59 同族殺しとの再会
「さてと――最後の仕上げをするかな?」
カルマは残っている二つの半球体を消し去ると、獣人たちの方に向き直った。
「まだ戦うつもりなら、全員纏めて俺が相手になるよ? 壁は全部消したから今なら逃げるって選択肢もあるけど――どうする?」
カルマは頭上に、直径十メートルを超える巨大な火球を出現させた。
轟音を立てて渦巻く赤い焔と噴き出す熱風に獣人たちは後退り――
「……うわあああ!」
最初の一人が叫び声を上げると、後はあっという間だった。獣人たちは陣形は瓦解させて我先にと逃走する。
「意外と呆気ないよな。少しくらい抵抗すると思ったけど?」
拍子抜けした感じのカルマに、クリスタは呆れた顔をする。
「当然の反応でしょう? このタイミングでそんな物騒なモノを見せつけられたら、普通の感覚なら逃げるわよ――カミナギは幻術だって言い張るでしょうけど。どこまで本当なの? 私には現実の熱風が感じられるんだけど?」
「だからさ。五感の全てを錯覚させるのが幻術の醍醐味なんだって?」
カルマは何食わぬ顔で言うが、勿論幻術ではない。
五感に働き掛ける幻術を使うよりも、本物の火球を出現させる方がカルマにとっては簡単だった。しかし、クリスタは相当疑っているようだから、そろそろ本当に幻術を使うべきかとは思う。
獣人たちが上げる喧騒が遠ざかるのを確認して、もう必要がないかとカルマが火球を掻き消すと――
そのタイミングを見計らったかのように声が響いた。
「本当にさ……人間ってのは面白れぇよな? 俺たち獣人よりも脆弱なくせに、最後には勝っちまうんだから!」
二本の大剣を肩に担ぐような格好で、そいつは姿を現わした。獣人たちが逃げていった方向を横目に、馬鹿にするように笑う。
「『同族殺し』……」
オスカーの呟きによってクリスタも、それが話に聞いていた『同族殺し』だと理解したが――
銀色の艶やかな髪と体毛も琥珀の瞳も、オスカーの記憶の中のままだった。日に焼けた褐色の肌に、均整の取れて発達した体躯。鞣した黒い革鎧だけが、記憶とは異なっている――何一つ悪びれる様子もなく堂々と『同族殺し』は姿を晒した。
「……えーと。私は何か勘違いしてたみたいね?」
クリスタには少し困ったような顔をした。
「ああ、そうだよね……悪いな、クリスタさん。そういうことだって俺は解っていたんだけどさ。オスカー本人が一番自覚してないんだよね?」
カルマは吹き出しそうになるのを必死に堪えていた。
「……カルマ、どういうことだよ? 俺は何か間違ったことを言ったか?」
オスカー一人だけが状況を理解できずにいた――
本気で気づいていないんだよな? ホント、こういうところは残念な奴だなとカルマは思う。
「いや……多分、おまえは間違ってると思うけど?」
自分を無視して場違いな空気を漂わせるカルマたちに『同族殺し』は苛立った。
「おい! どういうつもりだよ? 良い度胸だな……俺を馬鹿にしているのか?」
『同族殺し』は凄みを効かせて言うが――クリスタには全く聞こえていなかった。
「あの……ロウ殿? その人が貴方が再戦を望んでいた宿敵なのは、間違いないのよね?」
今一つ自信がなさそうに問い掛けるクリスタを、オスカーは訝しそうに見る。
「ああ、勿論そうだ……悪いが、俺にはカルマが言いたいことも、エリオネスティ殿が戸惑っている理由も解らないぜ?」
そうはっきりと言われてクリスタも理解した――ロウ殿は結構できるって思っていたけど……確かに残念な人ね?
オスカーの説明には決定的に欠けていたモノがあるのだ――それはオスカーの評価の全てを覆すほどのものだった。
「てめえら……ホントに、いい加減にしろよ!」
『同族殺し』が二本の大剣を振り翳すと――圧倒的に豊かな双丘が、黒い革鎧の上からでも解るほど大きく揺れる。
客観的に見れば『同族殺し』は、健康的ナイスバディのケモ耳美女以外の何者でもなかった。
「『同族殺し』……俺のことを覚えているか?」
剣を握りしめたオスカーが前に進み出る。隻眼で食い入るように見つめるが――
「……あ゛ぁ? 何言ってるんだ、てめえは!」
すっかり不機嫌になった『同族殺し』は、オスカー個人など見ていなかった。今にも斬り掛かりそうな雰囲気を漂わせて、四人の動きを抜け目なく伺っている。
(――やっばり、こいつは唯の脳筋じゃないな?)
火球を消すまで待っていた点といい、獣人との戦闘に下手に乱入しなかった点といい。面白そうな奴だなとカルマは思った。
「まあ、そう言うなよ……こいつはおまえと再戦するために、ここまで出張ってきたんだからさ?」
揶揄うような視線を向けると――『同族殺し』は獰猛な笑みを返した。
「そんなの俺の知ったことかよ! 『竜殺し』もそうだが……俺が一番興味があるのはおまえだぜ? 『精霊憑き』を瞬殺したいおまえの実力を――俺にも見せてくれよ!」
『同族殺し』は挑発するように、剣の尖先をカルマに向けるが――
「――ところでさ? おまえの本当の名前は何て言うんだよ? 喧嘩を売るにしても、先に名乗ったらどうだ?」
挑発など軽く受け流して、カルマは何食わね顔で言う。
それが『おまえなど相手にならない』という太太しい態度に見えて――『同族殺し』は本気の殺意を抱く。
「ああ、良いぜ……俺はレジィ・ガロウナだ。これから、おまえを這いつくばらせる奴の名前だから――しっかり憶えろよ!」
レジィは大地を躍動して、カルマに襲い掛かった。




