89 これからのこと
「うむ、解った……この話はもう良かろう?」
アクシアは隣に座るカルマを見た。
「カルマよ。これからのことと言っておったが……クリスタの件は片が付いたのであろう? ならば、そろそろ他の場所に移動するのか?」
「……ああ、そう言えば話してなかったな? 実はまだ全部終わったという訳じゃないんだ。アクシアにも今の状況を説明しておくよ――」
今回の事件に一切関わっていないアクシアのために、カルマは獣人との戦闘からグランチェスタとのやり取りまで、その背景を含めて一通り説明した。
「グランチェスタが大人しくなると、今度は『猛き者の教会』の獣人たちが活発に動き出しそうだから――先手を打って鼻っ面を殴ってやろうって話になっているんだよ?」
また適当な感じでカルマは言うが――アクシアにはその意図が十分に伝わった。
「なるほどのう……ならば、獣人たちを殲滅するのか? カルマなら如何様にもできるであろう?」
そんな物騒な話を、まるで世間話でもするような気楽さで言う。
「いや、さすがにそこまでやると――何か馬鹿っぽいだろう?」
獣人が人間に復讐しようとするから殲滅する――そこまで人間に肩入れする気はないし、いちいち皆殺しになどしていたら、それこそ世界を滅ぼしてしまう。
「そうだ、魔王様! その話だけどよう……」
レジィはテーブルを叩いて立ち上がり――折れた手首の痛みに歯を食いしばり涙目になりながら、カルマの方に身を乗り出した。
「呑気に飯なんか食ってる場合じゃねえ! 俺が魔王様と同行できるのは明日までだろう? それまでに俺はあんたの役に立つって認めてさせなきゃならねえんだ! だから、さっさと『猛き者の教会』の奴らを皆殺しに行こうぜ!」
グイグイと来るレジィを尻目に、カルマとアクシアは目を見合わせて――意地が悪くニヤリと笑った。
「……ったく、何なんだよ? あんたたちは俺の話を聞く気がねえのか?」
馬鹿にされたと思ったレジィは不機嫌になる。
「いや、悪い。そういうつもりじゃなくて……だけどレジィ、そんなに焦るなよ? まだ一日以上あるんだから、時間は十分だろう?」
「全然十分じゃねえよ! なあ、魔王様……このまま放置されて、時間切れで放り出されるのは勘弁だからな?」
不満そうなレジィを、カルマは面白がるように笑う。
「ああ、それだけは絶対にしないから安心しろよ……そうだな? じゃあ、明日一日掛けて、おまえの実力ってやつを見てやるよ?」
適当な感じでそう応えたが――本当のことを言えば、レジィがアクシアに敗けを認めた時点で、この話は終わっているのだ。
レジィは馬鹿な奴だが、唯の馬鹿じゃない――少なくとも暫くの間同行することくらいは認めてやろうというのが、カルマとアクシアの共通認識だった。
『姐さん』などと気安く呼ばれてもアクシアが怒らないことが良い証拠なのだが――当のレジィは全く気づいていない。
だったら面白そうだから、レジィにはまだ黙っておいて、もう少しアピールするところを見てやろう――その同意が先ほどの『ニヤリ』だっだ。
「だったらよう……そいつを今すぐ始めてくれねえか?」
やはり何も気づいていないレジィは、焦っていた。
いや、焦るなと言う方が無理だろう。最初に決めた三日だって、この化物じみた二人に役に立つと認めさせるには余りにも短過ぎるのだ。
「そうは言ってもさ、そのための準備が必要なんだ。だから明日までは大人しく待ってろよ? それよりも――レジィ? 『猛き者の教会』の連中の行動範囲を、大雑把でいいから教えてくれよ?」
如何にも何か企んでいそうなカルマに、レジィは渋々従った。
テーブルの上に、皿に残っていたソースを使って、クロムウェル王国全域の略図を器用に描く。勿論、それほど精巧ではなかったが、レジィが説明に使うには十分だった。
