価値相続
楓は就活に追われていた。数社からは既にいわゆる「お祈り」メールを貰っていた。内定を得る友達が出てくる中、楓は焦りを感じていた。
「もうっ」
楓は履歴書を書いているペンを握りしめた。
〈価値相続値:四〇〉
履歴書の項目にはそう書いてある。これは各人の一族の先祖全員の歴史における活躍度を合計した数値だ。少し前、国会で価値相続法が可決され、先祖の働きが人物評価において重視され始めた。先祖がすばらしい功績を上げていれば、子孫である就活生も有能だと考えられたのだ。
楓の親友に「徳川翼」という子がいたが、就活が始まって直ぐに内定を貰っていた。その子の先祖には江戸幕府の将軍や大名が多く、価値相続値は五〇〇を超えていたからだ。楓は途方もない労力と費用をかけて先祖を調べたが、見つかるのは普通の百姓ばかり。少しでも価値があればと鑑定してもらった商人の先祖も似たり寄ったりだったのだ。
またか……。楓はうんざりしてメールボックスに届いた「お祈り」を読んだ。〈価値相続値〉のせいだ。それにしても、なんで私の先祖はずっとこんなにも平凡なのだろうか。楓は頭を抱えた。
「あなたの〈価値相続値〉はわが社に入社していただくのにふさわしいものである、との調査結果をここに報告いたします。」
楓は二通目を読んで、気絶しかけた。なんということだろう。まさか、〈価値相続値〉のおかげで内定をもらえるなんて。でも、私、この会社、応募したっけ……。ま、いいや。嬉しくなり、楓は涙をこらえながら、その会社に電話をした。
「本当に、私なんかで良いんですか?」
「もちろんですとも。スパイ業界最大手である弊社が求めていた理想的な人材です」
「でも、私、応募した覚えがないんですけど……」
「大丈夫です。あなたの〈価値相続値〉はあまりにも低い。我々が秘密裏に調査を行った結果、あなたのご先祖様は皆、優秀な忍びだったことが判明いたしました。もちろん、忍びがその身分を明かすことはないため、戸籍には極めて平凡に記したのでしょう。そこで、あなたにも忍びの素質があると判断した次第でございます」
「じゃ、じゃあ、私はこれからそちらで忍者として働けるんですか?」
「その通りです。それでは、来月の○○日に開かれる入社説明会でお待ちしております」
電話を切った楓は、髪留めに仕込まれた通信機に声を吹き込んだ。
「もう少しでターゲット組織に潜入できそう。二重スパイとして、次の指示を待つわ」
毅然とした楓は「就活生」という仮面を脱ぎ捨てた。
(了)