上げましょう……さらばです! エバーグリーン・ホフマ――」
「それは貴様の方だ!!」
「ッ!!?」
ギルバルトが心臓に突き立てようとした剣を、私も同じく剣で弾き、火花が散る。
私がもう立ち上がることも不可能だと思い込んでいたのだろう、ギルバルトの体は咄嗟に動かなかったようで、
「ぶふゥッ!!」
跳び上がった私の、強烈な右拳を回避できなかったのだ。
「ひ、卑怯……な……」
「『魔王』にだけは言われたくない言葉だ。私が騙し討ちをしないなどと何故思ったんだ? 私は騎士だが、世界の平和の為ならば何だってするさ」
それに息子が私の生存を――いや私の勝利を願っている。姑息な手を使ってでも勝つつもりだった。格好は、つかないのだが。
「……あら。本当に勝負がついてるわねエバーグリーンさん……一時間で」
「おおマゼンタ」
若き魔術師と再会した。
嘘をつけ……一時間なんてとっくに過ぎている。ボロボロの私に気を使ったのだろう。
「……ん? ここまで馬で来たんだろう、帝国内では歩いてきたのか?」
「うふふ、心配はいらないわ♡ あなたもそうしたって聞いたから馬はエルフさん達に預けたの。そのあと歩いてきたけど、帝国の兵士さんとは遭遇さえしてないわ。皆何かが怖くて、出てこれなかったのかしらね」
まさか私と魔王の戦いに兵士達が恐れをなしたのか? 国を守る立場だろうに、軟弱者どもめ。
そう思っていたところに、軟弱者の頂点だろう男が現れる。
「……な!? ぎぎぎギルバルト殿!? 何故やられているのですか、わ、我々の目的はどうなる!?」
見たことも無いくらい大きな王冠を頭に被り、これでもかと大量の装飾が施された衣服を身に纏っている男。その服装で『我々の目的』ということはやはり、
「貴殿が、この帝国の王でよろしいか」
「んん!? そうだが、何だねチミはそんなボロボロのナリで……ま、まさか!? 貴様がギルバルト殿を――」
「ええ、魔王を倒しましてございます。サンライト王国騎士団の団長、エバーグリーン・ホフマンと申します」
「ひっ!? ……………わ、わた、私は皇帝のビルだ! よよよ、よくやったぞ騎士エバーグリーン! 世界のゴミである魔王をよくぞ倒してく――ひぃっ!?」
掌返しの激し過ぎる皇帝の首元に、私は剣を突きつけた。が、戦争を起こすのではない。戦争を起こさぬ為に恐怖を植え付けなければならんのだ。
「皇帝陛下。我々は戦争を望まないが、この魔王ギルバルトを封印したい。良い場所はあるだろうか」
「で、ででではこの国の地下深くというのはどうでしょう!? 責任は私どもにありますし、鍵を厳重に保管すれば誰も入ることはできませんよエバーグリーンさん!」
帝国の地下に? ふざけているように聞こえるが、他に良い場所があるかと聞かれれば……すぐには答えられぬ。
「ならば、誓え――絶対に『封印を解こう』などと考えないこと。地下への鍵を誰にも渡さないこと。そしてサンライト王国にこれ以上手を出さないこと……誓ってくれ、ビル皇帝」
「誓います! 誓います誓います! 絶対にもう良からぬことは考えません! すんませんでした!」
土下座し、ぺこぺこと何度も私に頭を下げる皇帝。何とも言えん光景だが、まぁ、信用には値する……のか?
「これで良かったのだろうか、マゼンタ」
「魔王以外とは戦っていないし、死者も無し。十分じゃないかしら……ちょっと強引な部分は見られるけどね」
まだぺこぺこしている皇帝、そして私によって破壊された門を見て、マゼンタは苦笑している。
▽ ▽
かなり広い地下室に入れてもらった我々は、埃をかぶった荘厳な椅子を見つけ、それを部屋の中心に置いて魔王ギルバルトを座らせた。
マゼンタが鞄から鎖を取り出す。それは光属性の魔法をふんだんに付与した特殊な鎖だという。
「おお……自分を、この魔王を封印……する、つもりですかね? 愚かな。アルデバラン家が自分で最後だとしても、また……現れますよ? 新たなアルデバラン家が……新たな魔王が!!」
「口を閉じておけ。何をするのか私にはわからんが、舌を噛むかもしれんぞギルバルト」
「ふふ、往生際の悪い魔王様だこと」
マゼンタは鎖を玉座ごとギルバルトに巻き付ける。強く強く巻き付けた後、何やら詠唱をすると、部屋が魔法陣で一杯になる。
「ッぐあああぁぁあ――!!」
ギルバルトの叫びと同時にマゼンタの長い詠唱も終わり、もう彼は、何も喋らなくなった。封印成功ということだろう。
エルフから馬を返してもらい、我々はサンライト王国へと帰還。
マゼンタは通行人を装った為に歓迎されなかったが、私はもはや『英雄の凱旋』の状態であった。当然かもしれないが、勲章も授かった。
それから私は『騎士王』と呼ばれるようになったのだ。
〜現在へ戻る〜
そう、あれは十年前。十年も経ってしまった現在だが……私は老いてはいない。むしろあの時よりも力や技術を増しているのだ。
負ける訳がない。
再び魔王がこの世界に君臨したのだと完全に確定したのは、少し前――リール殿と話した時だ。
北の森にエルフの村があるという噂を真実に変えてくれたのがマコト君だった。ならばきっと帝国近くのエルフとも連絡を取っているだろうと考えた結果、リール殿と有意義な話ができた。
――封印の後、ムーンスメル帝国への魔術師の出入りは無し。
――方法は謎だが、魔王がこの世界に『いる』ことは間違いない。
――ギルバルトの時とは違い、帝国付近の空が闇に染まっている。つまり『闇』を増している。
――ギルバルトが強化されて復活したことによるものか、もしくはギルバルトが殺されて別人の魔王が生まれたのかもしれない。
最後のは、けっきょく後者だった。今はツトムという者が魔王になっているのだから。
悲しそうな表情をする横のマゼンタに「心配するな」の意で掌を向け、私は門への歩みを早めた。




