ステータス:緋色と杖選び
#08
俺は森を抜け、中庭に飛び出すと、館へは入らずに中庭の一画、花園へと入る。
花園の中ではローザが愛おしそうな目で花々に水を与えている。
「ローザ、買い物だ!街に出かけるぞ!!」
「アレックス様、森へ遊びに出かけたのでは?」
「遊びじゃない、鍛錬だ!・・・そんな事はどうでもいい。ほら、準備して!」
俺は土で顔を汚したローザにタオルを投げ渡し、ローザの支度を急かす。
文句を言いながら菜園用のエプロンを脱ぐローザを横目に咲き乱れるバラたちを眺める。
「ローザって名前だけあってやっぱりバラが好きなのか?」
俺がローザの育てているバラについて尋ねると、ローザは嬉しそうに顔をほころばせる。
「えへへ。やっぱり、わかります?」
「そりゃあ、見渡す限りバラだからな」
ローザが管理するようになってからというもの、花園を征服せんとする勢いでバラは数を増やしている。
ここが花園ではなくバラ園と呼ばれる日は間違いなくやってくるだろう。
「そうだ、アレックス様。新しいバラの苗を街で買ってもいいでしょうか?」
「まだ増えるのか・・・。とりあえず、馬車の用意をしてくるから、ローザも準備ができたら玄関に来てくれ」
俺はバラ園、もとい花園を出ると、馬房へと向かい、馭者の姿を探す。
うす暗い馬房の中には繋がれた馬が数頭いるだけで、人の気配はない。
「おーい、誰か馬を出せないか?」
人気のない馬房に一応声を掛けてみるが、馬のいななきが返って来るだけだった。
その時、俺の背後から穏やかな声が届いてくる。
「坊ちゃま。よろしければ、私が街まで送迎しましょう」
~
「街に着きましたよ、アレックス坊ちゃま」
ロマンスグレーの髪に黒の執事服を着た壮年の男性がそう言って馬車の戸を開ける。
彼の名はウィリアム。我が家の執事長で、俺の子守り役でもある。
180を超える長身、ピンと伸びた背筋に鍛えられた肉体。
渋い顔つきと穏やかな微笑は執事の理想像と言ってもいいだろう。
俺とローザはウィルの手を借りて馬車から降りる。
街外れの丘に住む俺たちにとっては街の活気は新鮮でワクワクするものだ。
「ありがとう、ウィル。君の手が空いていたのは幸運だったよ」
「どういたしまして、坊ちゃま。さて、鍛錬用の武器でしたら大通りのハボックの武器屋がよろしいかと」
ウィリアムの提案に俺は迷うことなく受け入れる。
「そこにしよう。ハボックの店まで案内してくれ」
ウィリアムは満足げに微笑むと、馬車を預け、大通りを進んでいく。
ウィルの大きな体が人混みを掻き分け進んでいく。
俺とローザはウィルからはぐれないように手をつないでその背中を必死で追っていく。
人混みに揉みしだかれながら、何とか俺たちは目的地に辿り着いたらしい。
「到着しました。ここがハボックの武器屋でございます」
ウィリアムはそう言って地下へと続く階段を下りていく。
「ハボックの店は地下にあるのか」
「少し薄暗くて不気味ですね・・・」
俺とローザは少し戸惑いながら、ウィリアムの後に続く。
重く閉ざされた扉を開け、ハボックの武器屋へと入る。
「これは・・・驚いた。凄い品数だ。全部試すとなると1日じゃ終わらないな」
俺は思わず息をのんで、その光景を目に焼き付ける。
「坊ちゃまに喜んでもらえたようで、私も嬉しいです」
ハボックの店内は想像以上に広く、店中にありとあらゆる武器が飾られていた。
中にはショーケースに入れられているにも関わらず厳重に鎖の巻かれた剣や、氷漬けにされ、触れることのできない杖。
その一方で部屋の片隅のワゴンに雑多にまとめられた刀剣の数々。
古ぼけた詠唱用の本など、性能も値段もピンキリの武器たちが置かれているらしい。
「せっかくだし、弓と杖以外も買っておくか・・・?」
俺が古今東西の武器に浮かれていると、隣に立つローザが不思議そうに俺の顔をのぞき込む。
「アレックス様は剣をお使いのはずでは?弓や杖の必要はないのではないですか?」
ウィリアムはローザの言葉に同調すると、壁に掛けられた盾を指さす。
「そうですな。ブルーブラッド家の男子は剣を使った戦いを常とします。杖や弓ではなく、ああいった盾の方がよろしいのでは?」
俺は言葉に詰まりながら財布を取り出す。
この状況は少し面倒だ。
首を傾げたままこちらを見つめるローザの手のひらに銀貨3枚を握らせる。
「あ~・・・。ローザ、バラの苗が欲しいと言っていたね。このお金でジャンジャン買ってきなさい」
「こんな大金、いいんですかっ?!」
ローザは手渡された大金に我が目を疑う。
銀貨3枚もあれば庶民は1か月暮らせるとか言っていたっけ。
自分で買い物をした経験があまりないので適当に渡したが失敗だったか?
