#11 チンピラ vs 武器ガチャ
腹は減ってたけど、チャンスを逃さないために今は忘れて、体を騙してやるしかない。馬車で横になって少しは体も休まったし大丈夫ってことでいいか。
小走りして辿り着いた薄暗い路地へと、俺はゆっくり踏み込んでいく。明るく賑やかで華々しい大通りを通ってここまで来たが、雰囲気の落差がすげぇ。
汚れた水たまりとか、放置された生ゴミみたいなのとか、時にはネズミっぽいのが横切る。
「チッ、きたねぇ。わざわざ何でこんな所に逃げた」
あの金髪のクソガキ。そう、俺にオークをなすり付けた上に見捨てて逃げやがったあのクソガキ。何でだか三人の男に追われてたが、あいつの顔はものすごい怯えた顔だったな。
詳しい事情を察する事は俺にはできんが、ま、平和的なおいかけっこで無いことは確かだ。
「追い詰めたぜ――」
すると、男の声が聞こえてきた。割と近い。
「こ、来ないで――」
今の女の子の声は聞き覚えありありだ。俺は静かに壁に隠れ、あいつらのやり取りの場を覗く。どうやらクソガキは行き止まりに追い込まれて袋のネズミのようだ。
「知ってんだぜ嬢ちゃん。お前、魔術師団とこで養ってもらってんだろ」
「見習いだとか言ってたよな?」
「なのに、勝手に外出ただろ〜? 報告されたいのか、うん? これ以上抵抗するならチクっちゃうぞ〜?」
「やめてよ!」
「だったらおとなしくしな!」
「お前を人質に、魔術師団から金を搾り取ってやるぜ」
「ギャハハハ、そんでもって逃亡、お前を別の国で奴隷として売り払って……ギャハハハハハ!」
「や……やだ……」
おいマジか、ちょっと待て。この状況はヤバすぎないか? どうすりゃいい? 俺は何かするべきか?
「動くんじゃねぇぞ! 大金いただきぃ――!!」
チンピラの一人が大きな袋を手に持ち、ガキに飛びかかろうとする。だがその勢いは、
「クソがっ、ああやってやんよ! オラァ!」
「うごっ!!?」
その前に飛び込んだ俺によって阻まれる。つまり俺が脇腹に回し蹴りをぶち込むと、男は吹き飛び、壁に叩きつけられたってワケだ。
「なっ、何だお前!?」
「何者だコラ!」
「え……? あ、あの時のおじさん……」
やられた男以外のチンピラ二人、そしてガキが俺を見てかなり動揺してる。
「ヒーローとかじゃねぇんだから、名乗る気はない。言いたいことは一つ――そのガキをぶん殴る権利があるのは、俺だけだ!」
「「「えぇっ!?」」」
だって初対面で魔物と戦わせたクソガキだぞ。そんなに驚く必要無いだろうが。
ぶん殴る権利は俺のみにあるんだ、そうだろ、そうだ――でもその前にあいつはか弱い少女。助けてやったっていいじゃねぇかと、思っちまう自分がいた。
「コイツ助けに来たんじゃ!?」
「うるせぇ黙れ」
ガキを指差して聞いてくるおせっかいなチンピラへ、姿勢を低くしながらのアッパーカット。そして足を払って倒した。
「このジジイ! ――ぐぶ!」
「年上ってわかってんなら、なおさら礼儀をもって接しろ」
ジジイとか呼んできた生意気なチンピラ。後ろから飛びかかって来る顔面に裏拳。「鼻が」とか真後ろで呻いてるところに、俺は体の向きを変えず背中越しに肘を入れる。鳩尾に命中したようで男は蹲る。
よーし片付いた、チョロいもんだ。
「よし、金髪のクソガキよ。これで一件落着だが、お前との件が終わってない。こんな薄暗いとこさっさと出て話を――」
「ううん、まだ、まだ終わってないよ!」
「え?」
間抜けな声が出ちまったが、怖くてまだ動けてないそのガキの言う通りだった。倒れたはずのチンピラ共は三人とも起き上がりやがった。
――実を言うと、心当たりはある。俺はビビってたんだ。あのチンピラでなくて、俺自身のパワーに。なにしろ、素手でオークを殺せたんだ。
要は人を殺しちまうのが怖くて手加減した結果がこれ。いやいや無理だって! オークはもはやファンタジーだからまだ良いけどよ、人は殺す気にならないぜ普通は!
