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45 カルマの思惑とクリスタの苛立ち


 クロムウェル王国北西部の端に位置する森の奥。カルマは認識阻害を使って身を隠しながら、知覚領域内で動く二つの集団の位置を、()()を感知することで正確に捉えていた。


 片方は三日前から追っている正教会と天使の一団だ。相変わらず遅々とした歩みで目的地の村へと向かっているが、それでも、あと半日もあれば辿り着くだろう。


 もう一つの集団の動きについても、カルマは捜索を始めた当初から把握していた。


 こちらの集団も正教会とほとんど同じ方向に移動していたが、発見した時点では村からの距離が倍以上離れていた。しかし、移動速度では明らかに勝っていたから、二つの集団が村に辿り着く前に遭遇するか、村で鉢合わせになることも考えられた。


 そして結果としては――このまま不測の事態が起こらなければ、正教会の集団が村に着いてから一時間以内に、もう一つの集団も到着することになる。


(ホント、絶妙なタイミングだよな。行き違いになって俺の邪魔さえしなければ、何の問題もなかったんだけどさ……余りにもタイミングが良過ぎて、誰かが意図的にやってるとしか思えないけどね)


 誰が糸を引いているのかは大体想像がつくが、相手の魔力は知覚領域内に感じられない。つまり相手は、かなり以前から状況を全て予測していたか、()()()()()()()()()()()()を持っているか、そのどちらかだろう。


(まあ、奴らも俺の動きまで把握してないから。間抜けなのはお互い様だけどな?)


 それでも面倒なことには変わりなかった。


 クリスタに自分は案内するだけで後は任せると言った手前、もう一つの集団をカルマが勝手に片づけて状況を変えてしまうことは躊躇われる。正教会に直接手を出す訳ではないが、クリスタはある意味でアクシア以上に頑ななところがあるからな。後で知られたら相当面倒臭いことになる。


 かと言って一切手出しをしなければ、二つの集団が村で衝突して、天使を召喚する現場を押さえるどころではなくなるだろう。


 もう一つの集団の存在に気づいた時点で、クリスタに伝えて対処方法を決めておくという選択肢もあったが――カルマは可能であれば、彼らの行動を把握していることをクリスタに知られたくなかった。クリスタが知れば、どうやって把握したのか詮索するだろう。

 正教会の動きを掴んでいることについては、クリスタはカルマが組織を使って追跡している可能性を()()()()()()()()。しかし、さらに別の集団の動きまで把握していると知ったら、自分たちの常識ではあり得ないことに気づくに違いない。


(結局。こうなったら、教えるしかないんだけどさ……)


 もう一つの集団を証拠を残さずに消滅させて、クリスタに存在すら悟らせないこともカルマには可能だが――その選択肢をカルマは一蹴した。


 疑われるリスクよりも、クリスタとの約束を優先したことも多少の理由ではあるが。そもそもカルマには、彼らを問答無用で消滅させるほどの動機がない。

 それに実利面でも、痕跡も残さずに彼らを消滅させること自体が、カルマが関与した証拠になりかねないのだから――。

 

 そして、さらに。()()()()()()()()()()()()()()()()の存在を、カルマは感知していた。

 もう一つの集団を足止めしてくれるのではないかとカルマが期待していた者――そこにはカルマにとってクリスタの件とは別に、義理の問題が絡んでいるのだ。


(クリスタには悪いけど、こっちの都合を優先させて貰うか)


 カルマは認識阻害を発動させたまま上空に飛翔すると、短距離転移による高速移動を開始した。


※ ※ ※ ※


 カルマと最後に会った夜から二日後の午後――


 ラグナバル市内を定期巡回していたクリスタの元に『伝言メッセージ』が届いた。


(そろそろ奴らが目的地に着くから。二時間後に、例の場所に来てくれ)


 クリスタが最初に思ったのは『疑問』だった――どうしてカミナギから『伝言』が届くのよ?


