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40 転移魔法


 翌日、クリスタはグリミア聖堂の地下二階にある彼女専用の『瞑想の間』に向かった。


(……アクシアって、本当に面白い人よね!)


 廊下を歩きながら、昨晩のことを思い出して思わず笑ってしまう。


 自身の瞑想のためという名目で、クリスタは使われていなかった地下の一室を借りていた。

 普段はクリスタの魔法により厳重に封印されており、彼女以外の誰も立ち入ることはできない。


 ブラウン大司教は色々と理屈をつけては部屋の中を探ろうとしたが、クリスタはプライバシーを理由に丁断っていた。寝室の方は身の回りの世話をするという名目で修道士が立ち入ることを許していたから、小さな野心を満たす材料が欲しいだけのブラウンは、強引な行動には出なかった。


 無詠唱で感知魔法を発動させて周囲に誰も居ないことを確認すると、クリスタは『瞑想の間』の扉に手を掛けた。彼女の『魔力の色』に反応して扉が僅かに開くと、隙間を擦り抜けるようにして中に入る。


 扉が再び閉じると、部屋の中は完全な暗闇となった。

 クリスタは用心のために感知魔法を重ね掛けして誰も居ないことを確認してから、魔法の光を灯した。


 五メートル四方の小さな部屋には何も置かれていない。石敷きの床と漆喰の壁、大して高くもない灰色の天井――


解呪(ディスペル)!」


 無詠唱ではなく呪文の言葉(トゥルーワード)を呟いたのには理由がある。多重魔法を解除するには複雑な術式が必要であり、さすがに無詠唱では難しいのだ。


 クリスタが呪文を発動させた瞬間、床が輝いた。


 何もなかった筈の床一面に、魔法陣が浮かび上がる。

 床石に刻んだ溝を銀粉で埋めることでルーン文字と複雑な幾何学模様を描いた三重同心円の魔法陣――中級以上の魔法に精通した者であれば、それが『転移門』であることが解っただろう。


 これからクリスタは、転移魔法を発動しようとしていた。


 転移魔法は()()()に『転移門』があれば発動できるのだから、この部屋を使う必要はない。

 しかし、ここなら誰かに呪文を発動するところを見られる心配はないし、同じ部屋に転移で戻ってくれば、第三者には、ただ部屋を出入りしただけに見える。


 カルマは当然知っているような口ぶりだったが、クリスタは切り札の一つである転移魔法が使えることを部下にも話していない。知っているのは極僅かな最も信頼できる者だけだった。


 転移魔法が使えれば、絶体絶命の状況でも脱出できるのだから大きなアドバンテージになる。しかし、敵に知られてしまえば対策を撃つことは可能性なのだ。一番単純な方法は転移門の前での待ち伏せだろう。


「時と空間を繋ぎ合わせて我が身を彼の地へ――『転移(テレポーテーション)』」


 今日、クリスタが転移魔法を発動させて会いに行くのは、彼女が最も信頼する相手だった。


 クリスタの身体は眩いばかりの光に包まれて――それが消えたときには彼女自身も消失していた。




 クリスタが転移した先は、先ほどよりも少し広い場所だった。

 発動済みの魔法の光によって明るく照らされている。

 部屋には窓がなく、壁一面が本棚となっていた。棚から溢れた本が部屋の四隅に積み上げられている。

 

 そして唯一物が置かれていない部屋の中央には、『瞑想の間』と寸分違わぬ『転移門』が刻まれていた。


 こちら側の転移門を魔法で隠していない理由は、下手に隠蔽してしまうと魔力が阻害されて転移先に指定できなくなるからだ。だから『瞑想の間』の転移門も、帰還のために幻術系の魔法を解除したのだ。


 窓のない部屋にはで扉が一つだけ。その扉も鍵が掛けられている筈だった。

 クリスタは昨日のうちに『伝言(メッセージ)』の魔法で、訪問する時間を相手に告げておいたから、暫く待てば相手の方から姿を現すだろう。


 相手の身分を考えれば自分の方から声を掛けるべきだが、状況が解らない状態で動くリスクは避けたかった。相手も転移門を秘匿すべき理由を十分理解しているから、些細な儀礼などに拘りはしないだろう。


 五分ほど部屋で待っているとノックの音が聞こえた。

 予めの取り決め通りにクリスタは返事をしない。ノックは来訪を知らせるための気遣いのためであり、相手も不用心な返答など求めていない。

 

 続いて鍵を開ける音がして扉が開かれた。

 部屋に入って来たのは、灰色の聖衣を身に纏う老人だった。白髪と同じ色の長い髭。年齢は七十代というところか。


 老人は無言で部屋に入ってくると、扉を閉じて再び鍵を掛けた。

 それから無詠唱ではなく小声で『防音』と『不可視』の魔法を発動させると、優し気な笑みを浮かべて口を開いた。


「やあ、クリスタ。久しぶりだね……元気そうで何よりだ」


「はい、総司教猊下――猊下こそ、ご健勝のようで何よりです」


 クリスタは片膝を突いて、老人に対して頭を下げる。

 すると老人はクリスタの肩を軽く叩いた。


「そのような態度を私が望んでいるとは、本気で思ってはいないだろう?」


「はい……キースお爺様!」


 クリスタが跳ねるように立ち上がると、二人は互いを優しく抱きしめた。



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