32 竜の女王と聖公女
クリスタと聖騎士がアクシアを連行した先は、ラグナバルにおける正教会の拠点であるグリミア大聖堂だった。
四つの尖塔が聳える城のような建物は、地上階には一度に四千人を収容できる巨大な礼拝堂の他、数百人の修道士が生活する居住施設があり、地下には武器庫や練兵場まで整備されていた。
アクシアは到着するなり、聖印が刻まれた鎖を解かれることもなく、地下三階に設置された『懺悔の独房』という名の監獄に入れられた。
連行される間も、そして投獄された後も、アクシアは一切抵抗しなかった。
(この状況を創り出した原因は全て我自身にあるか……確かにカルマが言った通りだな……これから何をすべきか、其方が迎えに来るまで真摯に考えて答えを出そう!!!)
アクシアは思考を巡らせる。鉄格子に囲まれた監獄の中は薄暗かったが、教会の方針からか掃除が行き届いており、不潔ではなかった。
考えることは得意ではないが、カルマの思いには応えたい。アクシアは時折散漫となる思考を必死に集中させて、正しい答えを追い求めた。
投獄されてから、どれくらい時間が経っただろうか。地下室にいることもあって時間の感覚が怪しかったが、空腹感からそれなりの時間が経過していることは解った。
アクシアは近づいてくる気配に気づいて顔を向ける。
思考の邪魔をした相手を、金色の瞳が不機嫌に見据えた。
「アクシア嬢と呼んで構わないかしら? 生憎、私は貴女の家名を知らないのよ」
クリスタは一人で監獄の前に立っていた。サーコートだけは脱いでいたが、剣も鎧もアクシアを連行したときのままだった。
「……好きにしろ」
貴様などに興味はないとアクシアは吐き捨てる。
「ええ、そうさせて貰うわ」
クリスタは笑みで応じた。しかし、決して油断している訳ではない。自然体でありながら、いつでも剣が抜ける位置に手を置いている。
「これから貴女に幾つか質問をさせて貰いうわ。応えたくないなら、それでも構わないけど……黙秘しても、貴方の為にはならないと思うわよ?」
アクシアは何も応えなかった。
それを同意と受け取ってクリスタは続ける。
「貴女が持っている強大な魔力……その力を貴女は誰から与えられたの? 道化の神ベルベット? 獣人の神ガルーディア? それとも……」
「貴様は何を馬鹿げたことを言っておるのだ? 我の力が神に与えられたものだと? 全ての生命を神が創造したという神話を語るのあれば間違いではないであろうが……実に下らぬ!!!」
「あら。貴女こそ短絡的な思考は辞めた方が良いわね。勿論、比喩的な表現に決まっているじゃない――道化の神や獣人の神に仕える者たち……つまり『幸運の教会』か『猛き者の教会』、あるいは別の教会の人間が、儀式魔法で貴女に力を与えたんじゃないかって私は疑っているのよ?」
アクシアを言い負かそうとか、説得しようという意図ではない。
そのくらい考えるのは当然でしょうと諭すように言った。
「……だから、貴様の考えなど浅はかだと言っておろうが?」
アクシアはフンと鼻を鳴らした。
「我が力は他者に与えらる程度の脆弱なものではない。我が生まれたときより、我が身に宿る元来の力だ!!!」
クリスタは目を細めて、アクシアを見据えた。
「……もしかして貴女は彼を……カルマ・カミナギを庇っているの?」
「貴様などが、カルマを呼び捨てにするな!!!」
憤怒の感情を叩きつけられても、クリスタは動じなかった。むしろ、何かを確信したように微笑む。
「ごめんなさい、改めるわ――貴女は、カミナギ殿を庇っているんじゃないの?」
謝って訂正したクリスタを、アクシアは訝しそうに見る。
「……貴様は何を企んでおるのだ?」
「あら、何も企んでなんかいないわよ。貴女に悪いことをしたと思ったから、素直に謝っただけじゃない?」
クリスタは何処までも自然体で、賢しさも驕りも感じさせない。
アクシアは見極めるように、じっと彼女を見つめた。
「我にではなくカルマに対する非礼だがな……まあ、良い。貴様の質問に答えてやろう。我がカルマを庇っているだと? それこそ馬鹿げた話だ!!! 我などに庇われるほどカルマは……」
そこまで言ってアクシアは気づく。自分は謀られて、上手く喋らされているのではないかと――カルマは今後の活動の支障とならないために、自分の正体を隠しているのだ。それをペラペラと喋ることは、カルマにとって不利益にしかならない。
危うく騙されるところだったかと、アクシアは口を噤んでクリスタを睨む。
クリスタは一瞬だけ怪訝そうな顔をするが、すぐにアクシアの思惑に感づいて笑みを浮かべる。
「アクシア嬢……そんなに警戒しないでよ? 貴女が庇っているように見えたら言っただけで、私はカミナギ殿のことを疑ってはいないわ」
わざわざ疑うほどの相手ではないと思っていたが、口には出さなかった。
「そんなことよりも……貴女にとってカミナギ殿が特別な人だっていうことが良く解ったわ。貴女は自分自身よりも、カミナギ殿のことが大切なのね?」
「……と、当然であろう!!! 我は全てをカルマに捧げたのだ!!!」
頬を赤らめるアクシアに、クリスタは内心で困ったなと思った。
アクシアを見捨てるように差し出したカルマと、それを当然と受け入れたアクシア――あのときクリスタは、アクシアが簡単に騙されたことを苦々しく思っていたが……こうして二人きりで話をしてみると、彼女の真っすぐでブレない感情に圧倒されそうになる。
単に男に騙されているとか、そんな軽はずみなものではない。騙されているのも事実かも知れないが、アクシアにとってはカルマこそが真実なのだ。
だから余計にカルマを軽蔑する気持ちが強くなったが、それをアクシアに悟らせる訳にはいかなかった。
それと、もう一つ解ったことがある。アクシアが何れかの神の信者であり、教会により力を与えられたという線は薄い。彼女は神など見ていないのだから。
そうなると――状況は単純ではない。アクシアが何者なのか知る必要がある。
「……これは大切なことだから、もう一度だけ同じ質問させて貰うわ。貴女の力は誰かから与えられたものではなく、貴女自身が生まれたときから持っていたもの。それで間違いないのよね?」
「……うむ、確かにそうだな」
アクシアは毅然として頷いた。
決して相容れないタイプだが――カルマという男を一途に盲信しながら、聖公女と呼ばれる自分に対しては不遜とも言えるほど堂々と臨んで、さらには神すらも歯牙に掛けない。そんなアクシアに、クリスタは奇妙な共感めいたものを感じていた。
それでも、アクシアの力の正体を見極めなければならない。そして、もしその力が本当に危険なものだと判明したら――全力で排除しなければならないのだ。