「うむ。バラに囲まれる暮らしは素敵だからな。ウィル、彼女を花屋までエスコートしてあげて」
「私は保護者として坊ちゃまについております」
「ウィル、ボクはじっくり店内を見て回りたいんだ。それに、大金を持った少女を一人でうろつかせるわけにはいかない。彼女のこと、頼んだよ」
「・・・分かりました。私たちが買い物を終え、戻って来るまで、ハボックのお店から出ないと約束してください」
心配性のウィリアムに念入りに釘を刺され、俺は頷く。
俺は2人をハボックの店から半ば強引に追い出す。
扉の前まで2人の背中を押したところで、扉は向こう側から開かれる。
「うえっ・・・汚らしいお店ね。レナート、あなたお店選びのセンスがよろしくないんじゃなくって?」
そう言って侍従を連れた少女が入って来る。
俺とそう変わらない年頃の少女は店内を一瞥すると露骨に嫌そうな顔で悪態をつく。
「申し訳ありません、シャルルお嬢様」
侍従は悲しそうな顔を浮かべる。
ウィリアムはレナートと呼ばれた壮年の男性をじっと見つめると、思い出したように声をかける。
「レナート・・・もしや、レナート・ワンですか?」
レナートと呼ばれた男性は驚いたようにウィルを見つめ返すと、曇った表情が一転、満面の笑みに変わる。
「そういうあなたは、ウィリアムではないですかっ!ここで貴方に会えるとは・・・」
2人の執事はそう言って目線を落とし、各々の仕える小さな主人を見る。
レナートと呼ばれる執事はウィルよりも背丈が高く、スラっと伸びた長い手足、漆塗りの木製のステッキを手に持っている。
レナートは腰を落とし、俺と目線を合わせるとにこやかに挨拶をする。
「ということは、貴方様がアレックス様ですね。お初にお目にかかります、私はレナート。この方はシャルル・ス・・・」
「レナート。私、談笑しにここに来たわけじゃないの。それも、ブルーブラッド家の子とね」
少女は不愉快そうに腕を組みながら、レナートに問いかける。
彼女の琥珀色の眼は俺に対し敵意を秘めているのがまるわかりだ。
赤毛に琥珀色の眼、上等な衣服に従者を連れているところを見るに、彼女もまた上流階級の子らしい
レナートとウィリアムは少し残念そうに別れの言葉を口にする。
ローザとウィリアムはそのまま店を出ていく。
俺は店の前まで2人を見送ると、悠々と店内へと戻る。
俺が店内へと戻ると、ドワーフの老人がにこやかに駆け寄ってくる。
白髪交じりの赤毛をたんまりと蓄えた立派な髭に隠れて見え隠れするネームプレートにはハボックの文字が書かれている。
「ハボックの武器屋へようこそ!私が店主のハボックでさぁ!お探しの獲物はなんだい?」
「あ~、どれにしようか迷っているんだ。こんなに品揃えがいい店は初めてで」
ハボックは俺の言葉に顔をほころばせると、腕を組んで俺の体を観察する。
「ふぅむ・・・私の見立てでは坊ちゃんは賢そうだし、体も丈夫、手先も器用に見えますなぁ。普通の剣や杖ではなく、少し特殊な武器とかを試してみますかい?」
特殊な武器、その言葉に好奇心が刺激される。
「特殊な武器?どんなのか見せてもらえる?」
ハボックはお安い御用と胸を叩くと、俺を店の一画へと連れて行く。
しかし、目的の場所へと向かう途中で、先ほどの少女に呼び止められる。
「ねえ、ちょっと!あなた店員でしょう?」
「おっと!すいません、坊ちゃん、ちょいとばかしお待ち頂けますでしょうか」
「構わないよ。でも、ぼくのこと忘れないでね」
ハボックは勿論ですよと笑顔を見せると、少女の元へと小走りで向かう。
「ええ、そうですよ!どうかしましたか?」
少女の話を聞くために、ハボックは進む足を止める。
少女のいるエリアには、天井まで届く高い棚の中に細長い箱が所狭しに収納されている。
俺はハボックを待っている間、適当な箱を棚から取り出して中を覗いてみる。
箱の中には、丁寧に梱包された枝が一本収納されていた。
「杖か・・・これ全部に杖が入っているの?」
俺は話し込むハボックと少女から一歩引いたところで見ているレナートに尋ねる。
レナートはにっこり笑うと頷いて、懐から自らの杖を見せる。
「そうですよ。私の杖もこのお店で買ったものです。残念ながら私は杖に選ばれませんでしたがね」
レナートはそう言って少し寂し気に笑う。
「杖に選ばれない?杖を選ぶ、じゃなくて?」
「ウィリアムに聞いておりませんか?てっきり、ここに来たのは杖を選びに来たのかと・・・」
俺は首を横に振って違うという意思表示を送る。
「杖は所有者の魔力に惹かれるものです。そして杖は自身の力を最大限に活かしてくれるパートナーを常に探し求めています。もしも杖に選ばれることがあれば、その者は魔術の使い手としての才能を杖に認められたということです」
「杖に選ばれる・・・それ、おもしろそう!」
魔法の杖と、杖が持ち主を選ぶだって?!