 『伝言』は相手を事前に登録しなければ送ることができない。だから、カルマには連絡手段を確保するために、お互いに登録しようと言ったのだが――


「そんなの必要ない。こっちで勝手に連絡するからさ」


 そう言って断ったくせに何故か『伝言』が届いた――しかし、本当に『伝言』なのか疑わしかった。

 『伝言』は文章をイメージとして送るものだが、クリスタにはカルマの声が聞こえたのだ。


(『遠話(ファートーク)』系の魔法を使ったの? それでも事前登録は必要だし、距離にも制限があるはずよね……)


 クリスタは溜息をついて、余計な考えを振り払うように頭を振る。


(……細かいこと気にしてる場合じゃないわね? それにしても……二時間後? こっちも準備があるから、半日前には連絡してって言ったじゃない!)


 クリスタは急ぎの用事ができたと部下に告げて、いったんグリミア聖堂の私室に戻った。部屋に入るなりキースに『伝言』を送ると、サーコートを脱いで、代わりにフード付きの地味な外套を纏って再び外出する。


 その一連の動きを、ブラウン大司教が部下を使って監視していることなど承知していたが、気にするほどの害はないと考えて放置した。


 クリスタが向かったのは、ラグナバルの一番外側の外壁近くにある広場だった。


 午後も遅い時間。夕暮れには都市の門が閉まるため、駆け込みで入ってくる者も多い。

 都市に入るための手続きを終えたばかりの人々や馬車の群れで広場は混み合っていた。


「……どうして、こんな場所を指定するのよ?」


 今さら文句を言っても遅いが、人が多過ぎて相手を見つけるのにも苦労するだろう。

 待ち合わせの時間までは決めていなかったから、完全な手抜かりとまでは言わないが。

 このくらいのことは十分予測できるだろうに――。

 

 あの男は全く……とクリスタが心の中で文句を言ったとき、いきなり背後から肩を叩かれた。


「……!」


 日常生活においてもクリスタは警戒を解くことはない。周囲の人の動きや気配、魔力を感知することで、ほとんど無意識に安全な距離を保っているのだ。

 しかも広場に来てからは、人の多さから警戒レベルを一段上げていた――それにも関わらず、クリスタが気づく前に相手に接触を許したのだ!


 クリスタは反射的に前に跳ぶと、振り向きざまに剣の柄に手を掛ける。


「おい、クリスタさん……まるで人を殺した奴のような目だな?」


 クリスタの肩に触れた姿勢のまま、カルマが何食わぬ顔で言う。


「カミナギ……貴方ね!」


「あのさ。騒ぐと目立つから止めない?」


 カルマが視線で促す。周囲の人々は何事かと二人を見ていた。


「解ったわよ……でも、あとで憶えていなさい!」


 クリスタはフードを深く被り直すと、路地の方に歩いていく。


「はいはい……忘れなかったらね」


 カルマは苦笑してクリスタの後を追った。


※ ※ ※ ※


 わざと距離を開けて付いて来るカルマに気づいて、クリスタは足を止める。

 腰に手を当てた格好で振り向くと、小声でも聞こえる距離までカルマが近づくのを待った。


「……あのねえ。貴方は私を怒らせたくて、わざとやってるでしょう? あの広場で待ち合わせたことも、何かの当てつけ?」


「いや、それは違うな。勿論、理由はある。人が多い方が目立たないからな」


「でも……それじゃ、相手を見つけるのも難しいわよね?」


「だからさ……俺はちゃんと見つけただろう?」


 しれっと言い切るカルマに、クリスタは肩を震わせる。


「……そもそも、二時間で来いってどういうことよ? 半日前に教えなさいって、私は言ったわよね?」


「それは悪かったよ……だけど、状況が変わったんだ」


 突然、カルマの雰囲気が変わる。漆黒の目が真っすぐにクリスタを見ていた。


「……どういうこと? 何か起きたの?」


「まあ、そういうことだけど……詳しい話をするのは、他の奴に聞かれない場所の方が良いだろう?」


 カルマはクリスタを追い抜いて、先を歩き始める。


「……」


 納得できないという顔をしながらも、クリスタはカルマの後を追った。



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