#113 ジャイロの再出発
今回はジャイロ視点です。前回からそのまま繋がります。
※一部振り返っているのは二章の裏側です。
「なんか、あんたも死にかけて大変だったとか聞いて心配したが……それとは別か?」
「別とも言いきれねぇ。まぁ詳しい話は親父とすることだな。じゃ、訓練とか頑張れよ!」
「わ、わかった。じゃあなマコト!」
マコト帰ってったな……マコトといえば、ずいぶんと前だが……ずっと記憶にこびりついて取れねぇ話がある。
でっけぇ蜘蛛型の魔物が危険だってんでオレが派遣した五十人くらいの討伐隊が、ほぼ全滅。生き残ったのはニ、三人だった。
―――
「なにっ、討伐隊が!? ……は、面白ぇじゃん。その内オレがぶっ殺してやるよ。『楽しげな子供みたい』っつったか? んじゃあ……"ジョーイ"とでも呼んでやれ! ぶははっ傑作だろ!?」
「さすが騎士王の息子さんだ、頼りになる!」
―――
けっきょくそいつに勝てる気がしなかったオレは、何かと理由をつけて"ジョーイ"の討伐には踏み込まなかった。
……それが仇となっちまった。幼い少女一人のために、このオレが騎士団も冒険者も総動員して捜索に当たった時だ。
―――
「"ジョーイ"が迷子を攫ったって……本気なんだろうな!? ウェンディ!」
「もし嘘ならば、それ以上にくだらない嘘など無いだろう!」
「あぁん!? 遠回しすぎて全然わかんねぇよ、嘘なのか本当なのか!?」
「本当だ!」
―――
現場から馬で駆けてきたウェンディは、その目で"ジョーイ"に捕まる少女を見たと言ったんだ。
やっちまった……ただそれだけ思って現場へ急行した。そしたら、もう終わってた。
―――
「マコト貴様……もう"ジョーイ"を倒してしまったのか!? 死者は出ていないようで何よりだが」
「……すまんウェンディ……待って……られなくてよ」
「へ、へぇ〜。な〜んだ、もう終わってんじゃねぇか。つまんねぇの。んま、おっさんがやらなくてもオレがやってたけどな!」
―――
強がってただけだ。マコトがやってなかったら、"ジョーイ"は今もあの場所にいるかもしんねぇ。
あの場にマコトがいなかったら、永遠に少女は見つからずじまいだったかもしんねぇ。
オレはとんでもねぇ嘘つきだな。
「どうした、ジャイロ。顔色が悪いぞ?」
「うおぉ!! なんだよウェンディか。考え事してただけだし、おどかすんじゃねぇよ……」
ここは訓練場。
後ろから話しかけてきたのはオレと同期の女、ウェンディ。こいつはあの時のオレと"ジョーイ"とマコトの関係を全部知ってる奴だ。
「未来の団長がまた"ジョーイ"のことを後悔していたのか? 私は忘れることにしたぞ。貴様もあの時全部吐き出しただろう」
「だから『な〜んだ、終わってんじゃねぇか』のセリフのあとに吐いたのは後悔とかじゃなくて、胃の中の物だけだっつってんだろ!」
強がりに強がってイキりちらした後、オレはマコトや団員達から見えない茂みの中で戻した。
その時オレについてきたウェンディに決定的瞬間を見られ、すべて打ち明けた。それだけじゃオレの心は晴れねぇが。
「ウェンディ。オレをどう思う? 未来の団長に相応しいのか? オレは」
「今は相応しいとは言えぬかもな。あくまで今はそうでも、器としても貴様以外には考えられない……………そうだ、団長が呼んでたぞ。だから私はここに来たのだ」
「だよなぁ……って、親父が!? マコト来たばっかなのに元気だなぁオイ」
さっきマコトがオレに謝罪してきたと思ったらすぐ応接室に行って、行ったと思ったらものの十分くらいで出てきて帰ってった。
あいつ『大変な状況』とか言ってたが、親父はオレにその話をするつもりかな。
「わかったすぐ行くよ。それと、もしオレが団長になったら団長補佐はお前だぜ、ウェンディ」
「ああ、待たせぬよう早めに行け……って、何だと!? 私が団長補佐だと言ったのか!?」
団長補佐――今は誰もいない枠だ。親父の補佐としてレオンが入ってたが、最近なぜか急にやめちまったからな。
実質、副団長みたいな立ち位置だ。オレが団長なら、こいつに任せたいと前々から思ってた。
「ば、馬鹿を言うな……私に務まる訳が……」
