表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
中魔王メデューサ  作者: 隘路(兄)
6/46

第6話 人間界のインゲル(後編)

 その夜、皆が寝静まったはずの時間、ウェスタがえるは部屋に灯りがともっているのに気付いた。

 向かってみるとそこは書棚だった。

 そこにいたのは僧侶ジャンヌだ。


「気になる本が?」


「ウェスタ、起きていたのね」


 ジャンヌは人当たりはいいが、淡々としていて掴みどころのない人物だ。

 その彼女が敢えて夜中になってまで読もうとする本は何なのか。


「美術書よ」


 どうやら各地の美術品の写生画の描かれた本らしい。


「美術に興味があるのか?」


「この石像を知ってる?」


 美の女神カリス、そう題されたのは優美で毅然とした女神像の写生画だった。


「この像は五百年前に姿を消したの。それ以来誰も見たものはいない。この絵も六百五十年ほど前のものだわ。

 災害に巻き込まれた訳でもなく、盗品が取引された形跡もない。歴史からこつ然と姿を消したの」


「それが気に入っているのか?」


「作者は生涯をかけてこの石像を彫り続け、死ぬまで手放さなかったそうよ。

 だから写生画ですらここまで生き生きしているんでしょうね」


 神々や天使の像には魔族なりの偏見が入らざるを得ない。

 ジャンヌと同じように価値を感じることは不可能だ。それでも、


「確かにまるで生きているようだ。これが石像だったとは信じられない」


 と思わず言ってしまった。

 ウェスタもこの石像の凄みは認めざるを得なかった。

 ジャンヌの表情が緩む。ウェスタの答えに満足したようだった。

 そこでウェスタは観葉植物の陰に戻って休むことにした。


 まだジャンヌは美術書を観ていた。

 いや、ウェスタの知る限りページを捲る音が全くしていない。

 美の女神カリス、そのページだけをジャンヌは見続けているようだった。


「じゃあ帰るね、おばあちゃん」


「またいつでもおいで」


 またの機会はおそらくないだろう。

 仮にまた来ても老婦人が気付くまい。

 インゲルは本当はメデューサの蛇髪で、少女の姿は仮の姿なのだから。

 インゲルもそれは分かっていたが、寂しい素振りは見せなかった。


「お使いだけ済ませていい?昨日作ってたのはおばあちゃんの孫娘の誕生日プレゼントだったんだ」


 出発後も笑顔でそう言っただけだ。


 港町クロクに老婦人の孫娘は住んでいた。

 孫娘の家に向かうインゲルを勇者一行は物陰から見守る。

 アイギスの手にはカエルになったウェスタもいた。


「おばあちゃんから誕生日プレゼント。チョコケーキよ」


「うええ…」


少女は露骨に嫌な顔をした。


「ばあちゃんのチョコ苦くてまずいんだよね」


「あ、そう。じゃそういうことで」


 インゲルはウェスタたちの元へ戻って来た。


「さあ、魔界に戻りますか」


「もういいの?」

心配そうにアイギスは尋ねる。


「わたしが戻らないとウェスタを生き返らせることができないじゃない。そっちの方が気掛かりよ」


 インゲルは素っ気なく言った。


「それに人間って結構しんどい、早く戻りましょ」


ところが…


「待て!まだ魔界には戻れないぞ!」


 言ったのはインゲルの足元のウェスタがえるだ。


「まだあの孫娘はおばあさんにお礼をしてないじゃないか!」


「不味いって言ってたし、お礼する気なんかないでしょ」


「それが駄目だと言っている!」


「どうしろって言うの?」


インゲルは苛立ち気味だ。


「お返しのチョコを作らせずに魔界に戻る訳にはいかない」


「あんたの都合で魔界に帰るんだけど分かってる?」


 腕を組んでウェスタがえるを見下ろす。


「もう一度あの娘に会いに行くんだ」


「うええ…」


インゲルは露骨に嫌な顔をした。


 とにかく再び孫娘の元を訪ねてみる。


「なんだよ?まだなんか用?」


「あのさ、おばあちゃんにお返しのチョコとか作る気ある?別にいいんだけど」


「は?ねーよ」


「だよね。おばあちゃんにはわたしがなんか買って帰るから。じゃそういうことで」


 インゲルはそそくさと立ち去ろうとした。感謝もしてないんだからお礼などを作ろうはずもない。ところが、


「待てよ」

少女から呼び止める声が。


「なんであたしのばあちゃんへのお礼をてめーが決めんだよ?」


「あなたが作らないからでしょ」


「作るし」


「え?」


意外な一言だった。


「ばあちゃんへのお礼ならあたしも一緒に作るから。あがんなよ」


