#105 ルークの再出発
今回はルーク視点です。前回からそのまま繋がります。
「やめ―――――ごぉッ!」
僕の目の前でマコトさんはタカオさんの顔面を、白い煙のようなものを纏った右の拳で力強く殴りつける。僕なんかよりずっと痛めつけられた体をこれでもかと酷使して。
――僕は彼らの戦いを、生涯忘れることは無いだろう。
殴られたタカオさんは氷の足枷が壊れるくらいの勢いで吹っ飛ばされていって気絶、力を使い果たしたマコトさんもその場にゆっくりと倒れた。
そうだ、見惚れてる場合じゃない。
「診療所へ、マコトさんを診療所へ連れて行かないと。いやその前にタカオさんを」
「……ルー……ク……あいつ、あいつを氷漬けに……て、牢屋に……」
全身黒焦げのマコトさんが僕の足元まで這ってきて、最後に伝えることがそれ、ですか。
「――いつも自信無さそうですが、あなたのどこが弱いんですか? まるで本物の英雄と喋ってるようですよ」
自分の生存本能よりもタカオさんの処分を優先するなんて。
「了解しました。あなたを信じます。僕も疲弊してはいますが、魔力が尽きるまでやれるだけのことをします!」
少し時間を掛けてしまったが、僕はタカオさんの全身をすっぽりと凍らせた。これならきっと死にはしない。
仮死状態に近い状態になるんだと思う。マコトさんもそれが狙いなんだろう、彼は実は優しいのだから。
そこへ、
「どうなった!? 二人とも無事か!?」
ウェンディさんが騎士に肩を貸してもらいつつ戻ってきた。幸いなことに、彼女は仲間の騎士達を連れて来てくれたみたいだ。
▽ ▽
「マコトは素人目から見ても、死んでしまってもおかしくない外傷の具合だったが……奇跡的だな。他の騎士を連れていなかったら大変だった」
ウェンディさんの部下の騎士達が、瀕死のマコトさんを診療所へ運んでいった。
僕とウェンディさんもそれなりに傷は負ったけど、運んでもらう程ではない。だから今はこうして現場の近くで事件の整理をしている。
「本当、その通りですよ。ところで果物屋の店主の男性はどうなりました?」
「タカオとやらに投げられた際、住宅の壁に強く頭を打ったらしく……即死、ということだ」
僕と同じく壁を背もたれにしたウェンディさんは、言い辛そうに話す。僕は目を閉じて一度頷いたけど、あえてその事について言及はしなかった。
「ウェンディさん。他にもまだ、あるのでは?」
タカオさんの残虐性は異常を極める。彼ほど暴力的なのにどこまでも空っぽな悪党は、僕でも初めて見る。
犠牲者は果物屋さんだけには留まらないはずだ。
「……さすが『天才魔術師』は何でもお見通しなのだな。どうせ後でわかったと思わなくもないが――路地裏に二十人にものぼる、ならず者の死体が転がっていたそうだ」
「やっぱり」
不良とはいえ、国民だし人間だ。そんなことができるタカオさんがマコトさんと同郷とは信じられない。
「そうだ、話は聞いたぞルーク氏。助かった。タカオの動きを封じてくれたのだろう?」
「あれが戦闘中にもできたら良かったんですが、どうにも集中力と根気が必要なもので」
そう、凍ったタカオさんもウェンディさんの部下達が地下牢へと運んでいた。
「魔法を使えない身としては解せぬのだが、あの氷を永遠に維持する、というのは不可能なのか?」
「はい、少なくとも僕では三日と保たないでしょう。『魔力量』には限度がありますので。マゼンタ団長ならばもう少し長く維持できるかもしれませんが、やはり永遠とはいきません」
「ならばタカオは始末しなければ――」
「ですが、それは『何もしなかった場合』のお話です。毎日誰かから少しずつでも魔力を貰えれば、実質永久的に維持できます。まぁ僕や魔力をくれる人の負担は考えないものとしますが、ね」
できなくもないが、あまり現実的な話ではない。ウェンディさんもきっとそう思っていることだろう。
マコトさんが願ったことだから、タカオさんを死なせるようなことはしたくないものだけど。
「あっ! ルーク様、ウェンディ様ぁ!」
そこへ現れたのはミーナさん。意図した以上に難しい空気になってしまった場を変えるにはうってつけの流れだな、と思った僕です。
「ミーナ氏! ……その、お互い無事で良かったものだな」
「ええ、本当にそうです。でもウェンディ様、『ミーナ』と呼び捨てでいいですよ」
この二人、きっと今まで接点なんか無かっただろうに。タカオさんによって生まれた不思議な縁だ。
「ダメだダメだ! どんな形であれ貴様には命を救ってもらったのだから、敬うことしかできない! 騎士としてではなく一人の人間として敬わなければならないのだ、ミーナ!」
「ん、あれ? 最後のは呼び捨てってことでいいんですか?」
「あ! ち、ちが、今のは違うぞ!? ……とにもかくにも、感謝している。弱者が中途半端に騎士道を振りかざすとどうなるか、よく思い知ったよ」
僕が助けに行く前にどうやら二人の間には何かあったようだ。問うのも、想像するのも無粋だろうけど。
「俯かないでくださいウェンディ様。困った時は、助け合いましょうよ。気にする必要はありませんよ?」
