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中魔王メデューサ  作者: 隘路(兄)
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第4話 ウェスタ死す

「こんなことをしてただで済むとおもうな……!」


 ヒートラは絶命した訳ではなかった。立ち上がることはできなかったが、まだ戦意を喪失してはいなかった。


「今だ!かかれ、サイクロップス!」


 気が付けば部屋にもう一人の人影があった。

 ウェスタと同じく魔界王族のコートとキュロットを着た男。

 しかし、ウェスタよりはるかに長身で筋骨隆々、コートの下のシャツは襟にも袖にもレースの装飾はなく、ラフな着こなしの胸元からはたくましい筋肉が見える。

 軽くパーマを当てた金髪とわずかに伸ばした顎鬚と精悍な顔つきで年の頃はウェスタとそう変わらないはずだ。

 ただし、額には金髪の間から角が伸びている。

 この角と堂々たる体躯がサイクロップス族の特徴だ。

 先祖は一つ目だったが、今ではそれは一族でも滅多にいない。

 手には巨大な金棒を手にしていた。軽々と片手で持っていたが、人間ならそもそも持ち上げることができないだろう。


「サイクロップス、今なら奴らも消耗しておる。倒せ!」


「……………」


 サイクロップスはゆっくりと近づいて来る。

 アイギスはこの連戦は厳しいと思った。引き連れている部隊がゲーゴスたちと戦っているのならそちらも心配だ。

 サイクロップスはウェスタとアイギスに接近し、しかし、そこを素通りして行く。そして……


「な、何をしている?サイクロップス!」


 サイクロップスはヒートラを隠し持っていた縄で縛り始めた。


「すまねえ、イフリートの旦那。俺もちょくちょく人間界に行っててさ。

 鍛冶の技術を学びたいから戦いたくねえんだ」


 サイクロップス族と言えば代々優れた鍛冶職人として有名だ。


「くっ!お前まで敵と通じていたのか!」


「それに人間界に彼女もいるんだよな」


「何だと!」


「大魔王を倒すまでは地下牢にいてもらうぜ。なるべく不自由しないようにすっから許してくれよ」


 ヒートラを地下牢に幽閉し、城の制圧は成功した。

 ゲーゴスたちもイフリート城の敵部隊を無事に倒していた。


「彼はゲイリー、サイクロップスの魔王だ」


「ウェスタのお友達なのね?」


 アイギスは恐る恐る話し掛ける。


「ああ、よろしくな。勇者のお嬢ちゃん」


 握手を求めて来るゲイリーは人当たりのいい青年のようだった。


「彼と一緒に人間界に来ていたんだ」

 とウェスタ。


「ハイドラの能力を奪ったって聞いてたから勇者ってのはどんな悪魔のような奴かと思っていたが、天使みたいにかわいいじゃねえか」


「ふふ、面白い人なのね、こちらこそよろしく」


「また変なのが増えたな」

 戦士ゲーゴスは呆れ気味だ。


「あんたの斧、かっこいいな。今度じっくり見せてくれ」


「ふん」


 二人の性格は正反対で打ち解けるのには時間が掛かりそうだ。


「思い付きの反乱ではなく、それなりに策は巡らせてある。そう思っていいんじゃな?」


 フィリップはウェスタを値踏みするように見つめた。


「はい、そのつもりです」


「ジャンヌもいい?」


「ええ、いいわ」


 僧侶ジャンヌは相変わらず気にする様子もなかった。


 魔界の赤黒い空の下ウェスタたちの旅は続く。険しい山岳地帯に差し掛かっていた。

 複数の魔獣の雄叫びが鳴り響く。


「騒がしいわね。魔界っていつもこうなの?」


 アイギスは思わず尋ねる。


「どうかな。普段は気にもしないが、今日は大きく聞こえる。気持ちが高ぶっているせいかも知れない」


 地響きまで断続的に響いて来る。魔獣たちが全速力で駆けて来て一行を通り抜けて行く。


「気のせいじゃあないわね」


 インゲルも思わず銀髪の間から顔を出した。


「何が起こっている…?」


