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20 竜の女王と盗賊退治


 迂闊に目立つ行動を取って人間たちに警戒されると、今後の活動に支障が出る。だからこれまで慎重に行動してきた訳だが――そろそろ次の段階に移る良い頃合いだった。


 争うことなく生きていけるほど、この世界も優しくない。しかもカルマは神々に喧嘩を売ったのだ、これから避けられない戦いに出くわすことも少なくないだろう。


 だったら早いうちに、どこまでの力なら許容されるのか、知っておくべきだと思う。過ぎた力を見せれば化物だと恐れられるが、適度な力を有効に使えば、むしろ好意的に受け入れられるだろう。


 この世界では、身を守るための殺害が犯罪にならないことは解っていた。今回の盗賊の襲撃は、許容範囲を探るには良い機会なのだ。


 隊商から距離が開いたことを確認してからカルマが告げる。

 

「アクシアには街道の左にいる奴らを任せるから、打ち合わせしたやり方で仕留めてくれ。いいか、人目がないからって無詠唱で魔法を使うなよ?」


「そんなことは言われなくとも解っておる。適当に呪文を唱える振りをすれば良いのだろう……火炎球ファイヤーボールよ、我に従い脆弱なるものを殲滅せよ!!!」


 アクシアは形だけの詠唱を唱えると、タイミングを計って火焔球を放った。


 直径二メートルの焔の塊は斥候が潜む草むらを通過して――さらに後方一キロの地点に到達すると、馬から降りて身を潜めていた盗賊たちの頭上で六つに分裂して、大地に降り注いだ。


 摂氏四千度の六つの業火の渦は、鼠花火のように回転しながら盗賊たちを薙ぎ払っていく。街道の左側に潜んでいた盗賊の三分の二が一瞬で絶命した。


「これって、火焔球じゃないよね?」


 呆れた顔で呟きながら、カルマは斥候の眼前に迫る。


 何が起きているのか相手が気づいたときにはもう遅かった。カルマがベルトから引き抜いた金色の長剣が、一閃で首を切り落とす。

 そのまま速度を落とすことなく、カルマは街道の右手に展開する盗賊たちの只中に突っ込んだ。


 突然出現した六つの業火が街道の反対側を蹂躙する方を、盗賊たちは呆然と眺めていた。周囲が草原であり、倒れた死体が隠れてしまうのも一因だろう――。


 だからカルマの接近に気づくのが遅れて、目の前に立つ彼に盗賊の頭が気づいたいたときには、すでに部下の半数以上が仕留められていた。


「貴様……」


 頭は咄嗟に剣に手を掛けるが、抜く前に仕留められる。人間の反応速度など、カルマにとっては止まっているのも同じだった。


 盗賊の命を刈り取るのにカルマが用いたのは、一本の剣だけだった。


 アクシアから貰ったその剣は、黄金の鞘や柄による宝物的価値はあっても、武器としては何の変哲もない二級品だったが――カルマが魔力を通すことで凶悪な兵器と化した。


 盗賊たちの中には金属製の盾や鎧で身を守る者もいたが、その一切が無意味だった。カルマは金属ごと盗賊たちの身体を切り裂いていく。




 生き残った十人ほどの盗賊が敗走していく。


「……カルマよ? 逃走する者は追撃しなくて良いのだな?」


 戦闘時の対応の仕方について、二人は事前に擦り合わせをしていた。どこまで力を行使するのか。それぞれの役割やコンビネーションの取り方についても、幾通りかのパターンーを決めていた。


 結果として、アクシアはカルマの予想の斜め上を行く魔法を使った訳だが、それも予測の範囲内だった。


「ああ、それで良いよ」


 逃げていく盗賊たちの背中を、大して興味もなさそうに眺める。生き残った盗賊はほとんど無傷だった。街道の左側で運良くアクシアの魔法の効果範囲外にいた者と、カルマが接近する前に逃げ出した者たちだ。

 

 アクシアはカルマを見つめて目を細める。


「なあ、カルマよ……其方なら、彼奴らを殺さずに無力化することも容易かった筈だが……何故殺したのだ? ……いや、別に殺したことを責めているのではない。其方ならば、そのように選択すると思っておったのだ」


 素直な疑問を口にするアクシアに、カルマは苦笑する。


「アクシア、おまえは誤解しているよ……俺は平和主義でも無抵抗主義でもないんだ。殺意を持って攻撃してくる相手なら、特別な理由がなければ躊躇ずに殺す――だからさ、おまえは特別だって何度も言っているだろう?

