52 カルマとキース
「ところで、カミナギ……獣人が襲撃してくることを今まで黙っていたんだから、貴方一人で何とかするつもりなんでしょう?」
嫌味が半分と、確信が半分――カルマは馬鹿なことを言うけれど、決して愚かな選択はしない。何の考えもなしに、獣人の存在を隠していたとは思えなかった。
「いや、そうじゃなくて。俺たちと擦れ違いになる可能性もあったからさ、状況がはっきりしてから言うつもりだったんだ――勿論、クリスタさんがそれでも構わないなら、俺がどうとでもするけど?」
結局のところ、カルマは獣人を脅威などと微塵にも思っていないのだ。
普通に考えれば、己惚れだとか、過信だと思うところだが。カの底が知れないカルマであれば、本当に一人で解決しまうのではないかと、割と本気で思ってしまう。
「言質は取ったわよ? 後で泣き言を言っても知らないから――それじゃあ、そろそろ移動しましょうか?」
クリスタは念のために、オスカーに部屋の鍵を閉めるように言った。これから始めることを第三者に見られたら、色々と面倒なことになる。
「どうせロウ殿は聞いていないでしょうから、一応言っておくわね? これから私たちは転移魔法で王都バーミリオンへ移動するのよ」
クリスタが何を言ったのか――オスカーが理解するまでに数秒が必要だった。
「……何だって!!!」
やっばり何も話していなかったのねと、クリスタが呆れた顔をする。しかし、カルマにはまるで響かなかった。
「わざわざ説明するほどの事じゃないだろう? オスカーが何かを準備する訳でもないし、所詮は『移動手段』の話だからさ。それに、オスカーだって薄々は気づいていただろう?」
同意を求められて、オスカーは激しく首を横に振った。
「いやいや、俺は馬か馬車を使うって思っていたぜ。魔法で移動するなんて、常識的に考えて、あり得ないだろう?」
「そうか? でも残念ながら、そこまで時間的余裕はないんだよね。ほら、クリスタさんも時間がないって言ってるけど?」
カルマは狡そうな笑みを浮かべてクリスタの方を見る。
ホント、いい加減にしなさいよとクリスタはジト目で睨むが、あまり時間がないのは事実だから、いちいち突っ込みはしなかった。
「魔法の効果範囲には制限があるから、私の周りに集まってくれる?」
キースがいるビクトリア大聖堂に、カルマが『転移門』を登録している筈もない。だから、王都へはクリスタの転移魔法で移動することになっていた。
オスカーは緊張した様子で、クリスタが不快に思わないであろうギリギリの距離まで近づく。
一方のカルマは意図的にやっているのか、魔法の効果範囲ギリギリの位置に立った。
(私の力を見極めているってこと? ……それは流石に、考え過ぎよね?)
馬鹿げた考えだと打ち消して、クリスタは呪文の言葉を唱える。
「時と空間を繋ぎ合わせて我らを彼の地へ――『転移』」
視界を白く染める眩い光が、三人を包み込んだ。
※ ※ ※ ※
クリスタが転移した先――ビクトリア大聖堂のキースの書斎では、すでに部屋の主が待っていた。
灰色のローブ姿の老人を前に、クリスタが恭しく頭を下げる。
「総司教猊下――お待たせして申し訳ありません!」
「クリスタ。人前だからって、堅苦しい態度を取るのは止めにしないかね? そんなことよりも、もっと大事な用件があるのだろう?」
キースは諭すように告げると、カルマとオスカーの方に向き直る。
「やあ、初めまして……かな? 私はキース・ハイベルト。ご存知かも知れないが、クロムウェル王国正教会の総司教を務めている」
「お、俺はラグナバル冒険者ギルド所属の銀等級冒険者……オスカー・ロウです」
オスカーにしては珍しく緊張していたが、それも無理はないだろう。突然見知らぬ場所に転移した上に、目の前に正教会の最高権力者が現れたのだ。
「ほう……銀等級冒険者とは、ロウ殿はなかなかの実力者のようだね。それと……君がカルマ・カミナギ殿だね?」
キースは気さくな態度の陰に隠した狡猾さで、カルマを値踏みしようとするが――当の本人は、それが馬鹿らしく思えるほど明け透けな感じだった。
「ああ、そうだけど……なかなか良い感じの部屋だな?」
キースではなく壁を埋め尽くす大量の本に、カルマは興味を抱いていた。自分の知らないこの(・・)世界の知識が、ここにはあるのだ。
「いやあ。散らかしていて済まないね?」
色々な意味を込めて苦笑するキースに、カルマは屈託のない笑みを返す。
「いや、そういう意味じゃなくてさ。面白そうな物があるなって思ったんだよ?」
「カミナギっ――殿! もう少し言葉遣いを改めてくれ貰えるかしら? この場に相応しい話し方くらい、貴方ならできるでしょう?」
クリスタと初めて会ったときのカルマは猫を被っており、貴族然とした口調で話をしたのだ。だから、そのくらい当然できるでしょうと氷青色の瞳が冷ややかに見る。
「いや、むしろ気を遣わないでくれた方が私としては有り難い。そうだな……カミナギ殿は私のことを『キース』と呼んでくれないか? そして君のことは『カルマ君』と呼ばせて貰うが、構わないかね?」
「ああ、キースさん。それで良いよ」
クリスタに口を挟まれる前に、カルマが即答する。
キースもその意図を理解して、思わず笑みをこぼした。
「あのねえ……でも、お爺様がそう言うのなら……仕方ないけど……」
二人のやり取りが気に喰わないクリスタは頬を膨らませるが――それが子供っぽい態度だと本人は気づいていなかった。
「まあまあ、クリスタさん。そろそろ本題に入らないか?」
カルマも気づかない振りをして、強引に進めようとする。
「キースさんには獣人のことを話してないんだろう? だったら俺が説明しようか?」
「私も知らなかったのに、話している筈がないでしょう!」
しれっと言うカルマの態度が、クリスタの機嫌をさらに損ねる。
「良いわよ、説明は私がするわ。カミナギに任せたら、話がややこしくなりそうから」
フンと鼻を鳴らして、クリスタは説明を始めた。