 魔界の住人であるウェスタやゲイリーにも分からなかったそれは、山の間から姿を現した。

 それは山のように巨大な生き物だった。比喩ではなく実際に周囲の山々と同じサイズの生き物であった。

 それは瞳のない黒い目と牙の生えた歯を持ち、長い角は髪の毛代わりの十頭の竜の間から伸びていた。

 手足の爪は鋭く伸び、下半身は茶色い毛に覆われている。


「テュポーンを解放したのか!」


 ウェスタはその姿にようやく気が付いた。


「何なの?あれは!」


「テュポーン。有り余る生命力で唯一生き残っている初代の魔界十二支族だ」


「初代十二支族…」


「しかし当に理性は消え失せ、誰の言うことも聞かない。

 三代目大魔王ハーデスが巨大な城にまじないを施し辛うじて封印した」


「あれがテュポーンか。誰が解放したんだ…」ゲイリーも名前は知っていたが見たのは初めてだった。


「わたしだよ」


 一行の近くの丘にいたのは黒の礼服に黒と赤のマントを羽織った黒髪と深い皺に刻まれた顔を持った初老の男だった。

 吸血鬼ブラム、現大魔王だ。


「大魔王!」


「もう私達の足取りが知られているだと!」


 いずれは気取られる、その目算はあったが、この速さは驚きだった。


「あたし達普通に速いし」

「微妙に速いし」

「逆に速いし」


「ハーピー三姉妹か!」


 いつも城内でしか見かけなかったが、ハーピーの機動性を甘く見るべきではなかった。


「見張られていたのか」


「貴様を疑わないと思っていたか?」


 大魔王ブラムはウェスタに狙いを定めてハーピー達に監視させていたようだった。

 そんな話をしている間にもテュポーンがウェスタたちに迫って来る。


「理性を失ったテュポーンの制御はもはや誰にもできない。

 しかし、初代十二支族ならば神の軍勢と戦っていた過去がある。

 天界の加護の気配を狙わせることは可能だ」


 この巨大な怪物は理性がなくとも、勇者一行を狙って来るようだった。


「巻き添えは敵わんから我々は帰らせてもらう。遠慮せず存分に戦うがいい」


 そう言うと大魔王は巨大なこうもりに姿を変え、ハーピーたちと共に飛び去って行った。


「うらあ!」


「そりゃあっ!」


 ゲーゴスは斧で、ゲイリーは金棒でテュポーンの足元まで近寄って攻撃をしかけてみたが、傷は負うもののそれに気付きもしない。

 フィリップとジャンヌも雷撃と聖なる光の魔法攻撃を行った。

 この二つの魔法は相性がよく相乗効果を望める連携だったがやはりテュポーンの動きは止まらない。

 そして、頭部の十頭の竜の口からは熱線が放たれる。

 やはり大魔王の発言通り勇者一行を目掛けて飛んで来るようだ。

 近寄り過ぎていたゲーゴスは盾がなければ危なかった。その盾も聖なる加護で守られた伝説の武具だが、溶けかかっている。


「こりゃあヤバいな」


 ゲイリーはそう言うと岩陰に隠れた。そこにウェスタもいた。

 二人は一応隠れていればテュポーンにつけ狙われはしない。


「どうするよ?歯が立たないぜ」


「さすがは初代十二支族、だな」


 そういうとウェスタは辺りを見回し出した。

 テュポーン城は岩山を利用して作られた堅固な城でその側のこの辺りも山がちだった。


「やりようはあるか」


 ウェスタは立ち上がる。


「テュポーンの顔にある程度近寄れば蛇眼を使えるはずだ。周囲の地形を辿れば相手の肩まで登れるだろう」


 テュポーンを恐慌させて戦意を喪失させる作戦だった。


「ただ近寄るにしてもあの竜髪は厄介だ。少しだけでも敵の注意を引き付けることはできないか」


「って言ってもなあ」


 ゲイリーとゲーゴスの渾身の一撃でも注意が払われなかったばかりだ。


「わたしが引き受けるわ!」


 近くに来ていたアイギスだった。


「ゲイリーさん、その金棒を貸して」


「これをお嬢ちゃんが?俺以外には使えねえよ」


「いいから早く!あとゲーゴスは盾を!」


 アイギスは歴戦の勇者で細腕ということはなかったが、サイクロップス用の武器に加えて盾まで持つという。

