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中魔王メデューサ  作者: 隘路(兄)
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第5話 人間界のインゲル(前編)

「う…」


 勇者一行の戦士、ゲーゴスは目を覚ました。

 魔界の岩場に隠れたちょっとした広場だった。

 テュポーンの熱線からアイギスをかばい、即死だったが女神の加護のある彼らは死からも蘇る。

 ジャンヌの回復魔法によって蘇生したのだった。


「ゲーゴス!わたしをかばうなんて!」


 アイギスは泣いていた。


「こんなこと二度としないで!」


「おれ達はお前を守るために女神に選ばれたんだ。気にするな」


「だめよ。命は大切にして!」


「分かった。分かったから泣くな」


 それにしても妙だ、とアイギスの泣きわめき様を見てゲーゴスは思った。

 アイギスの性格は知っていてこういう物言いをするのは不思議ではなかったが、それでも取り乱し過ぎだ。

 おれはこの通りジャンヌによって蘇生されるのだ。

 残念だが自分の死を悼んでのものではないだろう。

 自分の隣に誰か寝ている。

 メデューサの魔王だった。身動き一つしていない。


「…死んでいるのか」


 女神の加護で生き返ることのできるのは勇者一行である自分たちだけだ。


「なんてこった」


 魔王テュポーンを倒した訳ではなかったようだ。ウェスタを倒されて総崩れになって撤退したのだった。


「これからどうするんじゃ?」


「どうするの?アイギス」


 フィリップとジャンヌが尋ねる。


「……………」


 アイギスはまだ気持ちの整理が付かなった。


「こんなところにいましたか」


「誰だ!」


 岩場に現れる姿。

 白いゆったりしたローブを纏った姿。

 おっかぱ頭に金の髪飾り。

 褐色の肌の整った顔立ちの少年だった。

 しかし、背中には鷲の翼が生えている。


「探しました。テュポーンが暴れていたのでもしやと思いましたが」


「アンクじゃねえか」


「知ってるの?ゲイリー」


「ああ、スフィンクス族の魔王アンクだ。

 確かにウェスタとは仲が良かった。

 お前もあいつに声を掛けられてたのか?」


「はい、人間界の書物は示唆に富んでいます。

 争いで失うのは惜しいと思ってました」


 ウェスタは大魔王に対抗するに当たって魔王アンクにも声を掛けていたようだ。


「しかし、当のウェスタが死んじまっちゃあ…」


 ゲイリーは近くの岩に拳を叩きつけた。


「そうですね、もうちょっと頑張ってもらいたかったですね」


「あなた、何を言ってるの!?」


 アイギスは思わず叫んだ。


 この少年の言うことは非常識だ。

 ウェスタと仲がよかったらしいのに、その死を悼むそぶりも見えない。


「彼は死んでしまったのよ!」


「いえ」


 少年は首を振った。


「見たところ、想定通りの状態です。

 大丈夫です。彼らは生きていますよ」


「わたしの作った魔法の道具でインゲルに彼の魂は移り、人間界に飛びました。

 インゲルが人間界にいるはずです」


 アンクはそう言うと水晶玉を取り出した。


「そしてこれでインゲルの居場所が分かります」


「ほっほー、これも策の内か」


 フィリップは感心した様子だ。

 どうやらウェスタは事前の準備をしてあったようだった。


「しかし、バロールの凶眼に対抗するためと言っていたのにこんなところで使ってしまうとは」


 バロールとは大魔王の側近の魔王。

 見るものに死をもたらす「致死の凶眼」の使い手だ。メデューサ族にとってはこの上なく相性が悪い。


「それでウェスタとインゲルちゃんが生きてるって本当なの!?」


 アイギスは少年に詰め寄った。



 少年が水晶玉を手近な机に置き、魔力をこめると水晶に映像が映し出された。

 金髪をおさげにした愛らしい少女が老婆と共に室内で料理をしている姿が映し出される。

 花柄のカチューシャと赤いワンピースが印象的だ。


「誰だこの子は?」


 ゲイリーが言うと、


「言ったはずです。インゲルの居場所が分かると」


 アンクは答えた。


「まさかこの女の子が!?」


 アイギスは驚きの声をあげた。

 赤いワンピースの似合う少女が老婦人と談笑する姿は本当の祖母と孫にしか思われない。


「人間になってたとはなあ」


「かわいい!そう言えばこの子のカチューシャの花、おんなじだ!」


 アイギスはすっかり喜んでいる。


