#116 ドラゴン教、動き出すドラゴン
ランクアップしたあの日からもう三日も経っちまった。
エバーグリーンは、まだ魔王のことを国民に知らせていない。王様はもう知ってるかもな。
しかし騎士団の連中はどう見たってソワソワしてるし、『やっぱり魔王が……?』みたいな噂が街中でも時々聞こえてくる。
やべぇな。いよいよ本格的になってきてるらしい。
魔王ツトムのこととか考えてると変な気分になるからって街を散歩してると、前からジャイロがやってくる。あいつちょっと肩幅広くなったような……?
「よう、マコト。ガキも一緒でどこ行くんだよ」
「バカ言うな。今日はプラムは……ってお前! 何でいるんだ、ついてきてたのか!?」
「いーじゃん別に」
一人のつもりだったが、プラムが斜め後ろにずっといたらしい。
なんかムスッとし始めたクソガキ。だがそれは俺に気づかれなかったからじゃないらしく、
「あのさ、そろそろガキって呼ぶのやめてよジャイロ! 私達けっこう一緒にいたよね!?」
「お前オレの名前知ってたのかよ!? って段階だと思ってたけどなオレは……あ、そうだ。この前レオン運んだ時は助かったぜ、ありがとよガキ」
「プ・ラ・ム〜!!」
「わぁってるよ冗談だ。プラムな、覚えたぞ」
最近プラムが騎士団のヤツと言い合いしてる光景をよく見る気がするな。
そういやヒロと戦った時、この二人は一緒にレオンを担いでたんだっけ。大変だったなぁアレは。
「なぁプラム、ちょっとだけ待っててくんねぇか? マコトとしたい話がある。ほんのちょっとでいい」
「え? いいけど……」
突然そう言ったジャイロに連れられ、少しプラムから離れた場所へ。人通り自体が少なめの場所だ。
「親父から聞いたんだよ魔王のこと。今日の昼にでもムーンスメル帝国に向けて出発するんだと」
「なに、今日だと!? 今は朝だが、昼ってことはもうすぐってことじゃねぇか!」
「そうなんだよ。んでこれは親父からあんたへの伝言なんだが……『来るな』ってさ。オレもそう言われた。マジで護衛も付けず一人で行くらしい」
……来るな? 確かに、俺が魔王と相性が悪いって話もしたし、ツトムは先代魔王より強いから危ねぇとか、俺が魔王討伐に同行したくなる根拠は少なくねぇ。
心配だがエバーグリーン自身、ツトムの強さを測っていたはず。一人でも十分倒せそうなのか……?
「つまりエバーグリーンが魔王を討伐するのを……ここでボケーッと祈ってろってのか?」
「……まぁ、親父はそうして欲しいんだろな」
「……そうか。そうかよ。んじゃ考えるのをやめよう。釣りにでも行くとしようぜ。東のフェルト村に湖があったよな」
もう考えても仕方ねぇ。エバーグリーンがやるっつってんだから俺にそれを止める権利は……ねぇよな。
「フェルト村!? マジか、ちょうどオレも警備のために行くんだよ」
反応したジャイロ。さらにプラムも近寄ってくる。
「釣りって言った!? 行こ行こ、マコトの釣り姿も見たい!」
わお、またタイミングいいヤツらが集まったもんだぜ。正直ヤケクソの釣りだ。もしプラムが『やりたい』っつっても道具とか買ってやったりは今の余裕無しの俺じゃあできねぇ。すまんな。
「そんじゃ、三人仲良く歩くとしますか――」
「ちょいと! ちょいとお待ちを! そちらの方々!」
なんだ? 見れば路地のゴミ箱から顔を出す一人の女が。ゴミ箱に住んでたのか?
