コートの似合わない男
僕が会長を務めている文藝同好会の活動でのことだった。「いつまでも代り映えのしない執筆方法を続けていても仕方がない。たまには変わったこともしてみようじゃないか」という話になった。
「あの、誰かが作品の題名を考えて、ほかの誰かがその題名に従って物語を書いてみるのはどうでしょう?」
「なるほど、面白そう」
「だったら、会員全員が何か一つずつ題名を考えて、それをくじ引きみたいにして、当たった題名で物語を書くっていうのはどうだろう?」
「グッドアイデア!」
とんとん拍子に話がまとまり、くじ引きを行うことになった。
かくして、僕は「コートの似合わない男」のくじを引いたのである。はたして作品の出来栄えはいかに!?
ある若い男はコートを身に着けるのを好まなかった。コートがなければ女がみるみる寄ってくるからだ。
ある春の日、男はバーで黒髪の美女に出くわした。
「ねえ、あなた、ひょっとして、投資に詳しくない?」
偶然にも、男は一時期株で生計を立てていた。女は会社を首になり、転職にも失敗したので、株でやっていこうとしているらしい。そのまま、男は女にトレーダーとしての指南をすることになった。男は熱心に教え、女も積極的に投資していった。そうするうち、二人は臨時の株主総会に参加することになった。それなりの大金をつぎ込んで投資していた会社が倒産寸前だという。季節は冬になっていた。
「あのさ、あんたって、意外とイケてないわね。顔もいいし、イケてると思ってたのに」
男は反射的に自らのコートを見た。前と同じだ。男がコートを着たとたん、女の態度は冷たくなる。そして、立ち寄った公園で、男はあっさりと別れを告げられた。
男はアパートを借り、一人暮らしを再開した。前年と同じく、一人で正月を迎える。
いつの間にか桜前線の北上が報じられ、暖かい風が吹く季節になった。男はパーカーを着て外へ出た。すると、テレビの街頭インタビューに捕まった。
「花見には行きましたか?」
男が首を横に振ると、ディレクターらしき中年男が残念そうに俯いた。突然、インタビュアーの女の子が名刺を差し出す。
「良かったら、花見、一緒に行きませんか?」
それがきっかけとなって、デートを重ね、夏にはすっかり恋人同士になっていた。二人でハワイへ行き、ダイビングやサーフィンを満喫した。とんとん拍子に婚約までこぎつけ、婚約指輪を渡すため、男はデートに誘った。男が待ち合わせの駅の改札を出たとき、彼女はまだ来ていなかった。少し待つと、電車から降りた彼女が走り寄ってきた。予約していたレストランに入り、ランチを食べる。デザートが運ばれてきて、男が指輪を取り出すと、彼女が切り出した。
「あのね、あなたのこと、あんまり好きじゃないみたい」
そう言うと、男が脱いだコートを指さした。そうして、男はまたも振られてしまったのだ。外では悲しげに雪が舞っていた。
何度目かわからない、男はアパートに帰り、一人で嘆いた。コートさえなければいくらでも女は振り向くのに、コートを着た自分を見ると、女の心は離れてしまう。コートをとっかえひっかえしたが無駄だった。
男は知らなかった。男の汗が惚れ薬になっていることを。男がかつて処方された薬の副作用によるものだった。それがコートを着ると遮断されてしまうのだ。
さて、振られた男はその後、自分探しの旅に出かけた。そして、北欧の国で、コートを着たままの男を好きになった優しい女と出会い、幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし。
(了)