67 反撃のクリスタ
クリスタは自らが半ば無意識に放っている魔力を――意識的に変化させた。
カルマに言わせれば、この瞬間にクリスタの『魔力の色』が変わったのだが、その変化に気づく者は他になかった。
「……オードレイ!」
十字の柄をした細身の剣を片手に、クリスタは一気に距離を詰めようと加速する。
しかし、その前に上空の天使ヨハンが反応した。ヨハンが大きく羽をはためかせると、再び無数の光の刃が出現した。
「……!」
クリスタは後ろに跳ぶと同時に、前面に魔法防護壁を展開する。
次の瞬間ーーたった今クリスタがいた場所に集中して光の刃が降り注いだ。
形の上では間一髪で避けた格好になったが――クリスタは光の刃の動きを見極められた訳ではなかった。
光の刃は弾丸並みの速度があり、放たれてから避けたら間に合わないのだ、だから着弾点を予想し動いたのだが――クリスタの予想は外れた。
クリスタが防護壁を展開したのは、光の刃が村人たちに向けられる可能性を考えたからだ。二度目の攻撃にキースの『聖域』が何処まで持つのか心配で、自ら盾となる選択をした。
しかし、ヨハンはクリスタだけを狙った――そこに齟齬が生まれたのだ
(私に攻撃を集中してくれるのは有り難いけれど……次もそうだとは限らないし。今の攻撃は少し厄介ね?)
光の刃が降り注いだ地面は、一メートル以上も深く抉られていた。
空間を広く使うことができれば、速くても単調な攻撃を回避することは難しくなかったが。威力があることが解った以上、村人たちから離れて戦うという選択肢は完全に封じられた。
そんなクリスタの心理を――オードレイは眼鏡の奥で読み取っていた。
「なるほど……やはり、そういうことか?」
残忍な笑みを浮かべると、オードレイは光の塊を出現させる。さらに魔力を込めると――塊は先程の倍ほどの大きさになった。大きさに相応しい膨大はな魔力が、今にも塊から溢れ出そうとしていた。
「避けても構わないが……どうなるかは貴様にも解るだろう?」
「オードレイ……あなたって人は……」
クリスタは覚悟を決めた。自分の正面に多重に防護壁を展開させて、正面から受け止めようとする。
それを嘲笑うかのように、上空のヨハンが三度翼をはためかせて光の刃を出現させる。全ての刃が真っ直ぐクリスタに狙いを定めた――
「おまえらさ――さすがに良い加減にしろよ?」
その瞬間――金色の半球がオードレイを飲み込んだ。
同時に、さらに巨大な半球がキースの『聖域』ごと覆うよう展開して、村人全員をその中に囲い込んだ。
一瞬で全ての懸念が払拭されたクリスタは、大きく真横に跳んで光の刃を回避する――今度は狙い通りに回避することができた。
カイエの方に振り返ったクリスタは、ものすごく微妙な顔をしていた。
ここまでお膳立てされたら、自分の力で戦ったと言えるのか?
「まあ、あいつらも好き勝手にやってるんだし。ここまでならギリギリ許容範囲だろう? 戦うこと自体は全部、クリスタさんに任せるからさ?」
クリスタは真顔になって一瞬考え込んでから――満面の笑みを返した。
「そうね、カミナギ……ありがとう。これで目の前の相手に集中できるわ!」
空を見上げてヨハンに狙いを定めると、クリスタは『飛翔』と『加速』を重ね掛けして発動させた。急加速で空に舞い上がると、真下からヨハンを目掛けて垂直に飛ぶ。
ヨハンが狙い澄ましたように光の刃を放つが――自由に動くことを許されたクリスタにとっては、フェイントを仕掛けて回避するなど造作もないことだった。
クリスタが逆手に剣を持ちながら魔力を通すと――細身の剣の刃は青く輝く。
そのままクリスタは、ヨハンが次の攻撃に移る間を与えずに突進した。
「ヨハン・パウエル! 貴方の魂を解放してあげるわ!」
青い斬撃は天使の身体に触れると――その胴体を真っ二つに切り割いた。
クリスタには元々神聖魔法の才能があり、聖騎士となってからは、聖属性魔力を纏って戦うやり方を完ぺきに身に着けていた。
聖属性を帯びた魔力は、自身が信仰する神に仕える天使と戦うという異常事態でもなければ、あらゆる敵に効果がある攻守一体で万能に近い能力を発揮する。
だからと言ってクリスタは、聖属性の魔力に縛られている訳ではなく、相手が天使と解っていながら、何の準備しないで挑むほど愚かでもなかった。
にも関わらず、クリスタが聖属性の魔力で戦ったのは……一つだけ拘りがあったからだ。
クリスタは聖職者として、悪しき行いをする天使を裁こうとしているのだから――ヴァレリウス神は天使ではなく、自分たちの味方してくれる筈だ。
勿論、クリスタは甘い期待などを抱いていたのではなく、この状況で味方しないなら、神など見限ってやろうとすら思っていた。
結果として、予想通り神に裏切られた訳だが――クリスタはすっきりした気分だった。これで思う存分、天使たちと戦うことができると。
「カミナギ……貴方のお陰で、こっちは片付いたわよ!」
振り向いて地上を見下ろすが、カルマの姿はなかった。
二つの金色の半球を残したまま、どこを探しても見当たらない。
「ねえ、カミナギ? どうせ聞こえているんでしょう? オードレイのことも、そろそろ決着をつけないと……」
このとき、オードレイを飲み込んだ方の半球が突然消失した。
クリスタは反射的に身構えるがーー
「カミナギ……貴方、何をしてるのよ?」
オードレイの襟首を掴んで引きずっているカルマに気づいて、再び微妙な表情を浮かべる――
オードレイの精神は、完璧にへし折られていた。