「そのカチューシャに魔法をかけました。花にはまっていた宝石が砕け散ったはずです。」

 確かに花飾りのめしべにあたる部分が窪みになっている。ここに宝石が付いていたのだろう。


「わたしの最高傑作の貴重な宝石です。二度目はないでしょう。

 それはさておき、おそらくウェスタも側にいるはずです。二人をここに連れてくればウェスタは生き返るでしょう」


「そうと分かりゃあ人間界に行ってみっか」


「でも元に戻すのちょっとかわいそう。あんなに楽しそうなのに」


「インゲルにもこのことは話してあります。本人も了解済みのことです」


「そう…」


 それでもアイギスは楽しそうにしている少女の姿を見ると残念でならなかった。



 アンクの魔術は映し出された場所がどこなのかも突き止めた。

 貿易都市と名高い港町クロクに近い山地の中腹に建てられた邸宅だった。

 アイギスはすぐに向かうことにした。


「あなたたち人間界では目立つんじゃない?」


「わたしは復活の準備をしていますよ。皆さんでどうぞ」

 とアンク。


「俺はいつもフードしてるぜ」


 ウェスタを共に人間界に行っていたというゲイリーは準備万端だった。


 インゲルのいるらしい邸宅は遠い。人間界に来てすぐ野営をすることになった。

 僧侶ジャンヌの魔法の結界で安全に休むことが可能だった。


「ねえ、ジャンヌ?」


「起きているの?アイギス」


「テュポーンを倒せるかしら?大魔王も」


「ウェスタを復活させてから考えなさい」


「こんなことになって。彼を巻き込んだわたしのせいだわ」


「彼が自分で決めたことでしょう」


「でも、わたし…もうこんなの嫌。目の前の人々を守るのがわたしの使命なのに」


 アイギスは泣いていた。ジャンヌは彼女を抱きしめた。


「どんな時でもわたしがついてるわ」


 アイギスはジャンヌの豊満な胸に顔を埋めて泣き続けた。


「あなたにはわたしがついてるわ。大丈夫」


 ジャンヌはアイギスの頭をただ強く抱きしめていた。



 数日後、アイギス達は老婦人の屋敷にやって来た。ドアをノックしてみる。

 あ、わたし出るわ、という声の後ドアが開き、水晶球に写っていた赤いワンピースの少女が現れる。


「こ、こんにちは、わたし達のこと分かる?」


 アイギスは恐る恐る話し掛けた。今さらながら本当に目の前の少女がインゲルなのか不安になって来る。


「あ、来たのね?」


 インゲルはアイギスたちのことを覚えていた。


「ウェスタもちゃんと生きてるってスフィンクスの子が言ってたけど……」


「うん、いるよ。

 わたしの部屋にいるけどおばあちゃんには内緒なの。

 まずはみんなをおばあちゃんに紹介しちゃうわね」



「インゲルちゃん、勇者様とお友達だったんだねえ」


 一行は老婦人の家に上がり、もてなしを受けた。

 インゲルはたまたま婦人の屋敷の近くに跳ばされ保護を受けていたのだった。

 大きな屋敷でインゲルも一室を与えられていた。

 もてなしの食事が終わると一行はインゲルの部屋に向かった。


「どうぞ」


 インゲルを先頭に部屋に入る。

 元は老婦人の娘が使っていたという部屋は綺麗に片付いていた。


「ウェスタ、みんな迎えに来たわよ」


「うむ」


 机に置かれた観葉植物の陰から声が聞こえる。

 姿は見えない。

 が、観葉植物の陰から一匹のアマガエルが姿を現す。


「みんな、よく来てくれた」


 声は間違いなくそのアマガエルからだった。


「もしかしてあなたが?」


「ああ、わたしがウェスタだ」


「なんでそんな姿なんだ?」


「アンクの魔法の効果は人間界に瞬間移動で退避し、インゲルを人間に変えることだった。そして、わたしの魂は手近な小動物に乗り移る」

「よりにもよって蛇が天敵のカエルかよ」


 ゲイリーはまじまじと目の前のカエルを見ながら言った。


「インゲルちゃん、食べちゃだめだぜ」


「何度か食べそうになったけど、今は生ものはそれほど食べたくないわね」


 素っ気ない一言だったが、ウェスタは縮みあがった。


「蛇に睨まれたカエルの気分だったよ」


 一行は思わず笑ってしまった。


「笑いごとじゃない!」


「いいじゃない。みんな心配したんだよ」


 微笑みかけるアイギスだったが、目が少し赤く、声もかすれ気味なことにウェスタは気付いた。


「心配かけてすまなかった。迎えに来てくれてありがとう」


「よろしい!無事でよかったわ、ウェスタ」


 一行は一晩屋敷に泊めてもらい、翌日出発することにした。

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