「うおおら!」
無駄なこと考えてたら、さっきアッパー決めた男が俺にタックルをかましてくる。振りほどこうとすると、ここに来てまさかの力が入らなくなった。
忘れてた空腹を、体が思い出しちまったようだ。
そのままの勢いで壁に激突。男は未だ俺を抑えたまま。そこにもう一人、さっき裏拳決めた男が俺の顔を一発殴った後、俺を壁に押し付ける加勢に入った。
「いってぇな! どけよお前ら!」
「誰がどくかよ!」
「くたばれジジイ!」
暑苦しいし、殴られた顔痛ぇし、ほんと邪魔だなクソ! 色々叫ぼうかと思ったが、直後に目に飛び込んできたモノに絶句した。
「覚悟できてんだろうなぁ、じいさん……」
ゆっくり近づいて来る、最初に蹴り飛ばした男が懐から取り出したのは――
「ナイフ……!」
門番レオンが持ってた剣とは違うそのリアリティー。鈍い輝き。どうしてだか、俺の体から抵抗力がふっと消えた。
「おおおおおぉ!!」
「やっ、やめろ……」
「おじさぁん!」
ナイフを両手で構え、俺の首辺りを目がけて突進してくる男。どうにもできず無駄に左腕だけガードに回した俺。そして、ガキの悲痛な叫び声。
万が一俺が満腹だったり、ナイフにビビらなくても、他のチンピラ二人に抑えられてるからどうせ動くのがキツい。
万事休すか。
「クソ……」
刃がすぐ目の前に。左腕のガードの位置がめちゃくちゃだしこれでは間に合わん。首を刺されるぞ。思わず目を閉じる。やばい、やばい、やばい。
ガキィン!
――ん? ……がきぃん?
響いたのは、刃が肉を切り裂く音とは違った。今のを表現するなら……金属と金属が、勢いを相殺するような音と言ったら正しいかな。
「何だ……そりゃ」
チンピラの一人がなぜか驚いてる。とにかく俺は生きてる、生きてるんだ。怖いが、目を開けた。
「これは、盾……?」
俺の左手に握りしめられているのは、小さめで、銀色に輝く鉄製の盾。それが刃を受け止めてくれてたのは言うまでもないが、
「どこから……?」
そんな物、持ち歩いてた記憶はもちろん無い。今の一瞬で、何が起きたと言うんだ。
「何それ! どんな魔法!?」
聞いてきたガキがちょっぴり目を輝かせてるように見えた。魔法、ではないだろう。これはきっと……いや間違いない。
――俺の、第二の能力だ。
「くたばれチンピラ共が!」
もう一度だけ空腹を忘れ、この状況の主導権を握らせてもらうぜ。
俺はナイフを押し返し、盾を両手で持って、正面で俺を抑える男に振り下ろす。男は頭から少し血を出し、白目をむいて倒れた。
「う、うわ卑怯だぞ」
もう一人の抑えてた男が後ろへ飛び退き罵倒してきたので、
「か弱い少女と空腹のおっさんを三人がかりでイジメといてどの口が言うんだ……よッ!!」
「ぐげっ!」
盾をぶん投げるとヤツの顔面に命中、そしてノックアウト。
「あとは、お前一人だな」
「……俺にはナイフがあるし!? だがてめぇは盾投げちまって何もねぇだろ!」
「で、でも私を忘れてる! てやああ!」
強がる最後のナイフチンピラに、なんとガキが後ろから体当たり。男は手に力が入ってなかったようでその衝撃でナイフを落とし、体制が崩れて膝立ちの状態になる。
「あ……」
「ゲームオーバーってヤツだな。あぁちなみに、俺には武器あるみたいだから」
「ひぃっ、ど、どうなってやが――」
またも自分の手から生み出されたあるモノを男の脳天に叩きつける。最後のセリフも言い切れずに男は倒れて気絶した。
俺が手に持ってた物はほかでもない、漆黒にして、頑丈、振りやすく殴りやすい、最高の……フライパンだった。
「ってフライパンがオチかよ!」