 俺が嫌いなのは、他に選択肢があるのに力を無暗に振るったり、安易に相手を殺して物事を解決しようとすることだ。もっと良い方法が他にあるのに、思考停止して力で解決するのは馬鹿っぽいだろう?」


 なるほど、そういうことかとアクシアは頷く。


 ダグラスたちが追いついてきたのは、それからすぐのことだった。


「……おい、いったい何が起きたんだよ?」


 オスカー・ロウは背筋に冷たいものを感じていた。


 草原の上を駆ける火焔球が分裂して、渦巻く炎が大地を焼き焦がす様子をオスカーも目撃していた。しかし、魔法が炸裂した地点と隊商との距離は一キロ以上もあったから、焔が何を飲み込んだかまでは見えていなった。


 街道の左側には黒く焼け焦げて炭と化した死体が、右側には首だけを切り落とされた死体が無数に転がっている。このような場所に潜んでいたことといい、周囲に転がっている武器や防具の残骸といい、彼らが盗賊団ということは間違いないだろう。


「本当に結構な数がいたんだな。まともに俺たちが相手をしていたら、さすがに厳しかったか……カルマ? 一応聞いておくが、こいつらを殺したのは、おまえとアクシアで間違いないんだよな?」


 この状況に対して、隊商の人間たちがどのような反応を示すのか。それがカルマにとっての最重要事項だった。不自然にならない程度に力を抑えたつもりだが、もし彼らが二人のことを化物のように扱うのなら、今後の方針を変更しなければならない。


「ああ、そうだけど……なあ、オスカー? 盗賊を殲滅した俺たちのことを、おまえはどう思うんだ?」


「どうって……」


 オスカーは正面からカルマを見ると、呆れた顔で頬を掻く。


「……もしかして、女の前だから自慢したいのか? へえ……意外だな? カルマがそういうタイプだとは思わなかったぜ」


「いや、それは違うから」


 とりあえず懸念していた反応ではないと内心で胸を撫で下ろしながら、考え違いを正そうとするが無駄だった。

 オスカーが肩を叩いて、白い歯を見せる。


「まあ、良いから良いから。おまえが強いのは解ったし、それを女の前で自慢したいのも男として当然だよな! だけどよ、アクシアも相当みたいだから、あんまり自慢すると鼻につくんじゃないのか?」


 一人で納得しているオスカーに、カルマは顔を引きつらせた。


「だからさ、オスカー? そういう意味じゃ……」


「貴様は何を言うのだ!!! 我がカルマの強さを露ほども疑う筈がなかろう!!!」


 アクシアがカルマの言葉を遮ってオスカーに文句を言う。


「あ、ああ、そうだな……俺が悪かった」


 オスカーはアクシアの勢いに押さながら、カルマの方を見てニヤリと笑った。


「何か腹いっぱいって感じだな。カルマ、ごちそうさま」


「……ああ、そうかよ。もう勝手にしてくれ」


 疲れた顔をするカルマに、別の声が掛けられる。


「自分の発言の責任を、君は見事に果たしたようだな」


 ダグラスが馬車から降りて、カルマたちの元にやってきた。


 周囲に転がる死体の山に思うところはあったが、それでも隊商の危機をカルマたちが救ったことには疑う余地もない。


「カルマ君……君の働きは実に見事なものだ。僕は隊商の隊長として、最大限の敬意を払わなければならないね」


 今のダグラスに、アクシアの好意を独占するカルマへの悪感情はなかった。

 だからと言って恭順するとか、ましてや媚び諂う卑しさなども一切ない。隊商の責任者として、驚異的な力を見せたカルマと交渉しようとしているのだ。


「報酬についても、君の活躍に相応しい額を用意させて貰うよ。大きな仕事を成し遂げた輩には、僕は惜しみない賞賛を送るのだと覚えておいてくれたまえ」


 あわよくば、カルマとの協力関係を築きたい。そんな思惑を匂わせながら、足元を見られるから直接的な勧誘はしなかった。

 だからダグラスという男は侮ることができないなとカルマは思う。


「ああ、それはどうも……だけどさ、俺たちは仕事として請けたんだから、約束さえ果たしてくれれば構わないよ」


 追加報酬で釣ろうなんて考えるなよと揶揄うように笑うカルマを、ダグラスが睨みつける。


「ああ……そうだな。君はそういう奴だ。だからこそ、僕は君の言葉を受け入れたんだ」


 称賛と口惜しさが混ざった視線に、カルマが強かな笑みを返していると――アクシアが強引に割り込んで、腕を絡め取った。


「おい……いきなりどうしたんだ?」


 戸惑うカルマの顔を、アクシアが覗き込む。


「なあ、カルマよ!!! まだ我の働きについて、其方の評価を聞いておらぬ。我は……其方の期待に応えられたのだろうか?」


 真っすぐに感情をぶつけてくる金色の瞳を間近に感じながら、カルマは思った。

 自分がアクシアを従わせているなど、愚かな勘違いかもしれない。少なくともカルマには、相手を無条件で信じられるような強さはないのだから――


「ああ、解ったよ……アクシア、おまえは良くやった。おまえを選んで良かったって、俺は本気で思っているよ」


 これまで自分の思う通りに、自由に生きてきた竜族の王であるアクシアが、カルマの出した条件を守って戦ったのだ。それだけで上々の出来だと素直に評価していた。

 しかし――その言葉はカルマの予想を遥かに超える反応を生み出した。


「……カルマ!!!」


 理屈とか評価とか分析とか、そんな合理的な言葉の一切を無視して、アクシアはカルマの胸の中に飛び込んだ。


「何と言って良いのか……よく解らぬが……我は嬉しいぞ!!!」


 全力のアクシアを感じながら、カルマは宥めるように肩を叩く。


「ああ。俺も訳が解らないよ……」


 憮然としているダグラスに少しだけ罪悪感を覚えながら、カルマは困ったように、それでも優し気な笑みで応えた。



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