番外編2 カルマへの想いとクリスタへの思い
竜族の王は、千年を超える人生の中で最大の努力をした――
機知や知識が不足している点は短期間で解決できる問題ではなく、勿論、そのための努力を怠るつもりなどないが――力については明確な答えをすでに見出していた。
(まずは……我が力を開放しても目立たぬようにする必要があるな!!!)
カルマは魔力を隠す手段として、認識阻害を常時発動していた。
その能力はアクシアの知識にある魔法ではなく、理屈や原理を知ることは難しかったが――その目的や効果については理解することができた。
だからアクシアは、独自で『疑似認識阻害』と言うべき魔法を創り出したのだ。
複数の魔法の効果を抽出して新たな魔法を生み出す――魔法学に精通した高名な学者が一生を賭けて行う偉業を、アクシアは僅かな時間で成し遂げた。それを可能とした理由は竜族の王としての魔法の才能と――圧倒的に熱いカルマへの想いだった。
「「「アクシア様!!!」」」
檻の外では今も修道女たちが黄色い声を上げているが――彼女たちが見ているのはアクシアが創り出した幻だった。
本物のアクシアは外界に魔力が漏れないことを確認すると、己の奥底にある魔力を練ることに集中する。
(我は赤竜王アクシア・グランフォルンである前に――神凪カルマの共犯者だ!!!)
アクシアの想いが一つの形となるのは――自然の摂理だった。
「うむ……腹も満たされたことだし、そろそろ風呂だな!!!」
夕食を終えたアクシアが告げると、修道女たちは頬を染めて即座に活動を開始する。
十分後には地下三階の『懺悔の独房』に風呂桶と、大量の熱い湯が運び込まれた。
大量の湯を短時間に運ぶのは修道女だけでは不可能だったから、リーザは何処からか十人以上の若い修道士を招集していた。
彼らは大汗をかいて樽に入った湯を運び込むと、修道女たちに追い立てらて独房から出て行った。
「ア、アクシア様……男どもは退散したことですし……お湯が冷めないうちにお風呂に入られては?」
「うむ……そうだな!!!」
アクシアは豪快に服を脱ぎ捨てて全裸になる――両手を鎖で繋がれている筈なのに、ドレスはスルリと滑るように身体から離れた。
背中まで伸びる血のように赤い髪。ほんのりと赤みを帯びた肌色。そして――哺乳類ではあり得ないほど張りがあり、かつ圧倒的に豊かな胸が重力に抗って攻撃的に聳える。
修道女たちは両手で顔を隠しながら、大きく開けた指の隙間からアクシアの裸体を覗き見る。うっとりとした視線でまじまじと見つめる様子は、もはや『覗き見』というレベルではなかった。
そんな彼女たちの行動など一切気にも掛けずに、アクシアは堂々と胸を張るように裸身を晒すと、ゆっくりとした動きで風呂に浸かった。
「相変わらず温い湯だな……リーザよ? もう少しどうになからぬのか?」
アクシアの裸体を呆けた顔で眺めていたリーザは、返事をするのに遅れてしまう。
「ア、アクシア様……いえっ……あ、はい! 申し訳ございません! ですが、これ以上熱いお湯をお持ちする方法は……」
唇を噛みしめて悔しがるリーザに、アクシアは豪快な笑みで応える。
「おまえの努力は認めてやるが……しかし、そもそもやり方が間違っておるぞ!!! 湧いた湯を運ぶだけが選択肢ではあるまい?」
「……ア、アクシア様!!! その通りでございます!!!」
次の日には、秘密裏に地下三階に窯が設置された。
密閉空間である地下室では、薪で湯を沸かす訳にもいかなかった。そこでリーザが用意したのが、魔力を注ぐことで湯を沸かす『魔法窯』だった。
無論『魔法窯』は大変高価であり、修道女が簡単に買えるようなものではない。しかしリーザはあらゆる手段を講じて、一時的ではあるが『魔法窯』を調達することに成功したのだ。
さらには魔力を注ぐ役目として、正教会ラグナバル支部では唯一の女性魔術士を連れて来た。彼女はブラウン大司教の側近の一人だったか――どのようにして口説いたのかを、リーザが語ることはなかった。
「うむ……我の住処の温泉には劣るが、なかなか良い湯だ!!! リーザよ、やるではないか!!!」
「……ア、アクシア様、ありがとうございます!」
リーザの目元から零れ落ちた光るモノに、他の修道女たちも気づいて嗚咽を漏らす。
「あのねえ、アクシア……これって、どういうことよ?」
濛々と湯気が立ち込める地下三階の有様に、やってきたクリスタが呆れた顔をする。
「うむ。ただ湯を沸かしておるだけだが……何か問題でもあるのか?」
さも当然と言う顔で応えるアクシアにクリスタは文句を言い掛けるが――途中で何だか馬鹿らしくなって、声を上げて笑い出す。
「ホ、ホント……アクシアって面白いわね!」
「うむ? クリスタが笑う理由が我には解らぬが……まあ、不快ではないから構わぬがな!!!」
クリスタという人間の女に対する感情についても、アクシアはハッキリと自覚できてはいない。
これまでのアクシアは、人間という生き物に興味がなかった。アクシアの版図にも僅かながら人間が住んでいたが、面倒だから追い出さなかったに過ぎない。
気紛れで版図の外の街を訪れることもあったが、それは街やモノに多少とも惹かれるモノがあっただけであり、人間そのものに関心があった訳ではなかった。
街の人間、特に男の中には、人の姿となったアクシアを不躾に見る輩も多く、そんな者たちに彼女は冷酷な視線を向けた。
しかし、カルマと出会って、彼が人間たちと触れ合い、楽しげに言葉を交わす姿を間近で見るようになってから、アクシアの人間に対する見方も少しずつ変わってきた。
特に、カルマが良く話をするオスカーという男については、気遣いのできる下僕という程度には評価をしている。
そして――クリスタという女についてだが、出会いは最悪だった。
カルマに暴言を吐いたクリスタに、アクシアは本気の殺意を抱いた。カルマに止められていたから殺しはしなかったが、決して殺意が消えた訳ではない。
しかし、この地下室で言葉を交わし、カルマへの暴言を素直に謝ったクリスタを、何故かアクシアは許してしまった。その上、今では『アクシア』と呼び捨てにされることすら不快に思わないのだ。
(何故、我はクリスタを許した――たかだか人間風情に、我が何を思うというのだ!!!)
確かにクリスタは他の人間と比較すれば、多少は強い魔力を持っている。しかし、所詮はその程度に過ぎず、アクシアが認めるような力ある存在ではない。
本来であれば、アクシアが歯牙にも掛けぬ脆弱な生き物に過ぎない――にも関わらず、クリスタが地下室にやって来る度に、対等な立場のように話すことを不快に思うどころか、気がつけば彼女との会話を楽しんでさえいる。
(つまり……答えはすでに出ているということだな? 強さなどに大して価値がないと、カルマも言っておったではないか……)
クリスタが持っている揺るぎない意志――アクシアとはやり方も考え方も違うが、如何なる邪心も寄せ付けずに己を貫き通そうとする彼女の意志を、認めてしまったのだ。
「……ねえ、アクシア? 何か楽しいことでもあったの?」
クリスタの言葉に、いつの間にか笑みを浮かべていたことに気づく。
「うむ。そうだな……我は不快ではないぞ!!!」
アクシアの豪快な笑みにつられたのか、クリスタも思わず笑ってしまう。
二人の笑い声が、グリミア聖堂の地下室に響き渡った。




