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4 神凪カルマの敗北


 まるで他人事のような淡々とした口調だった。

 しかし、そこにあるのは驕りではなく、ましてや強がりでも自暴自棄でもない。全てを受け止めた者の静寂だと、赤竜は感じていた。


「……それでも、もう戦わないとか殺さないとか、全てを否定するつもりなんてない。兵器の俺にとっては自己否定をするようなものだし、戦いは争いを解決する手段の一つだって思うからさ――

 だけど、他に選択肢があるなら、俺はそっちを選ぶよ。殺してしまえばやり直しは効かないし、少なくとも俺にとって、戦いや殺しは目的じゃないからな――他の手段があるのに殺すことで解決するなんて、一番頭の悪いやり方だって俺は思うよ」


 これはカルマ個人の考え方であり、他人に意見を押し付けるとか、共感を求めようなどとは思わなかった。他者が何を思い、何を考えようと構わない――

 カルマは自分の思うように行動するだけで、他者を縛ろうなどとは考えなかった。だから俺がやろうとすることの邪魔だけはするなよと、漆黒の瞳が語る。


(……だから、我の命を救っただと?)


 赤竜は全身全霊を込めて問い掛けた。


(我が貴様を本気で殺すつもりだったことくらい、理解しておるだろう? ならば自らの身を守るという目的から、我を殺す方が道理に適っているのではないのか?)


 赤竜の問い掛けに、カルマは少し困った顔をする。


「おまえは気を悪くするだろうけどさ――はっきり言うよ。俺が自分を守るために、おまえを殺すことはあり得ない。おまえの力では、俺を殺すことは不可能だからな」


 淡々と事実だけを伝えるように告げられても、赤竜は不思議と腹が立たなかった。


(それでも……貴様は神に喧嘩を売るために、この地に来たのであろう? その目的の邪魔になると考えれば、我を殺した方が正解ではないのか?)


 自分で質問しながら赤竜には、既に答えが解っていた。

 カルマもそれに気づいて、意地の悪い奴だなと苦く笑う。


「そこの選択基準が――正直、あんまり認めたくないけどさ――おまえを殺したくないっていう俺の感情だよ。確かに、おまえが俺の目的を邪魔する可能性はある。だけど、そういったリスクと自分の気持ちを天秤に掛けて、俺は感情の方を選んだんだ」


 暫くの間、赤竜は正面からカルマを見据えていた。

 それから、不意に思い立ったかのように表情を変える。


(……なあ、神凪カルマ殿よ?)


 いきなり棘のない思念を向けられて、カルマは戸惑う。


「何だよ? いきなり『貴様』じゃなくなったのは、どういう心境の変化だ?」


 カルマに一撃を食らわせたことを知って、赤竜は豪快に笑う。


(そのような嫌味を言うな、非礼なのはお互い様であろう……いや、我の方が分が悪いな。後ほど誠心誠意を込めて詫びるから、その前にもう少しだけ話をさせてくれぬか?)


「まあ、良いけどさ……それで、アクシア・グランフォルン殿は、今さら俺に何を聞きたいんだ?」


 揶揄うような口調に苛立ちながら、赤竜は真剣な顔で続ける。


(神に喧嘩を売ると言うことは……つまり貴殿は、神に復讐したいのであろう? しかし……そもそも神を傷つける術など存在するのか?)


 竜族の王の一人である赤竜アクシア・グランフォルンには、神々の大いなる力を感じ取る能力があった。

 それでも……いや、たからこそ。神と戦うことが現実的ではないと考えるのだ。


 竜族の王とて、神の存在そのものを感知することはできない。何故ならば、神々は世界の器の外側から全てを支配しているのだから――神界に身を置く神と戦う術を、神自身以外が持ち合わることは不可能だ。


「神を殺す方法は実在するし、俺はその手段を持っているけど――そもそも前提条件が間違っているよ。別に俺は、神に復讐しようとか考えてないから」


 何を言っているんだと、カルマは事も無げに応えた。


「俺が居た世界だけで全てが完結していれば、世界が滅亡した時点で、俺は戦いを止めていたと思う。今さら神を殺したところで、何も戻ってこないからな。だけど――こっちの世界で奴らが新しい計略を始めたなら話は別だ。

 勿論、この世界に義理なんてないから、滅亡しようが知ったことじゃないが――俺の世界と同じように、奴らの好きにやらせるのは嫌なんだよ。だから今度こそ、全てが思い通りにはならないってことを、奴らに教えてやる」


 カルマは誤魔化すように軽い口調で言ったが――その根底にあるものを赤竜は理解していた。


(……神々の計略からこの世界を救うことが、神凪殿の本当の目的なのか?)