ファンタジー感溢れる話に俺は目を輝かせる。
「私でよろしければ、儀式のやり方をお教えしましょうか?」
「お願いします、レナートさん!」
俺はステータスバーを出し、魔法使いへとジョブチェンジし、レナートに儀式のやり方を聞こうとする。
しかし、レナートが説明するよりも早く、少女が俺に文句を垂れる。
「ちょっと!私が先にやるんだから!!」
少女はそう言って背後から俺を突き飛ばす。
レナートが即座に突き飛ばされた俺を受け止める。
「大丈夫ですか、アレックス様?!シャルルお嬢様!人を突き飛ばしてはいけません!」
「ふんっ!私を差し置いて儀式を勝手に始めようとしたのが悪いのよ!」
ハボックは申し訳ないという表情でこちらを見ている。
どうやら、先ほどハボックを呼んだのは儀式に挑戦する旨を伝えるためだったらしい。
「アンタは私が杖に選ばれるところ指くわえて眺めてなさい」
少女の余りにも調子に乗った態度にムカついたが、儀式を実際に見れそうなので黙っておくことにした。
棚ばかりに目が行って気付かなかったが、シャルルの足元の床には古びた魔法陣が描かれている。
「フゥ・・・いくわよ。集中、集中・・・」
シャルルはそう言って瞼を閉じる。
彼女の足元からどこからともなく透明な水が沸き上がると、その体を包み込む。
「ほう、上質で純粋な魔力の塊。流石、スカーレット家の娘だ」
ハボックは心から感心しているようで、1人そう呟く。
大口を叩くだけあって、シャルルの魔力は大したものなのだろう。
レナートは何も言わず、ただじっと棚に置かれる無数の杖たちを険しい顔で見つめる。
シャルルの生み出した水のような魔力は彼女のつむじの先まで包み込む。
突如、一本の杖が勢いよく箱を突き破り、シャルルの眼前で止まる。
「おおっ!!お嬢様、おめでとうございます!!」
レナートは興奮のあまり大声で儀式が成功したことを自分の主人に報せる。
シャルルは目を開け、目の前に浮遊する杖を見つめると、さも当然の事のように杖を手に取り、俺を見つめる。
「スカーレットの名からすれば成功して当然よ。さあ、貴方の番よ。ブルーブラッドの力を見せてもらうわ」
シャルルはそう言うと憎たらしい顔で俺を先ほどまで自分が立っていた魔法陣の元へと押しやる。
「坊ちゃんも頑張って!」 「アレックス様ならできますよ」
レナートとハボックの声援を一身に受けながら、俺は目を閉じて意識を集中する。
大丈夫。俺は今、勇者一行の1人〝魔法使い〟なんだ。
魔力を体外に放出するイメージを頭で描くと、ハボックとレナートの感嘆の声が聞こえた。
魔力を出す事にはどうやら成功したらしい。
しかし、いくら待てども彼らはそれ以降は何も言わなかった。
俺は目を開けて目の前を確認する。
「杖は・・・・・・・・無い」
目の前の光景は目を閉じる前と変わっていなかった。
強いて言えばハボックとレナートが気まずそうな表情でこちらを見つめているくらいだろう。
シャルルは顔がにやけるのを抑えきれないらしく、俺に背中を向けたまま体を小さく震わせている。
「余り気を落とさないでください。杖に選ばれなくとも偉大な魔法使いになった者はおります」
俺を励ますと同時に、シャルルのもとから引き離そうとするハボックに、感謝しながら、俺は気を落としながらハボックに尋ねる。
「例えば誰?〝勇者一行の魔法使い〟は絶対に杖に選ばれた人でしょ?」
するとハボックは素っ頓狂な声をあげて俺に聞き返す。
「勇者一行の魔法使い様ですか?・・・いえ、彼は選ばれておりませんよ?」