#115 ツトムの計略
今回は魔王ツトムの視点です。
「……ヨリヒト」
「はっ。いかがなさいましたか、ツトム様」
ここは石造りで灰色一色の大広間、ムーンスメル帝国の中心にある巨大な要塞の一室だ。
背もたれの上の方を斜めに斬られたその美しい玉座に僕はだらりと座って、老兵だが逞しい肉体を持つ男――我が側近の名を呼んだ。
「とぼけるな。ヒロとタカオ……あの転移者二人の勝負はどうなった?」
「失礼致しました……勝者はタカオ・ディザイアでした。評価としましては、どちらも私には及びませぬが個性的で強烈な能力を持っております。兵器として扱うのなら優秀かと……」
勝者はタカオか。
奴のは確か、背中から触手が飛び出す能力だった。ヒロの高速移動をもってしても敵わないか。
「……お言葉ですがツトム様、二人を勝負させているのはあなたではありませんので?」
「そうだとも、起点は僕だ。だが《操作の鎖》という能力はわりと融通が効く。操作している者へ『あれをやれ、これをやれ』と命令し放置することも可能なのさ。命令された側はできる限りそれに従い、鎖が千切れるほどのダメージを受けると僕に伝わるが」
「ええ、致命傷となる前に私が二人を引き離しました。しかし、そのようなものを含めて三つも能力をお持ちとは……流石でございます」
転移者同士の戦闘において鍵となってくるのは、やはり能力。
それを三つ持っていてしかも闇属性の魔法を自由自在に扱える。僕より強い者がこの異世界に存在するのだろうか。
「操作できる枠はあと一つだ。トロいがパワーのあるマコト・エイロネイアーをその最後のピースにしようとも試みたが……失敗に終わった。面倒なことに奴はこの世界の者達と協力関係を結んでいる」
「それはどういった意味で……?」
「特に、エバーグリーン・ホフマンと密接に繋がっているようだ。奴だけは紛れもなく強敵だ」
「あの男と……!」
エバーグリーン単体ならまぁ勝てる。マコト一人にならどんな方法でも圧勝できる。だが奴らが手を組むというのは厄介中の厄介だろう。色々な理由で。
「知っているようにエバーグリーンは先代魔王を倒した男。きっと僕のことも倒そうとしてくる。このムーンスメル帝国に侵入し、僕の目的を聞いてからだろうがな」
一応確認くらいはするはずだ。基本は魔王は倒さなければならない存在だが、いくらなんでも目的不明のまま倒すような男には見えない。
しかし、時折頷きながら話を聞くヨリヒトは僕の側近となってから短くない。僕が『迎え撃つ』ことが大嫌いなのは知っているだろう。
「もうあの二人をまともに相手はしたくないものだ。洞窟で眠るドラゴンを静かに動かす。と同時に魔物の群れも向かわせる。本来僕自身の力で滅ぼしてやりたいところだが、何が起こるか予想がつかない。邪魔なサンライト王国、そしてマコトには勝手に消えてもらおう」
「では私は念のため警備の配置を見直しましょう。停止状態のヒロとタカオはひとまず牢へ……あなたの身の安全はお任せください、魔王兼皇帝ツトム・エンプティ様……」
今のところはあのサンライト王国――とくにエバーグリーン。そしてマコトがこれまでのように予想を裏切ってくる可能性がある、いわば不安材料だ。
僕はいわゆる悪役だ。魔王なのだから。自分の力を過信した悪役が痛い目に遭うなど、アニメでもドラマでも、漫画でもラノベでも定番となっていた。
僕は、そうはならない。この世界を破滅させるまでは。




