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42 聖公女の相談


 キースと実際に会うのは、クリスタも半年ぶりだった。


 転移魔法を使えばこうして会うことは難しくなったが、余り頻繁に『瞑想の間』に立ち入れば、ブラウン大司教に余計な詮索をされることになるし、そもそもお互い多忙な身であるから、こうして二人で時間を合わせること自体が難しかしいのだ。


 部屋の隅に置かれた小さなテーブルセット。他に誰かを呼ぶ訳にもいかないから、キースは自分で用意したティーポットから少し温くなった紅茶を二人分入れる。

 彼がそうしたいことが解っていたから、クリスタは自分がやるとは言わなかった。


「いやあ、クリスタ。本当に久しぶりだね。半年も来ないから、私はすっかり嫌われたものだと思っていたよ」


 キースのお道化るように言われて、クリスタは思わず吹き出してしまう。


「キースお爺様、意地の悪い言い方は止めて貰える? 私だって、できるものならお爺様の傍に居たいわよ」


「ああ、そうだね……私には王都を、クリスタにはラグナバルを守護する役目があるからね」


 二人が居る場所はクロムウェル王国正教会の総本部。王都バーミリオンにあるビクトリアス大聖堂にあるキースの居住区画だった。


 総司教という立場からキースには、十以上もの部屋からなる区画が割り当てられており、キースが普段からよく籠っていた書斎に、クリスタが数年前に転移門を設置したのだ。

 勝手に掃除をされては本の行方が解らなくなるという理由から、キースは元々、この部屋に修道士が入ることを禁じていた。だから、今でも立ち入れないことを不審がる者はいない。


「ところでクリスタ……そろそろ本題に入ろうか? 『伝言(メッセージ)』で聞いたが、私に何か相談があるのだろう? 君のことだから……天使の召喚か、獣人に関係のあることだろうね?」


 『伝言』が傍受される可能性は低いが、クリスタは用心のために日時と相談したい旨だけを伝えていたのだが、察しの良いキースは予測していたようだ。


「ええ、今回の件に獣人は関わっていないと思うけど。天使の召喚については、まさしく相談したことそのものよ」


 クリスタはカルマの提案についてキースに説明した。情報を補足するためもあって、二人との出会いやアクシアと話したことも含めて、一切合切の話をした。


「なるほどね……カルマ・カミナギにアクシアか。聞いたことのない名前だが……いや、まさかね?」


「……キースお爺様? 何か知っているの?」


 ほんの少しだけ躊躇ってから、キースは応えた。


「東の彼方の辺境の地に版図を広げる竜族の王が……確か、アクシア・グランフォルンという名前だったと記憶している。しかし、単なる偶然か、それを知って同じ名を名乗っていると考える方が自然だろう? もし、アクシアが本当の竜族の王であれば、人間などとは比較にならない圧倒的な魔力に、クリスタが気づかない筈がないからね」


 アクシアは確かにクリスタを凌ぐ魔力の持ち主ではあるが、二人の差は圧倒的と言うほどのものではない。キースの言っていることは現実的だろう。


「カルマ・カミナギという名前については、全く心当たりがないね。言葉の響きから、東方のブレキア帝国やアズマール王国の人間という感じがするが……余りはっきりとしたことは言えないよ」


 キースは自身の膨大な知識を紐解いて考えたが、それ以上の助言はできなかった。


「何れにしても――カミナギという男の提案を、クリスタは受けたのだろう? つまり君は、彼が信頼するに値する人物だと判断した訳だね?」


「信頼とは、少し違うと思うわ……」


 クリスタは難しそうな顔で思考に沈む。


「あの男は……掴みどころがないというか、訳が解らない感じがするけど……他の人間の言うことなんて関係なしに、自分の考えに基づいて行動しているように見えるわ。だから……少なくとも誰かの手先になって、私を騙そうとしているとは思えないのよ」


「そうかね……だったら、私は彼の取引に乗っても良いと思うよ」


 キースにあっさりと肯定されて、クリスタは目を丸くした。


「お爺様、そんな簡単に言わないでよ……」


「簡単じゃないさ。理由はきちんとある――私はクリスタの人を見る目を信じているんだよ」


 ニッコリと優しげに微笑むキースに、クリスタは少し呆れたような顔をする。


「それじゃ……私の責任が重大じゃない?」


「ああ、そうだとも――()()()の責任は重大だ。だけど、クリスタ? 忘れないでくれ。信じることのために行動する勇気を失ったら、心の中の神様に怒られてしまうよ」


 キースは片目を瞑って、まるで悪戯小僧のような顔に笑った。


「それに……カミナギという男の力も、アクシアの力も本物なのだろう? クリスタにそこまで言わせる彼らが味方になってくれるなら、これほど心強いものはない」


 クリスタは微妙な表情で、再び考え込んでしまう。


「……信頼という意味ならカミナギよりも、むしろアクシアの方に強く感じるものがあるけど……アクシアのことも、まだ……」


 そして意を決したように、正面からキースを見る。


「ねえ、キースお爺様……もう一つお願いを聞いてくれない? 『真実の鏡』を、私に貸して貰えないかしら?」


 クリスタはグリミア聖堂でのアクシアとのやりとりを、キースに詳しく話して聞かせた。カルマのことを盲目的に信じている点は気になるが、悪意があるようには思えず、堂々と我が道を行く彼女に共感のようなものを感じるのだ。


「だから、アクシアのことを決して疑っている訳じゃないけど……彼女の正体を確かめない限り、簡単に解放することはできないわ。ラグナバルを守護する者として、脅威となる可能性のある者を放置する訳にはいかないから。だから、お願い……『真実の鏡』で彼女の正体を確かめたいのよ」


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