くすんだ黒髪(だが顔立ちからして転移者じゃねぇ)の若い女は全身をゴミ箱から脱出させてよたよたと俺らの方に近づいてくる。黒いローブなんか羽織っちゃって、厨二病か。
「えーと? アンタはあれだね、その〜……あれよ……ジャイロ! ジャイロ・ホフマンだね騎士王の息子の! でアンタが変人で有名な……あれ、なんだっけ……ゴミ箱の中の食べ物ばっか食べてるからか最近記憶力が……」
「ゴミ食ってんのかよ、最悪だな……俺はマコト・エイロネイアーだ」
「マコト! そうだよそれそれ……あとゴミじゃなくてゴミ箱の中にある食べ物だかんね! これ大事でしょ!?」
衛生的な観点から言ったらどっちも同じだろ。表現方法は大事じゃねぇよ、根が大問題なんだよ。
でも顔色が悪くねぇな。どこか人生に絶望してる……ような顔じゃねぇんだよな。自ら進んでゴミ食う生活に走ってるのかもな。
「で、あんた誰なんだよ?」
「おおジャイロ、よくぞ聞いてくれたね! アタシの名はドラコ! かの有名な『ドラゴン教』の教祖です! 今日はアンタ達にドラゴン様とは何なのか、その全てを叩き込んであわよくば教団に加入してもらおうと思ってて――」
「オレはいいや……」
「つまんない」
「遠慮させてもらう」
「ん手厳しいィーーー! でもそういう反応されるともっと話したくなっちゃうからもはや職業病よね、これ!」
どっかでレオンが言ってたな『王都にはドラゴンを崇め奉ってるアホもいる』とか。どうして魔物なんか崇めるんだ、危険なだけだろ。
「まずもって皆さんこう思ってるでしょ、ドラゴン様が魔物だと! それが違うんだね〜! 魔王みたいなアホたれにはあんな高尚な生物創れないね、断言できる! 創ったのは『神様』、つまりドラゴン様は『神獣』なんだね〜!」
「は? あんた、オレの親父が最近ドラゴン追い払った話、知らねぇのかよ? ここに攻めてきたんだぞ」
レオンが大怪我をして、エバーグリーンに追い払われたって話だった。
ってか『神様』って、俺の知ってる女神様ってことでファイナルアンサー? そのペットがどうして王都を襲ったんだよ。
「そりゃ知ってるとも国民だもの。逆にアンタこれ知ってんの? ドラゴン様は古くから、もう百年くらい前からこの世界を見守ってくださってる――――と、言ってもねぇ……今の状態は……聞いた話と違うし初めてのことだから、ちょっとどういうことかアタシにもわかんないけどね〜……」
さすがに襲撃事件の擁護はしねぇらしい。こいつの話を信じるなら神獣ドラゴンは今『暴走してる』って感じになる。
しかしこのドラコって女……どうにも信用しづれぇぞ。残念なのは喋り方だけで顔は綺麗なんだが、全体的に胡散臭いんだよな。入信する気もさらさらねぇし……
「じゃ、ありがたい話をどうもありがとうドラコ。俺達ちょっと釣りに行くからよ」
「ありがたい話をありがとうって、ちょ……プフッ、ハハハ、二重に……ありがとうが二重になってるけどアハハ! あ、待ってよ一緒にドラゴン様の話をして尊くなろうよ!? 尊くなるって意味わかんないけどハハッ!」
三人でそそくさとその場を離れた。ドラコは俺達を追いかけようとする素振りをしつつ、結局追ってこなかった。
――ジャイロの話だと、ドラゴン教は何十年も前から信仰を広めようとしてて信者も少なくなかったそうだ。が、例の襲撃事件でどっと減り、今はドラコだけらしい。元は教祖って立場でもなかったっぽいが、あいつもあいつで大変なのかな。
▽▼▼▽
所変わって、ここは王都から見て東にあるフェルト村の湖。村はサンライト王国の領地だ。入ったのは今日が初めてだが近くまで来たことはあったと思う。
早朝から警備してたらしい騎士にジャイロが交代の声をかけ、その騎士は馬に乗って王都の方へ。馬、もう一頭残ってんな。
「私、釣りしたこと無いんだよね〜。マコトは?」
「わからね……いや、まぁ何回か」
『釣り』という存在は知ってる。でも『日本で俺が釣りしたことあるか』は見当もつかん。
とりあえず武器ガチャを発動して釣り竿を生み出す。さぁストレス発散、投げ込ん――
「キィーーー!! キィーーー!!」
なんだ!? 鳥の鳴き声!? うるせぇな、魚も逃げちまうだろこんなん!
「キィーーー!!!」
「うるさっ! ジャイロ、これ何!?」
「こりゃあ『伝達鳥』の鳴き声だ! だが普段はこんなにやかましくねぇ! 緊急事態を報せてる!」
緊急事態。またなんか面倒なことが起きるのか。ストレス溜まってるんだよ勘弁してくれ。
村の中心に立つ木の棒、その上にデカい鳥が一羽。鷹っぽいが。ジャイロがそいつの体に結び付けられた書類をガサツに奪い取り、開き、読み上げる。
「王都からだ――警戒せよ! ドラゴンが動き出した!」
魔王ツトムの仕業か? ずいぶんと、タイムリーだが。