「おい、そんなことは一言も言っていないだろう? 俺は自分が気に入らないから、奴らの邪魔をしたいだけだ」


 結局、同じことではないかと赤竜は思ったが、カルマが嫌がっていることを察して、それ以上突っ込まなかった。それに今は、他に聞きたいことがある。


(……神の計略とは何だ? 神凪殿は何を知っておるのだ?)


「いや、具体的なことは何も知らないよ。この世界に来る前に解っていたことは、奴らの活動する場所が、こっち側に移ったことくらいかな?」


 惚けた調子で応えるカルマを、赤竜が睨む。


(……それだけで計略だと決めつけるのは、余りにも早計ではないか?)


 カルマは当然だなと頷く。


「だから餌を蒔いたんだよ。この世界に転移した俺を、あえて奴らに感知させることで反応を探ったんだ――その結果が大天使による問答無用の襲撃だ」


 個々が持つ魔力の色、波長のようなものを、神々は感知することができる。感知可能な範囲は正確には解らないが、少なくとも一つの世界であれば、何処にいようと位置まで特定できるのだ。


「大天使を現世に具現化する手段を、神々自身は持っていない。だから、こっちの世界の信徒に触媒と儀式魔法を使って召喚させる必要があるんだよ――信徒が自分から召喚するんじゃなくて、させるんだ。大天使の召喚術式を知っているのは神だけだからな。

 勿論、召喚自体も簡単なことじゃない。時間も魔力も触媒も相応に必要だ。つまりは、大天使なんて危険な存在を、信徒を大掛かりに使って召喚させるだけの目的が、既に存在してるってことだな」


(大天使の存在自体が、神々が計略を行っている証拠だと……)


 カルマの説明を聞いて、赤竜は暫し考え込む。大天使の召喚に関する知識など、さすがに赤竜も持ち合わせていない。だから、この件についてはカルマを信じるか、信じないかとと言うだけの話だ。


 しかし、カルマの説明を信じるとしても、根本的なもう一つの可能性が残ることになる……。


「まあ、そんなに悩むことじゃないと思うけど?」


 カルマは相変わらずの調子で、赤竜に語り掛ける。


「おまえも気づいているだろう? 俺の説明は、俺自身が悪だという可能性を否定していない。神々の目的が、世界の害悪である俺を始末することだとしたら、これまでのことも全部辻褄が合うし、俺が計略のためだと言っている大天使の召還も、世界を救うための手段だって考えられるからな」


 考えていたことを完璧に言い当てられて、赤竜は唖然とした。

 まあ、そのくらい解っているよとカルマは意地悪く笑う。


「そもそもさ、俺たちはさっき出会ったばかりだろう? 結果的に、俺はおまえの命を救ったかも知れないけど、死ぬ寸前までズタボロにしたのも俺だから。そんな奴のことを信じる方が異常だと思うけど?」


 カルマの言葉を全てを鵜呑みにする程、赤竜は呆けていない。竜族の王として培った経験は、簡単に信用することの愚かさに警告を鳴らしていた。しかし――答えはすでに出ているのだ。


(だから……我を馬鹿にするなと、何度言わせれば気が済むのだ!!! 神凪殿が自ら言ったように、貴殿が神の敵であるのならば、神々にとっての害悪であることは否定できまい。しかし、この世界にとって害悪であるかどうかは、我自身が判断すれば良いことではないか!!! 貴殿は、我の目が節穴だと言っておるのだぞ!!!) 


 赤竜に捲し立てられて、カルマは辟易した顔をする。


「まあ、今のは俺が悪かったな。でもさ、信じる必要がないって思うのは本当だから。おまえが聞きたいって言うから話したけど、簡単に信じられる内容じゃないだろう?」


 赤竜は不機嫌な顔で、再び正面からカルマを見据えた。


(神凪殿……もう一度だけ我に応えてくれ。貴殿が語った言葉の全てが真実だと、神凪カルマの名に賭けて誓えるか?)


「……あのさあ。そういうの、俺は苦手なんだけど」


(神凪殿!!!)


