#100 ヒロとマコト
プラムとアーノルドがそれぞれの生活に戻った後、とにかく俺は眠った。早く回復させたいからな。
翌朝、目覚めた直後に腹にガーゼみたいなのしたまま退院していいと言われた。看護師達によると、俺はものすごいイビキをかいていて、他の患者の迷惑になりまくりだったと言う。失敬。
ま、その分早く治って出て行くんだから許してくれ。まだ腹に少しの痛みはあるが。
ちなみにジャイロは近々退院、レオンはもしかすると一週間は退院できないかもって話だ。
診療所を出るとすぐに街を巡回する騎士を見つけ、
「なぁそこの騎士さんよ。地下牢ってのはどこにある? 面会したいヤツがいるんだ」
「騎士団の領地の近くに入口があるが……基本的に面会は許していない。とにかくまずは国民証を出してもらおう」
「ほい」
「……えっ!? あんたが『変わり者』で有名なマコト・エイロネイアーか!?」
モブ騎士に国民証を渡したら、この反応。一時期は『英雄』なんて呼ばれてたのに今はこれかよ。
「そうだよ変わり者だ。だがこれも知ってるか? レオンでもジャイロでもエバーグリーンでも、みんな俺の知り合いだぞ。いいのか? あんたのこと報告しちまっても――」
「もちろん知っております! す、すぐに入れます! すぐ案内するから勘弁してください!」
いや本気で報告するつもりは断じて無いが、俺がその辺の人達と交流があるのも割と知れ渡ってんだな。余計な手間が省けたよ。
▽▼▼▽
騎士に案内された場所は薄暗くて目立ちにくい所だった。地面に両開きの扉があって、それを開けるとすぐに階段が現れる。
階段を降りると、ちょっと湿っててカビとか埃の臭いがする廊下に出る。
その廊下に、ずらりと牢屋が並んでるワケだな。ブチ込まれてる人間は檻の数に比べて少ない。
二番目の牢屋に目的の男がいた。
「よう、一昨日ぶりだな。ヒロ」
「……あ?」
そう。一昨日死闘を繰り広げたばかりの日本人少年、ヒロ・ペインだ。話が通じるかはわからんが、こいつについて気になる部分は多い。
「この前のことは喧嘩両成敗ってことにして、おじさんとちょっと話さねぇか?」
「……チッ」
「舌打ちだけとは気難しいな」
負けたってのに往生際の悪いヤツだぜ。思春期真っ盛りなんだろうかな。俺にもこんな時期があったのかぁ〜……
「……自分から話すのは嫌いだ。質問に答えるだけならしてやる」
こりゃ、正直驚いた……往生際が悪いとは表現したものの、急に従順になられると気味悪ぃな。
「もちろんそうする。まず……ナ、ナイフはどうした? まさかまだ隠し持って、ねぇよな?」
「……チッ、二本で全部だ。NPCに没収された」
懲りねぇなこいつ、まだNPCって呼んでんのかよ。
モブとか呼んでる俺も俺だが、俺はフザけて言ってる節がある。だがヒロの場合は冗談じゃ済まねぇんだよな。
「じゃあ、次だ。お前はどうやってこの世界に来たんだ? 俺は女神様が転移させたって話だったんだが」
「……俺も女神だよ」
やっぱり女神様による転移か。能力も例の『能力ガチャ』で決定だが、
「お前も貰った能力は二つか?」
「……聞いた限りはな」
なんとなく、今のこいつは信用していい気がする。いじめとかの話も全部カミングアウトしてからのあの敗北だからな。プライドもバッキバキに折れて、嘘もつけねぇだろう。
「あ、そうだ。いじめとか……日本での話をしてたがお前、記憶は失ってねぇのか? 自分の生活とか性格についての記憶を」
「……は? 全部覚えてる、当たり前だろ。名前は増田 啓で、都内の無名な高校に通ってた。家も東京で、両親と俺の三人暮らしだった」
「うわ、めちゃくちゃ普通に覚えてるな。俺マコトって女神様に名付けられただけで本名すら知らねぇんだよ」
「……どうでもいい」
最終的には俺への扱いが酷すぎるって話になってきちまうな。女神様ってばどういうつもりなんだろう。
ん〜、これ以上ヒロに聞きたいことは無いか?
そうだ。もう一つあった。
「お前、聞いたか? 転移した目的――」
まだ質問の途中だが、その時だ。
「……!? なんだ、今大きく揺れたような気がしたぜ?」
「地震でもなさそうだな」
ヒロの言った通り地震じゃねぇな。揺れたのは一瞬だった。こんなに短い地震はたぶんあり得ねぇと思う。
ここは地下だ。もしかすると……地上で何かトラブルがあったのかもしれん。
揺れにも無関心なままでそっぽを向いてるヒロには何も言わず、俺はとりあえず地上へ飛び出した。そこには最初に案内してくれた騎士が立っていた。
「あ、ずっとここで待ってたのか。すまんな」
「いや一応ここ地下牢だし……鍵とかありますし……」
「そうか、そりゃそうだな。ところでよ、今の音何だ? 知ってっか?」
「わかりませんな。向こうが騒がしい気がしますが……」
「わかったありがとう! 外扉の鍵よろしく!」
心がモヤモヤしてしょうがない。嫌な予感がするんだ。騎士の言った方向に走ると、逃げ惑う大量の住民達とすれ違う。
何が起きてるってんだ。
――そして、走り続けた俺の目に映ったものは、
「嘘だろ、ルーク……?」
背中から何本も緑色のタコの足みてぇなのを生やした男と、そのタコ足に捕まって地面に叩きつけられてるルークだった。




