銭湯
リリリ、リリリ。無線機が鳴っている。急いで通話ボタンを押す。
「はい、こちら銭湯Space-Bathでございます。」
「宇宙共通時で今日の夜八時に予約したい。エリダヌス座エプシロン開拓事務所まで頼んだよ。」
「かしこまりました。何名様でしょうか。」
「一五人だよ。ついでにロボット洗浄機も付けてほしいな。」
「それでは、夜八時に大型浴槽と機械洗浄機をお届け致します。使用時間は二時間きっかりでございます。十時になりますと、自動帰還プログラムにより蓋が閉められ、地球に向けて発射しますのでご注意ください。代金は浴槽に付属する読み取り機にカードを通してください。自動で引き落とされます。ご利用ありがとうございます。」
人類が宇宙を開拓し始めてもう直ぐ二五年。やっと私の宇宙銭湯システムも軌道に乗ってきた。一五〇年ほど前は月へ行くのが精いっぱいだったと聞いたことがあるけれど、今では一光年に五分もかからない。今日もこうして各星へ浴槽を送っている。
それにしても、さっきの男性客は嬉しそうだった。金の鉱脈でも見つけたのだろうか。そういえば、一獲千金を目論んで地球を旅立った親友はどうしているだろうか。
そんなことを考えているうちに、時刻は七時を回った。そろそろ浴槽と洗浄機を送ったほうがいいわね。向こうに到着する時間を計算して機械が湯を温めるから、私は、入水のスイッチを入れるだけでいい。便利なものね。目的地をエリダヌス座エプシロン開拓事務所にセットし、オプションに洗浄機を選択する。もう直ぐ発射する頃よ。水を入れるポンプの勢いが落ちてきたもの。蓋が閉まり、加熱器が動き始めた。たくさんの浴槽が並べられた倉庫の扉を開けてやると、浴槽と選択したオプションが猛スピードで飛び出し、ドッキングした。
これで今日の予約は最後だった。私は仮眠をしようと安っぽいベッドに横になった。今から家に帰るのは面倒臭い、今夜は事務所に泊まろう。そう決めた。二時間後に目覚ましを設定した。毛布を肩まで引き寄せたものの、いつもは直ぐに眠気が来るのに、今夜は少しも眠くならない。仕方ないわね。ホットミルクでも淹れようかしら。そう思った矢先、眠れない理由が分かった。さっきの男性客は
「ついでにロボット洗浄機を付けてほしい。」
って言ってた。私の事務所はロボットの洗浄まではやってない。副業が繁盛しすぎて、すんでのところで本業を忘れるところだった。そうよ、ロボット洗浄機、これって合言葉だわ。やっぱり、この人は何かの鉱脈を見つけたのね。しかも、浴槽は大型ってことは、結構凄いのを見つけたわね。そうと分かったら早速支度しなきゃ。
浴槽との通信機の感度を上げ、久しぶりに見たプログラムを書き換える。日本にあるこの事務所は街から近すぎて危険だわ。アラスカの支所に送らなきゃ。アラスカの事務所にいるはずの同僚にメールする。
「ロボット洗浄機の修理をお願い。」
この合言葉を覚えているだろうか。私が忘れていたぐらいだから、同僚も忘れているかもしれない。ふと時計を見るとそろそろ浴槽が返ってくる時刻だった。
「着いたわよ。久しぶりね。やっと私に仕事が回ってきたみたいね。」
同僚から返信があった。どうやら覚えてくれていたようだ。
「直せそう?」
間髪入れず聞き返す。
「うん、何本かボルトが緩んでる。」
どうやらそれなりの利益がありそうだ。
私は嬉しくなって、ニヤつきながら想定外の報酬を何に使うか考えていた。高級ブランドのバッグかしら、それとも毛皮のコートなんてのもいいわね。やっぱり、この事務所を新しくしようかしら。
それが捕らぬ狸の皮算用だったとは。
「ピンポ~ン」
インターホンが鳴った。強面の男が立っている。こんな時間に、と憤り
「はい。銭湯のご予約であれば、電話にて受け付けております。」
と応える。ただただ鬱陶しい。
「宇宙警察地球拠点署の者だ。こちらとアラスカの二つの事務所に対して令状が出ている。返答がなければ強行突破に移る。扉を開けなさい。抵抗しても無駄だ。指示に従いなさい。こちらには武器を待った警官が複数いる。」
頭が真っ白になった。
「繰り返す。抵抗せずに扉を開けなさい。希少鉱物輸入法に則って逮捕する。」
とうとうばれたか。
今朝のニュースです。希少鉱物輸入に関する処置法、通称密輸禁止法に違反したとして銭湯Space-Bathの従業員二人が逮捕されました。全宇宙の開拓者を対象に湯の入った浴槽を届ける画期的なサービスとして人気を博していたこの銭湯ですが、その裏ではダイヤモンドなどの希少鉱物を違法に輸入する最大手の業者だったということが発覚しました。Space-Bathの違法輸入行為は今回逮捕された二人だけが携わっていたとみえ、警察は他の従業員及び社長は逮捕しない方針を示しています。警察は二人が使っていた無料メールアプリの管理会社から通報を受け逮捕に至ったということです。逮捕された二人のうち、アラスカ支所で鉱物の受け取り、販売を行っていた女性従業員は取り調べに対し以下のようにコメントしています。
「私達はダイヤモンドや金などの密輸を極秘裏に行ってきた。こちらから浴槽を送り、それに発見された鉱物を詰め込んで送り返してもらう。それを私達が地球で売りさばくの。勿論、私達には莫大な分け前が入ってくる。本当は、全ての希少鉱物は宇宙政府が管理しているから、こんなことをやらずに、見つけたら届け出なければいけない。でも、最初に雀の涙みたいな謝礼金を開拓者に払ったら、それから先は、全部政府が発掘事業を進めちゃう。だから、私達密輸業者が生まれたの。
最近はそんな密輸の依頼も少なくなってきて、ただの風呂屋に成り下がっちゃってたから、久しぶりに依頼が来て嬉しくなってたらこれよ。警察の取り締まりが厳しくなっているって噂はあったけど、まさかここまでとはね。とうとう業界でも大手のうちを嗅ぎ付けたのね。あっぱれ。
悪事は必ず露見するってまさにこのこと。とりあえず、今のところは捜査に協力するわ。その方が罪も軽いでしょ」
このようにあけっぴろげなコメントはお茶の間を賑わしそうです。
(了)