 正気とは思えなかった、が。


「ミノタウロス!」


 アイギスは叫ぶと金棒を軽々持ち上げ、ゲーゴスの盾を受け取りに向かい、それも身に付けた。

「勇者の力」だった。以前ハンス村跡で打ち取ったミノタウロスの魔王、ミノースの怪力だ。


「やっぱ悪魔かも」


 ゲイリーもその力に圧倒される。


「てえ――い!」


 アイギスがテュポーンの足に殴り掛かると今度はよろけた。

 巨体から悲鳴の雄叫びが轟いた。

 そして、テュポーンの巨大な腕のパンチもアイギスは金棒で受け止めた。


「くぅっ!これは体力も魔力も消費するから長くは持たないわ。急いで、ウェスタ!」


「分かった!」


 岩山を駆けあがり、テュポーンの肩を目指す。


「盾が!」


 パンチは受けられたが、竜の熱線までアイギスを狙って来る。盾が完全に溶けて原型を失ってしまった。


「よし!」


 ウェスタはついにテュポーンの肩に飛び乗った。


 ウェスタの双眸が蛇のそれに変わる。その気配にテュポーンも首を向ける。


「いいぞ。こっちを向いたな」


 巨大な真っ黒の目がウェスタと合う……………。

 何も起こらない。テュポーンは無反応で、しばらくすると再び竜髪をアイギスに向け始めた。


「何故だ!何故効かない!」


 ヒートラの時のように魔力で防御壁など作られてはいない。


「どうして効かないの?」


 インゲルも分からなかった。

 ウェスタの顔をのぞき込んだが、ちゃんと蛇眼が表われていた。蛇眼の視線が相手の瞳に通ったのに効果がない。


「恐れていない…、というのか」


 蛇眼の効果がないのではなく、効果を発揮してもなお目の前のウェスタに恐れなど感じていないのだった。

 相手が強大過ぎた。テュポーンはやがて顔もアイギスの方に向き直し、熱線の狙いを定める。


「やめろぉっ!」


 拳と力比べをしていて身動きの取れないアイギスに熱線が発射される。


「これまでね…」


 アイギスは覚悟を決めた。複数の熱戦がアイギスに到達する………、かに見えたその時。


「うがあああああっ!」


 アイギスの目前で熱線を受けた者がいた。

 戦士ゲーゴスだった。

 全身に鎧を着込んでいて、はっきり様子は分からなかったがピクリとも動かない。即死だった。


「ゲーゴス!わたしの代わりにっ!?」


 突然の乱入者にテュポーンも驚いたようで拳を戻した。


「こうなったら!」


 一方のウェスタは剣を抜いていた。


「蛇眼の効果がないなら、瞳を刺し貫いて動きを止めるまで!」


 ウェスタは横を向く巨大な顔面に飛び掛かる…!


「ぐ…がっ…!?」


 ウェスタに熱線が命中していた。一本の竜髪はウェスタに狙いを付けていたのだった。

 そして一本で十分だった。

 体内の血が沸騰する未知の苦痛と恐怖も一瞬だった。

 ウェスタは落下して行ったが、その間全く身動きをすることはなかった。


 アイギスは落下したウェスタの元に駆け付けた。

 心臓が止まり、絶命しており、インゲルもほぼ根元から千切れてしまい姿が見えない。


「こんな…!インゲルちゃんまで!」


「このままじゃ俺たちもあぶねえ。一旦引くぞ」


 ゲイリーはウェスタの亡骸を抱えた。

 ゲーゴスの巨体はアイギスがミノタウロスの怪力で抱え込んだ。


「よし!逃げるぞ」


 一行は退却した。テュポーンは興奮したのか見境なく暴れ始めたので、何とか逃げおおせることができた。


「こんなの…!こんなの……、こんなっ………!」


 アイギスは変わり果てた姿で運ばれるウェスタにショックを隠し切れなかった。

 初代十二支族の強大さがここまでとは。

 戦士ゲーゴスが、そして平和と自由のために戦うと言ってくれたウェスタが命を落とした。


「いやああああああああああっ!」


 アイギスの絶叫が魔界にこだました。

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