言われたウェンディさんは即座に背を向け、
「……ッ!! あぁ〜、そ、そうだった、体が痛いんだった。何故だか目頭も熱くなってきたし、診療所へ行こう。ま、またなミーナ、ルーク氏!」
「道中、お気をつけて。ウェンディさん」
目を擦りながら診療所の方向へ一人で歩いて向かった。
――うーん。ウェンディさんは、どことなくマコトさんに似ている気がする。どうして僕はそう思ったんだろう。
▽ ▽
さすがに今日は疲れた。体中痛いし、マコトさんウェンディさんと同じく僕も入院は免れないだろうな。
「うわぁ、入院だなんて。何年振りだろう……」
「ルーク様。お体、辛いですよね? 私も診療所まで補助を」
「……いいですよ。ミーナさんだって大変だったでしょう、帰って休んでください」
当たり前だ。
「歩くくらい、自分でしなければならないんですから。僕は『魔術師団の二番手』という肩書きを汚しました。それすなわち『魔術師団』という名前にも泥を塗ったということです……!」
当たり前だ。僕は歯を食いしばった。
▽ ▽
身なし子としてマゼンタ団長に拾われた幼い僕は彼女の元、無我夢中で特訓させてもらった。
頑張れたのは他でもなく団長のおかげだ。
―――
「迷う必要は無いわ。前だけ向いていなさい。『自分は他に無いものを持っている』と、そう信じればいいの♡」
―――
申し訳ないけど現在の脳筋赤髪くんのように『強さ』に迷っていた僕は、あの言葉で救われた。
何事にも全力で取り組めるようになり、自分の信じるものを貫けるようになった。迷わなくなった。悩まなくなった。
でも、今回ばかりは――
「ルーク様」
▽ ▽
話を終わらせるため、わざとミーナさんに背を向けた。本当に一人で診療所まで行くつもりだった。
なのに、彼女は僕の袖を掴んでいた。
「ルーク様、責任を感じておいでですか?」
「……もちろんです。団長にも、国民の皆さんにも、あなたにも。示しがつかない結果となってしまいました。僕はこのままではいけません。もっと、もっと強くならないと――」
「失礼かもですが、ルーク様は、今まで通りの方がいいと思います、私」
「え?」
何を、ミーナさんが何を言っているのかわからない。僕には珍しく言葉の意味が全く理解できない。
彼女の方を振り向いたはいいけど、次に何を話したらいいのかも、何も――
「ルーク様を知っているほとんどの方はこう言われるかと思います、『彼は頭がいい』『天才だ』と」
心当たりがある。そういえばさっきウェンディさんが似たようなことを言っていたか?
「でも、私は知ってるんです。ルーク様は決して『天才』なんかじゃないって。あなたは『努力家』なんだって」
どういう意味だろう。読めない、彼女の考えが――
「いつも一人で特訓されていますよね。なるべく人目につかないような場所で。私、何度も見てるんですよ」
確かにそうしてる。どうしてかわからないが、努力しているところを人に見せる気にはならないんだ。
マコトさんやプラムには何度か汗を流した姿を見せたかもしれないけど、マコトさんは言いふらすような人じゃないし、プラムは気づかない。
「特訓されてる時のルーク様の表情、私、大好きなんです――ただ前向きに『成長』を追い求めてるあの表情が……」
ミーナさんはわずかに空を仰ぎ、頬を赤らめている。僕は、そんな表情を? それがどうしたんだろう。
「でも今のルーク様は、何かに取り憑かれているみたい……怖い顔をしていますよ? そんな顔で特訓をしたら、きっと……辛くなります」
「えっ、そんな……僕は今、そんな顔を?」
「はい。だから、その……いつも通りに。爽やかで、まっすぐで、どこか楽しげで。そんな表情で、そんな気持ちで特訓した方が絶対にいいことが起きますよ!」
両手を、満面の笑顔の前で握りしめるミーナさん。だけど突然驚いたような顔をして、とにかく早口で、
「あっ……す、すみませんっ! ルーク様にとっては数多といる使用人の一人に過ぎないこの私がこんなにもルーク様の生活に心に首を突っ込んだり介入してしまったりしてお恥ずかしい限りですし出しゃばりすぎでございます! あと言い忘れてたんですけど先程は助けてくれてありが――」
「ミーナさん」
「は、はひっ!?」
もう顔が火の魔法でもくらったみたいに赤いミーナさんを、僕はまっすぐ見つめる。感謝の眼差しで。
「ありがとうございます。あなたの言う通りです、自分を見失うところでした」
「ふあっ……そそ、そんな……こと……」
柄にもなく、不安がるミーナさんの頭を撫でてみながらそう言った。僕は誰かに救われてばかりだな。
「これからも、いつも通りの僕で生きます。いつも通りに強くなります。ま、とりあえず治療が終わってからですけど」
余裕そうに振る舞ってたけど、体はずっと痛い。ミーナさんにはもう隠さなくていいと思った。
「あ、ああっ! そうでしたね、診療所へ行きませんとでしたね! えと、一緒に……行きます?」
「そうしてもらってもいいですか? 道中、暇ですから」
「もちろんです! や、やった……!」
困った時は助け合おう、か。簡単に見えて難しい。でも一番大切なことですよね。




