50 同族殺しの理由
飛び込んできたオスカーに、『同族殺し』はニヤリと笑って右の大剣を振り下ろす。これを避ければ左の剣が追い打ちをかけるし、受け止めれば今度は強引に圧し潰すつもりだろう。だからオスカーは、魔力を集中した靴底で地面を蹴って大きく後方に跳んだ。
大剣が空を切ると、放たれた衝撃波だけで地面が抉られた。
「……チッ! 良い勘してるじゃねえか。だが、まだまだだな!」
『同族殺し』は二本の大剣を下に向けた格好で前に踏み込んで、間合いを詰めようと加速する――その瞬間をオスカーは待っていた。
左手の中に隠し持っていた球体を握り潰すと、膨大な光が一気に溢れ出して視界を埋め尽くした――光属性の魔法『閃光』を付与した使いきりの魔道具だ。ただの目くらましに過ぎないが、不意を打てれば、それなりに効果がある筈だ。
オスカーはもう一度靴底に魔力を込めて今度は前に跳んだ。狙いは一点――『同族殺し』の頭だった。
加速して飛び込んで来る相手の頭がある筈の場所に、防御を無視して全ての魔力を集中させた剣の尖先を定める。
オスカーが『同族殺し』を仕留められるとしたら、こんな騙し討ちのような方法しかなかった――
しかし、突き出した剣に手ごたえはなく、その代りに何かに衝突したような衝撃があった。
直後、オスカーの身体は跳ね跳ばされて宙を舞う。
地面に叩きつけられる衝撃から、落下面に魔力を集中させることでダメージを軽減する。
オスカーは追撃に備えてすぐに立ち上がった。光を放つ前に目を瞑っていたから、視力はすでに回復している。
「なるほどね……手段を選ばないってのも、捨て身で攻撃に集中するってのも嫌いじゃないぜ。てめえは十分やったが……相手が悪かったな?」
オスカーの剣が掠ったらしく、頬から血が流れていた。
『同族殺し』は手の甲で血を拭って舐める。
琥珀色の目は光の効果など皆無のように、オスカーをしっかりと捉えていた――まさか、瞬間的に目を閉じて防いだというのか?
「何を驚いた顔をしてやがる、このくらい当然だろう? さすがに視界が少し呆けちゃいるが、魔力が見える俺には関係ないんだよ」
『同族殺し』は残忍な笑みを浮かべて、ゆっくりと近づいてくる。オスカーは意識を集中して、相手の動きを見極めようとしたが……想像以上に両者の実力差は大きかった。
『同族殺し』は振り被りもせずに右の大剣を正面に向けると、軽く地面を蹴ると――たったそれだけの動作で、大剣がオスカーの眼前に迫っていた。
咄嗟に身体を反らして尖先を躱すが、完全には無理だった。大剣が纏う魔力の刃がオスカーの顔の左側を切り裂き、激しい痛みとともに視界が赤く染る。
「……おいおい。今のも避けるかよ? ホント、面白れぇ奴だな!」
背中から倒れたオスカーを、『同族殺し』が二本の大剣をかざして見下ろす。
オスカーは左目の痛みを無視して、相手の動きを見極めることだけに集中した。
「それで……どうするよ? まだ俺は全力じゃないのに、おまえは片目を潰された。もう終わりだって気づいて――いや、初めから勝負になってないことくらい、てめえは解っていたんだろう?」
挑発的な言葉に、オスカーは淡々と応える。
「さあな……だが、俺はまだ生きてる……だから終わりじゃない!」
『同族殺し』の動きに警戒しながら、ゆっくりと身を起こして剣を構える。
左目から血を垂れ流しながら、尚も立ち向かってくるオスカーの姿に『同族殺し』は顔をしかめた。
「良く解らねえな……てめえは何のために戦っているんだよ? 勝ち負けに拘っているようには見えないし、生き残るのに必死って訳でもないだろう?」
「この屋敷の持ち主は、俺の雇い主なんだよ。だから俺には何としてでも、彼らをおまえから守る責任がある」
「……ただ雇われただけでか? 端金と命じゃ、割が合わねえだろう?」
「ああ、そうだな……おまえが相手だと解っていたら、もっと高額を要求したんだが。後の祭りだから仕方がないだろう? それでも引き受けた以上は、俺は最後までやらせて貰う」
もはや勝てる可能性は僅かにも残っていなし、時間を稼げば雇い主が逃げられるという保証もない。だから、このまま戦い続けても無駄死になるだけかも知れないが――問題はそこじゃないのだ。
「くだらねえな……ああ、そうか。尊い自己犠牲って奴だな?」
『同族殺し』は吐き捨てるように言った。何かに対する憎悪が一瞬だけ見え隠れする。
「そいつは違うな……俺が逃げ出さなかったのは、戦いに対するプライドのためだ。自分でも馬鹿げた拘りだと思うが、拘りを捨てたら生きている意味がないからな」
オスカーは残った右目で正面から『同族殺し』を見据えた。
「ああ、そうかい……だったら、せいぜい自己満足のために死にやがれ!」
『同族殺し』が琥珀色の目に殺意を込める。
「嫌だね……そう簡単に殺されるかよ!」
オスカーは不敵な笑みを返した。とうに覚悟など決めていたが、そこには自暴自棄など微塵もなく、死が訪れる瞬間まで抗ってやるという意志だけがあった。
両者は睨み合うように互いを見据えていたが――不意に、『同族殺し』が興味を失ったかのように目を逸らした。
「……ったくよ! くだらな過ぎて、興覚めしちまったぜ!」
「おい……どういうことだよ?」
呆気にとられるオスカーの目の前で、『同族殺し』は二本の剣を払って血肉を跳ね飛ばすと、頭上に放り投げた。
落ちて来た二本の剣は、吸い込まれるように背中の鞘に収まる。
『同族殺し』は背を向けると、屋敷の外へ向かって歩き出した。
「もう面倒だから、金のことなんかどうでも良いぜ……あーあ、てめえは本当に面倒臭え奴だな!」
不機嫌な言葉を何度も投げつけられて、オスカーは納得できずに怒りを滾らせる。
「おい、いい加減にしろよ! 何を訳の解らないことを言っているんだ!」
頭をボリボリと掻いて振り向くと、『同族殺し』は恨みがましそうな目をオスカーに向けた。
「片目ってのは視野が狭くなるし、遠近感も掴みづらいから、戦いでは圧倒的に不利になるが……それでも、てめえが俺を狙うってなら、次は本気で相手をしてやるよ。まあ、せいぜい精進するんだな?」
「おい……待てって! 今の俺じゃ相手にならないから、見逃すって言うのか?」
「……ああ、そうだよ。おまえは仕事が果たせて良かったじゃねえか?」
『同族殺し』は再び背を向けると、別れを告げるように片手を上げた。
「追い打ちを掛けて来ても構わねえが、そのときは屋敷の奴らも皆殺しだからな!」
そう言われてしまっては、他に選択肢はない。
『同族殺し』の姿が完全に見えなくなるまで――オスカーはその背中を睨みつけていた。




