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78 もう一つの書簡


 今回転移した先は、吹き抜けのある大きな広間だった。


 豪華なシャンデリアが天井から吊るされており、大理石の床と壁に赤い絨毯と、如何にも貴族の屋敷という感じだ。


 そこは――エリオネスティ公爵が王都に所有する別宅の一つだった。

 現王の従弟に当たるエリオネスティ公爵は、一族の者や使用人を連れて王都に出向くことも多く、王都だけでも四つの邸宅を所有していた。


 そのうち一つは公爵専用で、本人と同行するとき以外は立ち入ることを許されないが、残り三つは公爵家の人間であれば自由に使うことができた。


 それでも、家を捨てたのも同然の自分が使うことにクリスタは抵抗を感じたが、二十人を超える人数の転移させる先として他に適当な場所を用意できなかったのだ。


(……何を今さらって感じよね? 私はエリオネスティ家としての立場も利用するって決めたじゃない!)


 とは言いつつも――今現在公爵が王都に来ては居ないことを知ったクリスタが、思わず安堵の息を漏らしたのも事実だった。


「へえ……結構広いじゃねえか? ここなら模擬戦くらいできそうだな!」


 精神統一の効果があったのか、単に図太いから馴れたのか、レジィは転移のショックなど感じさせない様子だった。


 初めて転移魔法を体験した修道士たちは――魔法に対するショック以上に、強大な魔法を連発するカルマへの恐怖に怯えていた。ある程度魔法の知識を持った人間の方が、カルマの異常さが良く解るのだ。


「とりあえず……全員連れて行く訳にもいかないだろう?」


 カルマはオードレイの襟首を掴んで引きずって来ると、残りの修道士たちを再び『力場』で閉じ込めた。今度は半透明ではなく白い光の壁だったから、中の様子を伺うことはできない。


「こいつも……このまま連れて行くと目立つからな?」


 カルマがそう言うと、オードレイの姿が一瞬で消失した――

 単に姿が見えなくなっただけではない。カルマが襟首を掴んでいた手をおもむろに放したにも関わらず、オードレイが床にぶつかる音はしなかった。


 不意打ちの魔法に気づいたレジィは思わず声を上げそうになったが――また驚いたら何を言われるか解らないと、懸命に声を殺す。


「……姫様! いらしていたんですね!」


 吹き抜けの上の方から声が響いたのは、丁度そのタイミングだった。


 螺旋階段をカツカツと音を立てて降りてきた壮年の男は、クリスタの前に立つと膝を突いて一礼する。


「姫様のご到着に気づかず、大変申し訳ございません!」


「カイケル、気にしないで! 無理を言って屋敷を使わせ貰ったのは私の方だから……それよりも、しばらく広間は使えないけれど、大丈夫?」


 広間を占拠する巨大な白い半球体に、カイケルは一瞬眉を顰めるが――


「いえ、問題ありません。この件は昨夜姫様より伺っておりましたので……それと他の公爵家の皆様が当屋敷を使用されるご予定も、当面ございません」


 エリオネスティ公爵家の邸宅の管理人カイケルの元を、昨夜のうちにクリスタはカルマと訪れて、今日のことを話しておいたのだ。


 カイケルは公爵家では数少ないクリスタの味方であり、屋敷を使うとことを二つ返事で承諾した――形式上は今もエリオネスティ家の第一公女であるクリスタには屋敷を使う権利があるが、他の管理人ならば先ずは公爵に伺いを立てただろう。


「もし、今回の件でカイケルに何か不利益が合ったら、絶対に私に言いなさいよ? たとえお父様でも……今の私が本気になれば対等に戦えるから」


 これは多少の誇張が含まれていたが――あながち嘘ではなかった。

 クリスタの政治力は貴族社会にも広がっており、エリオネスティ公爵といえど決して侮れるレベルではない。彼女の本気の要求を、公爵も無視することはできないだろう。


「はい、ありがとうございます……ですが、姫様のお手を煩わすほどのことはございません。何かありましても公爵殿下には、()()く説明いたしますので」


 カイケルが単に優しいだけはなく、強かな一面も持ち合わせていることを知っているクリスタは、それ以上何も言わなかった。


 カイケルは次にキースに、それから他の面々にも手短に挨拶を済ませる。


「それで、姫様? 相当な人数の方が屋敷に残られると伺っておりましたが――まさか、あの中ですか?」


 カイケルは不審げに、巨大な白い半球体を眺める。


「ええ。全員じゃないけどね……中の人のことは気にしなくて良いわ、彼らが外に出て来ることはないから。それよりも……ロウ殿、ガロウナ、こっちに来てくれる?」


「おいおい、アクロバットマンは『殿』で俺は呼び捨てかよ?」


 文句を言いながら、レジィはオスカーとともに進み出て来る。


「私たちが戻るまで、この屋敷から絶対に出ないで……ロウ殿には悪いけれど、ガロウナの監視をお願いするわ……良い、ガロウナ? これはカミナギの命令だからね?」


 視線を促すと、カルマは苦笑しながら頷いた。


「ガロウナも、何か必要なことがあったら、カイケルにお願いして」


「酒や食い物とか、そのくらいは自由にして良いんだよな?」


「勝手に漁るのは駄目よ。欲しい物があればカイケルに言いなさい!」


「……オッケー! じゃあ、早速だがなあ、おっさん! 肉と酒を持って来てくれよ!」


 レジィの相手をさせるのは申し訳ないとは思ったが――それでもカイケルなら無難にやってくれるだろうと信じて、クリスタは自分の目的に集中することにした。


「キースお爺様、カミナギ……早速だけど出発しましょうか? 大聖堂にも寄らなければいけないから」


 キースの名前で出した書簡に返事があれば、ビクトリア大聖堂に届いている筈だった。


「ああ、そうだな。でも、その前に……カイケルさん?」


 カルマは何食わぬ顔で言った。


「昨日の夜から今朝までに、この屋敷に書簡が届いてないか? 多分、宛名も差出人も書いてないと思うんだけど」


「ええ……確かに届いております!」


 レジィの注文を運ぶために広間を出て行こうとしていたカイケルが、驚いた顔で振り返る。


「確かに書簡には紋章すら付いておらず……しかも、使者は夜も明けぬうちにやって来て、名前も告げずに立ち去りました。あまりにも不審なので、どのように扱おうかと……」


 カイケルは懐に忍ばせていた筒のようなものを取り出して、クリスタに渡した。


 貴族たちが良く使用するタイプの書簡を入れるケースだったが、普通は紋章が刻まれている部分が削り落とされている。


「よし、当たりだな」


 したり顔のカルマに、クリスタは呆れたように目を細める。


「カミナギ……どういうことよ?」


「まあ、クリスタさん。開けてみれば解るから?」


 思わせぶりな台詞に少し腹が立ったが、クリスタは黙って従った。

 中には普通の羊皮紙が入っており、取り立てて目立つようなところは何もなかったが――


「え……」


 文面を見た瞬間、クリスタは思わず声を漏らした。

 そこには、グランチェスタのサインと枢機卿の職位を表す紋章が描かれており――


「本書簡を持参の上、本日中にオストレア聖堂に来られたし」


 書かれていたのは、それだけだった。



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