#123 誘惑に勝るモノ
北の森を抜けた先の草原に来い、か……行かねぇと話が進まねぇんだろうが、何より気が進まん。
女神様が、魔王に、操られてる。
信じられない。言動一つ一つまでツトムがやってたと? そも、いつから操ってる? 『青い鎖』の効果が操ること? それが能力なら、あいつは能力いくつ持ってんだ?
その前に謎だらけだ。ツトムはいつこの世界に転移してきた? 何が目的で、どうやって魔王になった? どうやって女神様やドラゴンを操るまでにこぎつけた?
……頭がおかしくな
「マコトっち!」
「うおぉッ!!?」
思案の渦に溺れてた俺を、大声で現実へ引き戻したのはドラゴン教の教祖ドラコだった。
『マコトっち』って悪くねぇな。
「アンタには、救われたね〜! 今すぐキスしちゃいたいくらい! ……あっもしかしてドキドキしちゃった!? 若い娘にドキドキなんかしちゃっておっさんの妄想キモッ――なんて言う女だと思った!? ウソだよ! 今の全部ウッソー!」
「最初から思ってたがお前……俺の数十倍やかましいよな。逆に安心するぞ、お前と話してると……」
今の話を真摯に受け止めるんなら、つまるところ全部が嘘だったんだろ? じゃあなぜ言ったんだ……百パーセント時間の無駄だろ。
「あ、でもね。救われたってのは嘘じゃないんだよ! 正直ドラゴン様への信仰心が揺らぎ始めてた、アンタがいなかったらアタシはアタシでなくなってたかもしれないね〜……」
なんとなくわかってはいたが、やっぱり迷いはあったんだな。よくここまで信じたもんだ。
「ま、お役に立てたんなら光栄だ。お前のこと色々と雑に扱っちまってすまん」
「アハハ、さすがのアタシもそういう分別はついてますとも! ドラゴン様のお言葉は一言一句聞き逃さなかったし……要は復活した魔王がドラゴン様を利用してたんでしょ、許せないね! 魔王なんかぶっ飛ばしちゃってよマコトっち!」
親指を立てて返答する俺。まぁエバーグリーンが一人で行くつもりらしいが、とりあえず了承しといた。
『マコトっち』って悪くねぇなぁ。
▽▼▼▽
「わかったよ、来てもいい。だがプラム、これから会う人と俺との会話に口出しすんなよ?」
『会いたい人がいる』と言って北の森へ入ろうとしたら『ついていきたい』と言ってきたプラムに、俺は渋々了承を返す。プラムは静かに頷いた。
なんだ、大事な話だって見破られてんのか。
そして二人で北の森を抜け、草原へ出る。遠くに人影が見える。青く長い、透き通るような髪の女だ。服装もなんつーか神聖な感じ。透明感の塊のような存在……あれが女神様か。
――ツトムに操られてる、女神様か。
『マコトさん、こちらへ。女の子は……そちらで待っていてもらってもよろしいでしょうか』
ゆっくり近づいてくと、すげぇ美人。女神なだけあって人間離れした美貌だ。人間の俺には具体的に説明するのが難しい。
立ち止まったプラムの反応を見ると、今の女神様の声は俺以外にも聞こえるようだった。
『一応確認ですが、ドラゴンは死んだのですよね?』
「あ、あぁもちろん。そりゃもうドチャクソに死んじまってるよ。魔物なんだから当然だよな」
いかん、女神様には嘘がつきづらい。ドラゴンから『主人』って呼ばれてんのにその言い方……もう確定だな。俺は女神様から見えねぇよう、背中で隠した右の拳に聖水を振りかけた。
ってやべ、あんまり頭の中で色んなこと考えると読まれる可能性があるな。
『それでは目的達成のプレゼントを致しましょう。貴方はこれから日本へ帰ることができます。そうです。生まれ育った場所へ――愛する家族の元へ、帰れるのですよ』
「は? に、日本へ? 家族? お、俺に家族?」
ちょっと待て。どう考えても考えが追いつかん。情報量があまりにも多すぎる。
『記憶を消していた事は、私に非があります。貴方には奥様の美咲さん、そして一人娘の理沙さんがいました。温かい家庭でした。貴方には帰る場所があったのです』
帰る場所が……? 俺には妻も娘もいたのかよ……顔も思い出せないその二人は今、突然いなくなったはずの俺をどう思ってんだ……?
女神様が空中に手をかざすと、大気が裂けて、女神様の手を中心に『ワープホール』のような次元の穴が開いた。穴の中に映っているのは、どこか見覚えのあるビル街……日本だ。
『この穴へ入れば貴方は帰れます。貴方はこの異世界に、本来いてはいけないのです。さぁ……』
帰れる。
俺の居るべき場所――あるべき場所に。家族が待ってる。あっちが現実なんだ。
いや待て、帰りたくない。
振り返れば少し離れた所でプラムが、悲しそうな顔をしている。話は聞こえてねぇだろう。でも悲しい気がするんだろう。まだやることが残っ――
……いや、おかしいな。体が言うことを聞かず、どうやら俺はワープホールに向かってる。もう異世界なんて、魔王なんて、プラムなんて、どうでもいいじゃないか。そんな気分にもなってきた。右の拳から滴る水もどうだっていい。なんだこりゃ、どうして俺の手は濡れてんだ。
もう何も聞こえねぇ。女神様の声しか……
『女神の言う事は、絶対なのです。さぁ、貴方は貴方の、あるべき場所へ……』
そうだ。あるべき場所へ……俺は……
「マコト……? どっか、行っちゃうの……?」
聞こえた。プラムの声だった。
我に返ったその瞬間にほぼ反射神経のみで振り返り、右の拳が女神様の顔面を貫く。やはり殴った感覚がせず、女神様のうなじの辺りから伸びる青い鎖が可視化する。
女神様を蝕む、クソったれの鎖だ。
『う……うぐ……マコト……エイロネイアーぁぁぁ!!! なんだその水は、ドラゴンも死んでいないのか。家族が、家族が恋しくないと言うのか……!?』
鎖が抜けかけて、苦しそうに呻く女神様。いや、声は女神様だが喋らせてるのはツトムだろう。
「家族には悪ぃが、俺にはこの世界でやり残したことがたーくさんあるんでね。特に、お前だよ! お前は魔王ツトムだろ? 初めから女神様を操ってたのか?」
二つの質問を飛ばすも、口の悪い女神様は俺を睨んで黙り込んだまま。
「あ〜。もう答えなくていいよツトム。お前みたいなプライドの高い野郎の『沈黙』は、だいたい『YES』だと相場は決まってんだ! お前は今、たぶん帝国にいるんだろう。目的は何か教えろよ」
『目的……目的……? そんなもの決まっている。この世界を滅ぼすのさ! 僕は特別な存在だからね!』
滅ぼす? それだけかよ、薄っぺらいな。だが思想が薄かろうが厚かろうが、やろうとすることの規模がエゲツねぇ。やはり俺達は、こいつを止めねぇと。
「女神様もドラゴンも操りやがって、しかも俺を二度も騙し、世界まで滅ぼす気とは。もう許さねぇ、ひとまず女神様から出てってもらう! 追加の聖なるパ〜〜〜ンチ!」
『あんたを、殺す! 絶対に殺してや――』
もう一度、聖水付きの右拳でぶん殴る。青い鎖は抜け、消え去った。力が一気に抜けたように、解放された女神様はその場に倒れた。
ワープホールが閉じていく……俺の故郷、俺の家族が遠のいていく……すまん。まだ帰るワケいかねぇんだ。