やっぱり、能書き言いまくっといてウェンディもオレと変わんねぇじゃねぇか。ちょっと性格の系統やら方向性はちがうかもしれんが……ウェンディは自分そのものに自信がない。オレは自分の『強さ』に迷いがあるらしい。
ほぼ同じだろ。
もじもじし始めたウェンディを無視して、オレはさっさと団長室へ向かうことにした。
▽ ▽
「早かったなジャイロ。用件だが、単刀直入に言おう……魔王が現れた」
「は!?」
合図もしねぇで扉を開けると、机の上で手を組む親父がそう言ってきた。心の準備もクソもねぇ単刀直入さだ。
「しかも、魔王は地下牢のヒロ・ペインとタカオ・ディザイアを連れてどこかへ消えてしまった」
「マジか! あいつらは魔王の仲間だったのか!?」
「かもしれん。とかく緊急事態だ。間違いなく、我ら騎士団史上最悪の緊急事態だ。私はまた、魔王を倒さねばならん」
親父とはいえ『天下のエバーグリーン・ホフマン』から『緊急事態』って言葉が出るとはな。
これはたぶん騎士団にとどまらず王宮のお偉いさん方や、魔術師団とか冒険者達……とにかく国民全員にとって大事件だろ。
にしても、また親父は魔王討伐に出かけるのか……
「やはり魔物の大群やドラゴンの件は魔王の仕業だったのだ。実際には、ムーンスメル帝国の王が手綱を握っているだろうとは思うが」
「で、でもよ、親父が魔王をまた倒しちまえば済む話だろ? そんなに焦る必要とかは……」
「今回の魔王はギルバルト・アルデバランとは別人であった。ギルバルトよりもさらに力を増した、な」
「はぁ!?」
十年前の『エバーグリーン・ホフマン 対 ギルバルト・アルデバラン』の戦いは、超ギリギリの攻防の末に親父が勝ったんだそうだ。
さらに強い魔王ともなると……
「ヤバくね?」
「そうだ。近々私は帝国へと発つが、しばらく帰らないかもしれない。だからお前に言っておきたいことがあってな」
「な、なんだよ」
「留守を頼む」
「……いやそれだけかよ!?」
時々、親父のことがわからなくなる。世間では『英雄』だの『騎士王』だの呼ばれてるが実際会ってみたら全然。こんなもんだ。
でも椅子を回転させ窓から外を眺める親父にはまだ言うことがあったらしく、
「それともう一つある――ジャイロ、お前はヒロ・ペインに敗北したそうじゃないか」
「うッ!?」
クソ、本当に言いたかったのはこっちかよ。不意を突かれた。剣の素振りに没頭して考えないようにしてたのに。
「私はこれから魔王を討伐に行くのだぞ、ジャイロ? なのにお前という奴は私の息子でありながら、魔王のとこの三下ごときにも勝てないというのか?」
「さ、三下とは限らねぇだろっ! 幹部とかそのくらいの……」
「――言い訳をすれば、敵は負けてくれるのか?」
悔しいが、ごもっともだ。甘えたこと言ってるだけじゃ強くなれない。誰も守れない。わかってるんだよ。
「この流れだとウェンディが団長に相応しいかもしれんな。才能がある。もう少し修行を積めば、お前よりは強くなれるはずだ」
「ふざけんじゃねぇ!」
さっきウェンディとはその話をしたばっかだ。あいつはオレに言った、『今は相応しくないかも』と。だがこうも言った、
「あいつは『ジャイロ以外には考えられない』って……」
「ウェンディならそう言うだろう。彼女はそんな性格の人間だ――問題は、お前自身じゃないのか!?」
少しだけ声を震わせた親父は椅子をちょっと回転させて、握った拳を掲げた。そして振り下ろして机をドンと叩く。
「しっかりするんだ!!! ジャイロ!!!」
片方だけ見えた親父の目は、少し潤んでた。オレはいつもみたいな反論はしなかった。
また椅子を回転させて景色を眺め始める親父は、
「……話は以上だ。精進せよ」
それだけ、絞るように言ってきた。
「……はい!!!」
オレは半ばヤケクソ気味に返事して、走って退室した。
「クソっ! クソがっ! やってやる! もう誰にも文句言わせねぇくらい、親父やマコトに心配かけねぇくらい、オレは強くなってやるっ!!」
廊下を走りながら、ヤケクソ気味に声を上げる。オレは今、ちょっとでも親父の本心に触れられたのか? わかんねぇ。
わかんねぇんだ。そう、オレはヒョロ青髪野郎とは違ってパワーバカだったはずだ。バカは前以外向けねぇはずだ!
「やってやる! ちくしょおぉぉぉ!!」
だから、叫んだ。




