84 カルマの八つ当たり
この世界に来てから初めて、カルマは怒りを覚えていた――
キースを馬鹿にしたグランチェスタのやり方に腹が立ったのだ。
「まあ、半分は八つ当たりだけどさ。おまえも自業自得なんだから文句は言うなよ?」
カルマはグランチェスタを見据えたまま苦く笑う。
「キースさん……こうなることは解っていたのに、グランチェスタの相手なんかさせてごめん。本当に悪かったよ」
「いや、カルマ君……私自身が望んだことだし、私の力が至らなかっただけだよ」
キースにそう言われても――納得などできなかった。
カルマは自分自身にも腹を立てていた。
何を言ったところで、グランチェスタが自分の罪を認めないことくらい予測できた筈だ。
なのにカルマは自分の仕事は終わったとばかりに、キースにグランチェスタとの交渉を投げてしまった――まったく詰めが甘いなと、カルマは自分を嘲笑う。
豹変したカルマの態度に、グランチェスタは明らかに怯えていたが――だから何だという感じで無視する。
「なあ、グランチェスタ? もう俺も手段を選ばないことにしたよ」
カルマがそう言うと彼らが囲むテーブルの上に、まるで空中に浮かぶ大型モニターのように映像が映し出された。
夜の闇の中に浮かび上がる教会。その前に人々が集まり、空から舞い降りる無数の光を見上げている――
それはまさに、オードレイが儀式魔法を発動させたときの映像だった。
映像は音声とともに、昨夜の出来事を再現した。
突然姿を現わしたクリスタが止めようとするが、光の天使と化したパウエルとオードレイが執拗に攻撃して、クリスタを追い詰める――
「これは……」
思わず声を上げたのはグランチェスタだった。
この世界にも映像を記録する魔法は存在するが、それは失われた魔法技術を用いた特殊な例であり、実際に目にした者などほとんどいなかった。
映像はさらに展開して、クリスタとパウエルの空中戦を映し出した。
クリスタは急加速で空に舞い上がり、フェイントで攻撃を躱すと、青く輝く剣でパウエルの胴体を真っ二つに切り裂いた。
そして勝利を収めたクリスタが地上に降りて来るが――ここで現実のクリスタは映像に違和感を覚える。
クリスタが戻ったとき、オードレイはカルマの金色の半球に飲み込まれていた筈だが――映像の中のオードレイは、不敵な笑みを浮かべて教会の前に立っていたのだ。
映像の中のオードレイが告げる。
「我ら『深淵なる正義の学派』は、枢機卿アベル・グランチェスタの命により、信徒たちの命を代償にして光の天使を召喚してきた――敬虔なる村人たちよ。おまえたちもグランチェスタ枢機卿のために、天使にその身を捧げるのだ!」
「馬鹿な……オードレイ! まさか、おまえは私を裏切ったのか!」
グランチェスタは何か違和感を感じながらも、床に蹲る現実のオードレイを憎悪を込めて睨み付けるが――
「残念ながら、オードレイは裏切っていない。今の映像は俺が細工したんだよ」
カルマは冷たい笑みを浮かべていた。
「だけど、重要なのは真実かどうかという点じゃない。この映像を見た奴がどう思うかだ――何なら、王都の中心街で試してやろうか?」
カルマの意図をグランチェスタは瞬時に理解した。こんな映像を見せられれば――大抵の人間はグランチェスタが全ての黒幕だと思うだろう。
そうなればグランチェスタが何と釈明しようと誰も信じない。
グランチェスタは大罪人の刻印を刻まれて、我が身を守ろうとする正教会の急進派からも糾弾されるだろう。
「ついでに言っておくけどさ? 今日、ここで俺たちが話している映像だって、同じように細工して見せることもできるから?