 はぐらかそうとすると、赤竜が睨みつける。

 その真剣な眼差しを受けて、カルマは諦めた。

 

「ああ、良いよ……誓ってやる」


 まるで屈託のない笑みを浮かべてカルマが頷く――それが赤竜にとって最後の一押しとなった。


(……承知した、神凪殿よ)


 未だ自由にならない身体を震わせながら、赤竜は起き上がろうとした。


「おい、無理するなよ」


(いや……気遣いは不要だ……)


 懸命に力を入れて、何とか四肢で身体を支える。


(……我は多くの質問で貴殿を煩わせてしまった。しかも、度重なる非礼を働き、我が名に賭けて誓った約束すら何度も反故にした――だから、今さら泥を被った我が名に価値などありはしないが、アクシア・グランフォルンの全てを賭けて償わせて貰いたい)


 赤竜は深く首を垂れて、大地に額を押しつける。


「おい……」


 カルマは止めようしたが、赤竜が放つ強い意志を感じて思い止まる。


(さあ……文字通りアクシア・グランフォルンの全てを以て神凪殿に償おう。我の全てを、この命を含めて貴殿に捧げる……我が命を救って貰った貴殿には迷惑な話であろうが、この首を取って貰っても構わない!!!)


 カルマは赤竜の正面に立っており、ちょうど赤竜の後頭部が前に見えた。


「……えい」


 気合の入らない掛け声で、手刀を後頭部に叩き込む。

 決して強い力ではなかったが、赤竜に呻き声を上げさせるには十分だった。


「ホントに迷惑なんだよ。おまえの話は重過ぎる」


 おもむろに空中に飛び上ると、蹲る赤竜を放置したまま離れていく。

 遠ざかるカルマの気配を感じて、赤竜は頭を上げた。


(……神凪殿。いったい、何をしておるのだ?)


 赤竜の問い掛けに、カルマは面倒臭そうに応える。


「今の一発で俺の気が済んだから、償いは終りだ。おまえの全てなんて邪魔だから要らないよ……じゃあ、そういうことから」


 完全に放置されたことを悟った赤竜が慌てて叫ぶ。


(ま、待ってくれないか、神凪殿!!! その程度で終わられては、我の気が収まらぬ……)


「そんなの知るか。そもそも俺を呼び止めないって約束だよな? おまえは舌の根も乾かないうちに、また約束を反故にするのか?」


(……!!!)


 反論すらできずに、赤竜は言葉を詰まらせる。

 恨みがましい視線を浴びながら、カルマは涼しい顔で立ち去ろうとするが――予想を超えたことが起こった。


「……おい、冗談だろ?」


 満足に動くことができない筈の赤竜が、その巨体を空中に浮かび上がらせたのだ。


 足掻くように翼を動かしながら、なけなしの魔力を絞り出す。バランスを崩して何度もよろめくが、根性で立て直した。勿論、その速度は遅々たるもので、僅かに上昇するのにも苦労していた。それでも――


 赤竜は必死の形相でカルマ見据えながら、少しずつ上昇していく。


 カルマは思わず動きを止めるが、すぐ思い直して赤竜へ背を向けると、加速しながら離れていく。


 とても追いつける速度ではなかったが、それでも赤竜は必死に飛び続けた。

 本当にカルマに追いつくことができれば、それこそ伝説に残る偉業だろうが――そんなことができる筈もなく、百メートルほどの高さで赤竜は力尽きて、地上へと落下した。


 そのまま地面に激突する寸前――赤竜は空中に停止する。


「……本当に良い加減にしろよ? 自殺志願者を助けてやるほど俺は暇じゃないぞ」


 カルマは赤竜を魔力で支えながら、ゆっくりと地上に降ろす。


(それでも……三度も助けくれたのはではないか?)


「三度? それは、おまえの勘違いだ……って言っても意味がないよな?」


(当然だ――天使の攻撃から、神凪殿が身を呈して守ってくれたことに、我が気づかぬ筈がなかろう? まずは礼を言おう……しかし、呼び止めることができぬのであれば、貴殿を追い掛ける他はないであろうが?)


 堂々と言い放つ赤竜に、カルマは呆れる。


「その理屈はおかしいだろう? 普通に諦めろよ! 根性だけで飛んだのは、ある意味凄いとは思うけどさ。それで死んだら、馬鹿丸出しだろうが――それとも、俺が助けることを見透かしていたのか?」


 赤竜は真顔で首を振った。


(我もそこまでは図々しいことは考えておらぬ……もっと簡単な話だ。償いのためならば、我は命を失うことなど厭わない)


 こういう馬鹿げたことをする奴だと解っていたし、意地を見せること自体は不快ではないが……余りにも度を過ぎる赤竜の行動には辟易する。


「もういいよ、解った……それじゃあ、お互い冷静になって話し合おうか?」


(おお、神凪殿。感謝するぞ!!!)


 赤竜の嬉々とした思念を浴びながら、カルマは嫌な感じの敗北感を覚えていた。


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