#108 彼の名は、ツトム
「あの門をくぐったら、サンライト王国ってことですか?」
「そうだ」
門まであと百メートルってとこか。本来なら入れる人は『国民証持ってる国民』もしくは『権力者の許可を貰った人』だっけ。
まさか俺が権力者なワケねぇし、どうなることやら。
「あ、マコトさん……僕、名前が思い出せそうです! 確か、ツ……『ツ』から始まります!」
……ツ?
「じゃあ……『吊り革』? 『ツンドラ』?」
「いや、たぶん全然違います……」
「冗談だよ、本気でそんなこと言うワケねぇだろ。ツってありがちなのは……『ツトム』とか……」
「それ、それです! ツトムです!」
なんだ、適当に言ったら当たっちまった。こいつの名前は『ツトム』か。仲良くしてぇなぁ。
「そうだ。さっき魔法とか言ってましたけど……マコトさんもそういうことできたりするんですか?」
「いや魔法はできん。だが、それに近いことはできなくもない」
百聞は一見にしかず。そんな言葉を思い出し、俺は剣を生み出してみた。至って普通のありがちな剣だ。
「えっ!? それは……」
「魔法じゃなくて、能力だ。日本からの転移者として女神様から貰ったんだが……お前は、女神様とか知らねぇか?」
「い、いや、知りません。貰った能力って、一つなんですか?」
……確かに能力はこれだけじゃねぇ。もう一つあるが、
「やけに的確な質問だな、ツトム」
「え?」
さっきから何かおかしい。見た目からしてもただの学生だろうに冷静すぎる。
ヒロは『女神』と確かに言ってた。タカオも日本でないことや能力名をわかってた、つまりあいつらは女神様からある程度説明を受けてるんだ。
だがツトムは違う。
突然この世界に来て、なぜか今までと違って女神様からの説明も無く、まず最初に『他の転移者』を気にするか? その後も王国のこととか聞かず『俺の能力』なんかに興味湧かせてる場合か?
――いや、そういう人間だっているだろう。しかし根拠はもう一つある。それは、
「さっきからお前に触れると……やけにイライラするんだが、お前何者だよ?」
「……イライラ? そうですか。まぁ仕方の無いことかも、しれませんね……」
「どうしてだよ」
悲しげに顔を伏せるツトム。直後に彼はゆっくりと顔を上げ、言う。
「僕だって同じ気持ちだからだ、マコト・エイロネイアー」
その瞬間、歯を剥いた凶悪な笑顔を浮かべたツトムは突然、両手から紫色の球体を生み出す。その色や、おどろおどろしい雰囲気……あれは、
「闇の魔法……!!」
ブラッドと戦った時もあちこちで見かけた紫色のオーラ、『闇属性の魔法』だ。あの球体から漂ってくるパワーは、ブラッドの時とは段違いだが。
――クソ。
ツトムの野郎、悪人面でもはや別人だ。
それに俺は『マコト・エイロネイアー』とは自己紹介してねぇ。『マコト』としか言ってない。なのに名字を知ってるってのはどういうことだ……!?
ただ一つわかるのは、ツトムは俺を騙したってこと。何にせよ魔法を使ってるんだから、異世界初心者だなんてあり得ねぇ。
「よく気づいたね、僕があんたや、あんたのお仲間達にとって敵であることに……」
「敵!? いやそこまではわかってねぇよ! 質問に答えろ、お前はいったい何者なんだ!? さっきまでのは全部演技だってのか!?」
「フフ、フフフ……」
俺の焦りようがそんなに面白いのか嘲笑するツトムだが、少し呼吸を整えたあいつは、
「その通り。記憶喪失の演技はなかなか面白かったよ。有用な情報を提供してくれて感謝する、マコト・エイロネイアー」
確かに色々と喋っちまった……こいつが敵なら、マズいな。触るたびイライラしたのを気のせいだと処理してたからな。
――待てよ? 敵ってなんだ? 俺や仲間にとっての敵って、何者だよ? ただのサイコパスにも見えねぇし、あの膨大な闇の魔力は、いったい……
「フフフ、まぁ混乱はしているだろうな。僕の正体が何なのか」
全然わからない。俺がイライラした理由も、こいつが俺達の敵だってのも……点と点が繋がらない。
が、ツトムの放った次の言葉で、俺にとっては全てが繋がった。
「僕の名は、ツトム・エンプティ。この世界に君臨する……いわゆる『魔王』さ!」




