#122 聖なる水の威力
「アーノルド! おい、しっかりするんだ! お前……まだ若いのに俺より早く死ぬな!」
「アーノルドぉ!」
喋った説のある瀕死のドラゴンを前に棒立ちの俺だが、後ろではレオンとプラムがぶっ飛ばされたアーノルドの心配をしてる。
「ようやく騎士らしくなったと思ったら終わりか!?」
「アーノルド! 若僧がいっちょ前に死んでんじゃねぇ!」
エクスカリバーを唯一扱えるだとか、そういうのも無しに心配するモブ騎士達。俺のことも守ってくれた……あいつとはもっと仲良くしたかった。後悔しても遅ぇってか?
声援を受けてるというのに、肝心のアーノルドは音沙汰も無く――
「zzz……zzz……」
「「「寝てるだけかよ!」」」
なんだよ、寝息の感じとしては全然大丈夫そうだ。
騎士達はアーノルドの鎧を無理やり脱がすが、目立った外傷は無く、かすり傷のレベルだとさ。エクスカリバーで防御したのが功を奏したってことか。安心した。
――さてこっからだな。騎士達は全員わかってる、ドラゴンはまだ死んでねぇと。首でも取って王都に帰る気だ。
もしあの声がドラゴンだとしたら、あいつと『彼女』って存在が魔王に操られてる。首取っちゃマズいぞ。何かアイデアを――
「ぜぇ……ぜぇ……やっと着いた……ってもうドラゴン倒してんじゃねぇか」
「そんな、ドラゴン様が! 実物初めて見たのに!」
ジャイロと、彼に背負われたドラコが到着。
この状況を掻き乱す二人、タイミングは最悪だな。レオンがいち早くジャイロに駆け寄り、
「遅すぎだぞジャイ坊。だが奴はまだ死んでない、お前がとどめを刺すんだ。首を斬れ!」
「……なんか納得いかねぇけど自業自得だな。わかったよレオン」
自分が戦闘に参加できなかった不満を漏らしつつも、ジャイロは大剣を抜く。が、案の定ドラコが立ちはだかる。
「ぜっっったいダメ。ドラゴン様を殺すだなんて許さないからねジャイロ。マコトっち……アンタも変人ってことで気が合うのかと思ってたのにとんだ勘違いだったよね! ドラゴン様は神が創った『神獣』だってアタシ言ったじゃんかっ!」
今それを聞くと、胡散臭さもだいぶ薄れちまうな。もし『彼女』ってのが『女神様』のことだとしたら。
ツトムは何らかの方法で女神様やドラゴンを操ってる……?
「おい何を言ってるんだそこのアホ女は、まさかドラゴン教のエセ教祖か!? 信じる訳ないだろうが!」
「ん!? 何なのこのおっさん! アタシのナイフ術舐めてると痛い目見ると思うけどなぁ!?」
「どいつもこいつもうるせぇ! あー考えてる暇がもったいねぇ、オレがドラゴンの首取りゃ終わりだろ!?」
レオン、ドラコ、そしてジャイロ。一触即発の空気の中……俺は誰に何を話したらいいか考え、そして選んだ。
「……なぁレオンちょっといいか。俺には珍しく、スーパー真面目な話だから」
「こんな時にどうしたんだ」
「実は声を聞いた。確証は無いがたぶんドラゴンの声なんだ、お前ら聞こえなかっただろ? 俺だけに聞こえたのはもしかすると女神様が関係あるのかもしれねぇ」
このメンバーの中で俺の転移の事情を知ってるのはレオンだけ、他のメンバーから引き離す。
信じきってもらえる自信はねぇが、俺はドラゴンから聞いた内容、ドラゴンや女神様が魔王に操られてる可能性を彼にブチまけた。
「じゃあお前はドラゴン教のお説教を信じるってことか、マコト」
「……転移してきた時の声だけだが、俺は女神様の存在を知ってる。存在してるんだ。だからドラコの話は他人より理解できる節はあるな。ドラゴンを生かすって選択肢は……ダメか?」
率直に答えた。この場で一番地位が高いのはジャイロだろう。だがジャイロはどこかレオンのことを尊敬してると感じた。
実質はレオンが一番のベテランで、判断も彼に委ねた方がいいんだろう。
だがまぁ、
「そんな相談を、いの一番に俺に持ち掛けてくるとは……いい度胸をしてるな?」
「……ああ」
――この中ではレオンが一番のドラゴン被害者なのも、ちゃんとわかってるつもりだ。
だが彼はそれ以上に人格者であることを俺は見抜き、信じることにした。
「しかし……たった今、一緒に死線をくぐったお前の意見を、のっけから否定するのもアレだ……ちょっと待ってろ」
予想通りに冷静に受け止めてくれたレオンはしばらく思案し、ジャイロの方へ相談しに向かう。
少し話すとジャイロは俺を睨んできた。おい、どうなってんだ。
「ドラゴンの声を聞いただと!? お前本気でそんなこと言ってんのかマコト! ……あんたには、失望したぞ!」
まぁこれも予想はしてた。反対されて当然だ。『ドラゴンは魔物である』が常識なんだからな。俺もさっきまではそう思ってたんだし。