オストレア聖堂で信徒を生贄に捧げていることを自白するグランチェスタ枢機卿――オードレイが言うよりも本人の口から喋らせた方が、もっと効果的だろう?」
揶揄うように笑うカルマが――グランチェスタには悪魔に見えた。
「カミナギ殿……貴殿の言いたいことは十分に解った。それで……貴殿は私に何を望むのだ?」
隠し部屋に居る天使が憑依した司祭たちを呼び寄せれば形勢を変えることもできたが――今のグランチェスタには、カルマに抗う術はなかった。
「俺の要求は簡単なことだ――一つ目は、今もおまえの指示で動いている天使を召喚するための三つの実行部隊に、今すぐ活動を停止しろと『伝言』で伝えることだ」
催眠術式でグランチェスタから情報を引き出してから、真夜中の情報収集を行ったカルマは、三つの実行部隊の構成と現在位置まで把握していたが――グランチェスタにとっては、寝耳に水の話だった。
「何故、貴殿はそれを――」
「もう一つは――グランチェスタ、おまえは枢機卿の立場から引退して、今後一切天使の召喚に関わらないことだ」
「な、何だと……」
今度の要求は――余りにも過度な内容だった。
権力欲の強いグランチェスタにとって、自らの権力を手放すことなど絶対に受け入れられなかった。
天使の召喚についても然り――グランチェスタの権力を強めるためには、彼の手足となって働く強力な力を持つ天使は必要不可欠な存在だった。
「カミナギ殿……それは私に全てを失なえと言っているようなものだ。そんな要求を……この私が……」
「ああ。それだけの要求をするからには、俺だって無条件と言うつもりはないさ――グランチェスタ? おまえに俺に抗う機会をやるよ」
カルマは正面からグランチェスタを見据えた。
「今から俺が結界を解除するから……隠し部屋に居る三人の天使を使って、俺を殺せるか試してみろよ? 俺を殺したら――当然、俺の要求は無効になる。だけど俺が天使たちを仕留めたら、全ての要求を呑むと誓えよ?」
こんなこと要求しなくても――カルマは力づくで解決できたし、その方が簡単だった。
しかし――グランチェスタに自ら誓わせることは、それなりに意味があった。
「別に、隠し部屋にいる全員と戦っても俺は構わないけどさ――大量の死体を処分することになったら、困るのはおまえの方だろう?」
本音を言えばカルマも、隠し部屋にいる全員を皆殺しにするような真似はしたくなかった。
正教会の上層同士が引き起こした凄惨な惨殺事件――そんな話が広まれば、キースやクリスタも無事では済まないだろう。
「良いだろう……カミナギ殿。その条件を承諾しよう」
カルマの言うことを信用する気などないが――グランチェスタは狡賢く計算する。
約束が果たされなくても、今以上に状況が悪くなることはないのだ。
仮にカルマが本当に結界を解除したら――何を己惚れているかは知らないが、如何に強大な力を持とうと所詮は魔術士なのだ。三人の天使を同時に相手にして勝てる筈がない。
(ああ、やっぱり掛かったな……)
そんなグランチェスタの心理を、カルマは冷静に読み取っていた。
計算高いグランチェスタだからこそ――カルマが蒔いた餌に喰いつくと思っていたのだ。
(そうは言ってもさ? こういう奴らには絶対に勝てないと思うだけの力を見せつけておかないと――後々面倒なことになるからな)
勿論カルマも『力場』を解除しても司祭たちが襲い掛かって来なかったら、殺すつもりはなかった。
しかし――そんなことにならないことは解っている。
「それじゃあ、解除するから――」
カルマが『力場』を解除した瞬間――全ての隠し部屋の扉が激しい音を立てて開き、司祭と聖騎士たちが乱入してきた。
「……皆の者沈まれ! このアベル・グランチェスタの名に於いて命ずる!」
グランチェスタの言葉に、乱入してきた者たちは一斉に動きを止める。
グランチェスタも――カルマとの約束を優先した訳ではない。
三人の天使がいれば、魔術士に過ぎないカルマなど容易く処理できるが――得体の知れない力への保険として、とりあえず彼らを制したのだ。
「へえ……本当にこいつらを止めたんだ? まあ……正しい選択だととは思うけどね?」
カルマはしたり顔で――グランチェスタを嘲笑う。
「さあ――始めようか? 本当の恐怖って奴を教えてやるよ」
カルマの漆黒の瞳には――どこまでも冷徹な光が宿っていた。