「なんでわたしも作る話になってんのよ?」


「言いだしっぺだからじゃん」


 言いだしっぺじゃない!心の中でそう思ったが、それを彼女に言う訳にも行かず、しかたなく孫娘の家に入る。

 振り返って見るとウェスタがカエルなりのガッツポーズをしていたるのが腹立たしい。


 かくしてインゲルと孫娘はお菓子作りをすることになった。


「生チョコでいいわよね」


「そんなの作ったうちに入んねーし。やっぱチョコケーキっしょ」


「作れるの?」


「あんた、ばあちゃんと一緒に作ったんだろ?」


「それが初めてだって!」


 料理と言うより手作業全般を今までしたことないとは言えなかった。

 孫娘もどうやら料理の経験がなかったようだ。


「こりゃあ長引きそうだな」


 フードの間からゲイリーがつぶやく。


 ゲーゴス、フィリップ、ジャンヌも呆れ気味だ。


「わたしも行ってくる!」


 アイギスは目を輝かせて、孫娘の家に入って行く。


「え?勇者様、何で?あんた勇者様と友達だったの」


「まあガールズトークくらいはするわね」


「へへ、わたし生まれ育った修道院ではパンを作ってたんだから」


「ホント?そりゃあ頼りになるわね」


「オーブンの出し入れは任せて!」


「………」


「………」


 アイギスが加わっても状況は好転せずチョコケーキは完成しなかった。


「どうすんだ?ウェスタ」


「おばあさんを呼んで作り方を教わるのはどうだろう?」

「それじゃあ意味ないだろ」


 ゲイリーとウェスタが言い合っていると無言で立ち上がり、孫娘の家に入って行く者がいた。

 白いヴェールと薄紫の修道服、勇者一行の僧侶、ジャンヌである。


「あ、ジャンヌ」


「これ以上食材を無駄にするのは美しくないわね」


 そう言うとジャンヌはエプロンを付け、


「貸して」


 アイギスから泡立て器とボールを奪い取った。

 普段の柔和な印象と打って変わっての、厳しい声だった。


「テキパキ、無駄なく、美しく、行くわよ」


「は、はいっ」


 三人ともすっかり圧倒されてしまう。


「分量を正確にね。チョコも!牛乳も!ココアパウダーも!」


「卵白の泡立て方は正確に!」


「焼き加減を間違えたら全てが水の泡よ。時間と!温度を!正確に!」


 ジャンヌの采配によって瞬く間にチョコケーキは完成した。


「美しくできたわね」


「そういや修道院の食べ物もジャンヌが大概作ってたんだった」


「それを先に言いなさいよね」


「す、すげーじゃん、ジャンヌ様!」


 プレゼント用の包装もジャンヌが美しく仕上げたのだった。


「さあ、これを持っておばあちゃんに会いに行きましょう」


 ジャンヌは孫娘にチョコケーキを手渡した、が。


「あなたの言葉使いは美しくないわ。もっと美しく話しなさい」


「わ、分か…りました…」


 ついでに顔を近づけて厳しく言い付けたのだった。


「おばあちゃん、喜んでくれるかなあ」


「喜んでくれるといいわね」


「大丈夫よ、二人とも!絶対喜んでくれるって!」


 出来上がったチョコケーキを届けるため、一行は結局また老婦人の屋敷に立ち寄ることになってしまった。


「おやおやそうかい、うちの孫が。わざわざ済まないねえ」


 老婦人は孫娘からのお返しをとても喜んだ。

 ところが彼女は包みを開けるとそれをインゲルに返した。


「わたしは甘いものは苦手でねえ。みんなでお食べ」


「これで魔界に帰る気になった?」


 お土産になったチョコケーキを持ったインゲルは言った。


「ああ。大事なのは気持ちを繋げることだ」


「そうかもね」


「ねえ、せっかくだからインゲルちゃんを人間のままにはできないの?」


 アイギスは思っていたことを言った。


「蛇髪を全て失ったメデューサ族は死ぬ。仮に死ななかったとしても魔力のバランスが狂い戦えなくなるだろう」


「そんな。これでお別れなんて寂し過ぎるわ」


 アイギスはまだ胸のつかえが取れないようだ。


「わたしは寂しいなんて思わないわ。元の自分にも誇りを持ってる」


 インゲルはあくまで毅然としていたが、


「でも、いい思い出ができたとは思ってるわ」


 そう言ってほほえんだ。ウェスタはいい笑顔だと思った。

 先の分からない戦いが続くが、人間界でインゲルを笑顔にできたことには小さな希望があると思った。

 アイギスはインゲルの強さを見習いたいと思った。

加筆修正しました

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