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3 神凪カルマの正体


 僅かな時間に起きた信じ難い光景を、赤竜は地上から呆然と眺めていた。


「悪い、待たせたな」


 カルマは何事もなかったように、平然と地上へ降りてくる。


(……彼奴らは、天使なのか?)


 赤竜は必死に状況を理解しようとしていた。


(しかし……天使如きが、あのような巨大な力を持っている筈がない……)


 金色の槍に込められた膨大な魔力を、赤竜は感じ取っていた。

 自分が全力で放つ力の方が勝ってはいるが、それでも槍の魔力は赤竜でも無傷で防ぐことのできるレベルではない。ましてや、今のように無力な状態で直撃を受ければ、確実に死に至るだろう。


「おまえが言っているのは、下級天使のことだな。神に名を与えられた大天使なら、あれくらいの魔力は当然持っている。だけどさ、自分が投げた槍で消滅するなんて、結構間抜けだよな?」


 カルマの説明を赤竜は懸命に咀嚼する。名を持つ大天使のことは知識としては知っていたが、実際に目にしたのは初めてだった。神の使徒たちの頂点に立つ大天使が現世に現れること自体、数百年に一度のことなのだ。


「それじゃあ、話を戻そうか? おまえは俺に、何か言いたいことがあるんだよな? とりあえずは聞くけど、あんまり長いのは勘弁してくれよ?」


 あからさまに嫌そうな顔をするカルマを、赤竜はまじまじと見る。


(先ほどの巨人が、本当に大天使だとしたら……なおさら貴様に問わねばなるまい。

 最初に我が感じた禍々しい力といい、我を歯牙にも掛けぬ圧倒的な魔力といい……天使に仇なす貴様は、いったい何者なのだ? 何を目的として、この地に来た?)


 赤竜の思念による叫びを真正面から叩きつけられて――やっぱりその質問かよとカルマはしたり顔をする。


「俺がおまえに正体を教えてやる理由なんて無いよな? 正体を知られることは、能力をバラすことに繋がるから、俺にとっては不利益でしかない。そのくらいのことは理解した上で、言っているんだよな?」


(……勿論だ。我は戦いこそ至上と思っておるが、馬鹿正直に全てを晒すことが正しいなどとは考えていない。能力を秘匿することは当然の戦略であり、戦略を否定するなど、愚の骨頂だ!!!)


 おまえには一番似合わない台詞だなと、カルマは冷めた目で赤竜を見る。


「だったら、さっきの俺の言葉に図に乗って、自分なら何を言っても許されるとか勘違いしているのか?」


(ふざけるな!!! その言葉こそ、我を馬鹿にしておる!!! ……確かに先ほどは貴様の言葉尻に乗って引き留めはした。しかし、それは貴様が無礼にも、我を無視して立ち去ろうとしたからだ。貴様が話を聞くというのであれば、それ以上、図々しく振舞うつもりはないわ!!!)


 赤竜は至極真剣に感情をぶつけてきた。


「だったらさ……自身が不利になる情報をあえて俺に話せと言うことに、どんな正当性があるんだよ?」


 ほら、真っ当な理屈があるなら言ってみろよとカルマが挑発する。


 赤竜は怒りを覚えながらも、当然の反応だと思う。理由はどうであれ、事実として二度も命を救ってくれた相手に対して、自分は不躾な要求をしているのだから。


(貴様が納得できるような理由など、我は持ち合わせてはいない。しかし――)


 それじゃ話にならないと一笑されることを覚悟して、赤竜は思念を放った。


(竜族の王の一人として、この地を統べる者として、あえて貴様に問わねばなるまい。余りにも強大な力を持つ貴様が、我らにとっての害悪となるのか……仮に貴様が害悪ならば、我は再び命を賭して貴様と戦おう……否。害悪である貴様に拾われた命など喜んで死神に差し出して、他の抗う者たちの糧となろう!!!)


 とうに覚悟など決めている。カルマに敗北した瞬間から、赤竜は生きながらえようなどとは一切考えてはいなかった。むしろ生き恥を晒すくらいなら死を選ぶと竜の金色の瞳が語る。


 本当に面倒臭い奴だな――カルマはそう思っていた。それでも、同じ理由から赤竜の命を救った自分も大概だなと、諦めたように苦く笑う。


「仕方ない、おまえの質問に応えてやるよ。だけど――条件がある。俺が説明した後に、内容が解らないとか、信じられないという理由から、さらに質問を重ねないとことだ。

 おまえが納得するまで全て一から説明するのは面倒だし、説明しても理解できるとは思わないからな。この条件を破ったら、その時点で話は終わりだ。俺は立ち去るけど、もう二度と引き留めるなよ?」


 赤竜は暫く考えてから、深く頷いた。条件というよりも最大限の譲歩だろう。カルマにとっては何一つメリットなどないのだ。


 だから、赤竜も最大限の誠意を見せる。


(……うむ、解った。赤竜族の王たる我がアクシア・グランフォルンの名に賭けて誓おう。その条件を飲む)


 竜族が名に賭けて誓うということは、文字通りに己の全てを賭けることを意味する。

 カルマがその意味に気づいているのか。表情からは読み取ることができなかった。


「解った――俺の名前は神凪カルマ。こことは違う世界で造られた自我を持つ兵器だ」


 余りにもあっさりと、カルマは自分の正体について説明を始めた。

 自ら語らなければ、決して相手が到達することのできない情報――それを口にすることは不利益でしかないが、そのデメリットよりも赤竜の覚悟の方が重いと思ったのだ。


「強大な魔力を持つ種族が同族を滅ぼすために、戦争に特化した魔道技術(マナ・テクノロジー)の集大成として創ったから、俺の戦闘能力が高いのは当然なんだ。

 それと、おまえが禍々しいと感じたのは、俺の魔力の源泉が混沌の領域だからだ。こっち側の世界でも正常に機能するか確かめるために発動させた生粋の力を、おまえは禍々しいと感じたんだよ」