ジャイロは続ける。
「お前だってわかってんだろドラコ……ここにいる奴の中でわかってねぇのはマコトだけだ! ドラゴンは死ぬべきなんだよ!」
「は?? な、何言って……アタシは別に……」
確かにドラコは、ドラゴン王都襲撃事件について何の弁解もできなかった。ジャイロの言う通り、意地張ってるだけかもしれん。
「マコト知ってっか? 昔っからドラゴンは魔物だと思われてたんだぜ。でもいつも上空を飛び回るだけですぐいなくなる。恐れられてはいたけど『害は無い』って判断されてたんだ」
なるほどドラコの『百年くらい前から見守ってる』って話は、上空を飛び回ってるって意味か。
「なのに、この前の襲撃事件。レオンも大変な思いをした……親父がいなけりゃ王都はメチャクチャだったんだ! あの時と今回でみんなが理解した。『ドラゴンは今まで、狩り時を見極めてただけだったんだ』ってな! お前もそう思っただろドラコ!」
「ちがっ、アタシは……!」
今までも怖かったが、襲撃に続く襲撃で、もうドラゴンを生かす理由はねぇってことか。
「ドラゴンは危険な魔物だ。だからオレがとどめを刺す。文句ねぇな、お前ら!」
「――いいや、あるね。俺は聞こえた声と……ドラコを信じてみるとするぜ。少しでいい。俺にチャンス、いや機会をくれねぇか相棒」
「マコト、お前まだ……!?」
「マコトっち……?」
『少しでいい』がだいぶ効いたのか、ジャイロ達はとりあえずドラゴンを地面に縛り付けて生け捕りにしてくれた。
まぁ俺に与えられるチャンスは、たぶん一度きりだと思うが。
▽▼▼▽
どうしよう、どうしよう。考えるんだとにかく。ドラゴンに喋りかけてみる? いや、一回聞いて以降全く話しかけてこねぇのは、もう体力の限界を意味してるんだろう、きっと応答してくれねぇ。
他にどんな方法が――そう思い、ふとドラゴンの方を向くと、とんでもねぇ物が視界に入る。
ドラゴンの背中から一瞬、揺れる青い鎖が伸びてるのが見えた。ほんの一瞬だったが……見間違いとは思えん。
青い鎖……ツトムと戦った時、あいつが俺に向けて飛ばしてきた鎖も同じ色だった。どんな効果があるのか知らんが……
――もし今の一瞬見えたあの鎖の伸びてる先に、ツトムがいるとしたら? まるで魔王がドラゴンを操り人形にしてるみてぇだ。
「あの鎖を剥がすべきだな」
ジャイロやレオン含めた大勢の騎士達……ドラコも……そしてプラムも見守る中、俺は縛り付けられたドラゴンに近づいていく。
そして今はもう見えない鎖を探す。背中のどっかから伸びてたはず。ここか、ここか……?
「……ねぇな。こりゃいかん」
どこにも見当たらねぇ。時間もねぇ。こっからどうしたら……
「ん?」
突然――いや、ドラゴンの背中に直接触った瞬間、俺は感じた。『魔王の気配』……つまり『闇』を!
そうだ、いいことを思いついた。『"魔"や"邪"を祓う』のなら、アレしかねぇ。
「聖水だ……! リール、改めて礼を言うぜ」
いつかエルフの少女リールから、信頼の証として貰った『聖水』。使うならここだな。俺は懐から瓶を取り出し、三分の一くらいを拳にかける。
「聖なるパ〜〜〜ンチ!!」
聖なる拳でドラゴンをぶん殴ると、なぜか殴った感覚がしねぇ。その代わりに青い鎖がドラゴンから抜けて消え去ったようなエフェクトが見えた。
今のは、さすがに後ろの奴らにも見えたんじゃねぇかな。
直後、
「ぬぉっ! ……まさかおぬし、儂を解放してくれたのか!? ありがとう、グフッ、体は痛むが……ありがとう!」
「あぁ、良かった……お前やっぱいいヤツだったんだな、本当に良かったぜ……」
縛り付けられたまま、ドラゴンはちゃんと全員に聞こえるように普通に喋った。
痛めつけたのはほとんど俺ですまねぇが――最終的には命を救ったんだから、言う必要ねぇよな? なぁ?
「そうだ、魔王が能力で儂を操り……こうしてる今も、主人の女神が……た、頼むぞ……マコト・エイロネイアー……」
思い出したように話したドラゴンは、ついに力尽きた。といってもデカい腹は呼吸で膨らんだり縮んだりしてる、気絶しただけだな。
やはりドラゴンは『神獣』だったようだ。見守ってたドラコも泣いて喜んでて、プラムと抱き合っている。
ジャイロやレオンは複雑そうな顔をしてるが、騎士みんなでドラゴンの拘束を解き始めた。
にしても大変なことになってきた。女神様がきっと困ってる。魔王の鎖から救ってやりてぇが……
『マコトさん、どうやら任務が完了したようですね』
まさか、女神様……!! そうか。ドラゴン退治が一応俺の目的ってことになってたっけ。
『それではご褒美を。北の森を抜けた先の草原にて、貴方をお待ちしております』
「……おう」
ついにご対面か。