「……てな感じでさ? 王国南東部の森林地帯が中心だけど、『猛き者の教会』の奴らは結構広い地域で活動しているんだぜ?」
無駄な脚色など一切せずに、簡潔にポイントを伝えるレジィの説明は的確で非常に解りやすいものだった。
カルマは密かに感心していたが――簡単に褒めたら付け合上がるからと、口には出さなかった。
「その中でもよ……特に過激な連中が、昨日魔王様と竜殺しが仕留めたギルニスとギラウみたいに集団で活動しているグループが、他に五つある。そいつらが今どこにいるか……俺には見当がついているんだぜ?」
どうだ、ここまで俺が詳しいとは思わなかっただろうとレジィは自慢げだった。
そのドヤ顔が少しウザかったが……一匹狼の反逆者だと思っていたレジィがかなりの情報を掴んでいることは興味深かった。
「獣人の中には、おまえの協力者も結構いるんだな?」
「ああ、獣人だって一枚岩って訳じゃねえ……人間への復讐しか頭にない『猛き者の教会』に反発してる連中だって多いんだぜ? 何しろ奴らは、人間に協力的な獣人まで『粛正』とか言って殺してやがるからな」
『猛き者の教会』は一部の獣人が作った血塗れのカルト集団であり、彼らの考えが獣人の総意と言う訳ではない。普通に人間の街で暮らしている獣人だって相当数いるのだ。
そういう者たちにとっては、人間よりもむしろ『猛き者の教会』の方が敵だった。
「まあ、俺に言わせりゃ……森に隠れ住んでいる連中も、『猛き者の教会』の頭の狂った奴らも同じで、過去にしがみ付いて根本的な問題を解決しない間抜けだけどな? 獣人が人間に負けた理由は、組織力と戦略の差だ。だから、本当に人間に勝ちたいなら、もっと頭を使って獣人全体を組織的に纏めるべきだろう?」
当の自分が殺し合いの中で生きることを選んでいるというのに――レジィは意外なほど冷静に状況を捉えていた。
「そこまで解っているなら――どうしておまえは『同族殺し』なんてやってるんだよ?」
カルマは揶揄うように笑う。
「そんなの、決まっているだろう……『同族殺し』は俺の手段だ。俺はこの世界で自分の思う通りに生きるために、あらゆる意味で強さを手に入れたいんだよ。『猛き者の教会』が気に喰わねえってのもあるが……奴らを殺すことで、俺の実力を他の奴らにも教えてやるのさ」
レジィは力で他者を捻じ伏せるような生き方をしたいのだ――勿論、個人の暴力で何でも解決できるなどと甘く考えているのではなく、力を背景にして裏側の世界の権力までも掴もうと考えていた。
「つまりは……今回『猛き者の教会』の連中を始末するって話も、おまえの目的のために俺たちを利用しようってことか?」
「正直に言えば、それもあるぜ……だけど、嘘は言っちゃいねえ。何なら、俺の全部を賭けたって良い。正教会の動きが鈍くなれば絶対に『猛き者の教会』の連中は、大々的に人間への復讐を始めるぜ」
単純な損得だけを考えれば、ここまで全部を話す必要はなかったが――レジィには解っていた。
力では決して勝てない相手に実力を認めさせるには、自分が単なる暴力馬鹿ではないと解らせる必要がある。それに、どうせ変に隠し立てしたところで見透かされるだろうから、結局全部話してしまう方が正解なのだ。
「そんな風に小賢しいことを考えておるなら――すぐ頭に血が上る馬鹿さ加減を、まずはどうにかせぬとな?」
鼻で笑うアクシアに、レジィは痛いところを突かれたと顔をしかめる。
「アクシア姐さん……俺も解っちゃいるんだけどな?」
「解っていても直せぬなら、同じことであろう? 貴様の言っていることは子供と同じだな」
傷口に塩を塗るような容赦のない台詞に、レジィは歯ぎしりしながら必死に耐える――それでも先ほどのようにキレて飛び掛からないのは、アクシアが特別な存在だと認めたからだ。