 赤竜は一言一句を聞き漏らさぬように、じっと耳を傾けていた。

 聞きなれない言葉が多くて理解するのは困難だったが、大よその意味はどうにか理解できた。しかし、俄かに信じられる内容ではない。


「あとは俺の目的だったな――元居た世界で因縁のある奴らが、こっち側の世界で活動を始めたことを知ったんだよ。だから、そいつらに喧嘩を売りに来たんだ」


 砕けた表現で言うと気楽そうに聞こえるが、内容は決して軽くなかった。これまでに目にしたことを加味すれば、カルマが誰に喧嘩を売ったのかは容易に想像できる。


(その因縁のある相手というのが……先ほどの天使なのか?)


「いや、少し違うな。俺と因縁があるのは、天使を使役する奴らの方だ」


 言葉の意味を瞬時に理解して――赤竜は絶句する。


(それは……つまり貴様は、神に喧嘩を売ろうと言うのか!!!)


 普通に考えれば頭がおかしいか、誇大妄想だと切り捨てるところだが。強大な天使を瞬殺した相手を前にしては、全てを否定することなどできない。


(何故だ……何故貴様は、神に抗おうとなどと考えるのだ!!!)


 当然の疑問だった。神とは絶対的な存在であり、生きとし生けるものが争う対象ではない。神に抗うなど、自然法則を否定することに等しかった。


「あれ? 質問は重ねないって約束だったよな?」


 カルマは意地の悪い顔をするが、赤竜は引き下がらなかった。


(いや……我は、決して質問を繰り返したのではない!!! 貴様の曖昧な言葉では、質問に応えたことにならないと言っておるのだ!!! 応えぬのであれば、貴様こそ約束を違えたことになるぞ!!!)


 逆切れのような反応に、カルマは呆れた顔をする。


「そういうのも含めて俺は言ったつもりだけど……まあ、良いや。俺が喧嘩を売る理由は単純明快だ。奴らの陰謀で起きた戦争によって、俺の世界が焦土と化したからだよ」


 どこまで本当なのか疑わしいと思うほど、カルマは気楽な感じで応えた。


 赤竜は苦々しく思いながら、それでも自らの名を汚すことを覚悟して質問を続ける。カルマという危険過ぎる存在の本質を、どうしても掴む必要があるのだ。


(仮に、だ……貴様の言ったことが真実だとしても、戦うべき相手は他にいるのではないのか? たとえ、神に操られて起きた戦だとしても、戦を指揮した者たちの中には、神よりも責任を追及すべき相手がいるであろう?)


 何だよ。完全に質問を重ねているじゃないかと、カルマは揶揄うように笑う。しかし、それを理由にして立ち去る素振りは見せなかった。


「ああ、勿論そうだよ。直接世界を破壊したのは俺たち兵器と、その兵器を創り出した種族だ。操った奴らに文句を言う前に、操られた自分の間抜けさの責任を取るべきだよな。だけど――もう居ないんだよ。俺以外は、世界の全てが滅亡したからさ……」


 壮絶な内容にも拘わらず、カルマの口調は変わらなかった。


 『終焉戦争』という名の争いによって、カルマの世界は滅亡した。戦争を指揮した者も、指揮に従っただけの兵士も、巻き込まれた人民さえも、全て等しく無に帰したのだ。今さら責任を追及する相手は、どこにもいない。


 だから行き場のない怒りを神にぶつけるのかと――赤竜は深く考える。

 カルマの説明に矛盾する点はなく、事実であれば同情すべき境遇だろう。しかし――それでも神に恨みを抱いて戦いを挑むなど、どう考えても正気とは思えなかった。


「まあ、こんな話を信じられるとは思わないし、信じてくれと言うつもりもない。逆に話を聞いただけで、いきなり信るとか言われたら、そいつは何か企んでいると思うよ」


 冗談めかして言うカルマは全く掴みどころがなく、赤竜には真偽の判断に迷った。

 

(……もう一つだけ。別の質問をしても構わぬか?)


 赤竜は正面から、カルマの漆黒の瞳を捉える。


「……まあ、良いだろう。だけど、応えるかどうかは内容次第だからな?」


 今度もあっさりと応じるカルマに対して、赤竜は慎重に言葉を選んだ。


(天使を躊躇なく滅ぼした貴様が……我のことは殺すどころか命を救った。貴様は自身の責を認めたことと、感情的なものが理由だと言ったが――貴様がそう考えて、行動した根底にあるものは、一体何なのだ?)


 すでに幾度も約束を反故にしていることを、赤竜は自覚していた。

 自らの名を賭けた誓いを軽く見ているのではない。むしろ、赤竜族の王の名が地に落ちたことを悟っていた。だから、カルマとの話が終われば、全身全霊を賭けて責任を取るつもりだった。


 それでも――いや、だからこそ今は、カルマという存在を見極めることに全神経を集中する。竜の王と言えど『個』に過ぎない己よりも、カルマという存在は遥かに重い脅威なのだから。


「良いよ、応えてやる――」


 そんな赤竜の思いを見透かすように、カルマは目を細めた。


「戦うことも、殺すことも……俺は当たり前のように散々繰り返してきたけど。結局、後には何も残らなかった。俺にできるのは壊すことだけで、何かを創ることも、守ることも叶わなかったんだ……」


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