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中魔王メデューサ  作者: 隘路(兄)
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第37話 アクペリエンス(後編)

『石化の蛇眼』の石化の材質を『美の女神カリス』の像と同じにすれば、女神カリスを石化できる。

 それはアンクのもたらした貴重な情報だった。

 しかし、カリスの魔法の障壁による防御を何とかしなければならない。


 そう懸念していたら大魔王ブラムから「蛇眼を当てるために、結界を破る技は存在する」と提案があった。

 メデューサ流剣技の奥義、「アクペリエンス」がそれだと言う。

「ウェスタよ。わたしと魔界まで来い」

 ブラムはすでに魔界側への扉へ向かっていた。

「お前にメデューサ流剣技を指南してやる」


 魔界の赤黒い空の下、ウェスタの特訓は始まった。

 ここならカリスの目も及ばない。

「あなたはメデューサ流剣技の奥義を知っているのですか?」

「お前の父親を倒した時に蛇眼も剣技も手に入れている」

 倒した敵の能力を得る「知恵の果実」の能力。

 ブラムがメデューサ族の能力を習得しているのは当前と言えば当前だ。

「十年前の最後の反乱の時だ。貴様と違って武闘派の魔王で、好戦的でもあった。殺さずに済む相手ではなかった」

「はい、父は武人でした。メデューサ流剣技は父が発展させた部分が大きいです」

 ウェスタはこの事でブラムを恨んではいなかったし、ブラムにも悪びれる様子はなかった。

「そして、わたしがとどめを刺すために近寄ったら、奴はわたしが蛇眼とメデューサ流剣技を会得したのか聞いて来た」


「わたしが会得していることを確認して見せたら、それは格好だけだと苦言を呈して来た」

「死にかけているのに?」

「うむ。そしてわたしにメデューサ流剣技の極意を授けてから死ぬと言った。奴はわたしとの戦いでは『アクぺリエンス』は使って来なかったのだ。

 さすがにわたしも自分を殺した相手に授けるのかと尋ねたが、お前しかいないのだから仕方ないと言って来た。変わった奴だった」


 ブラムはその時「自分の息子にでも教えればよかろう」とも言ったが、

「おれの息子は筋は悪くないが、どうも剣術に身が入っていない。奥義を授けるなら貴様のような手練れがいい」と言われたのだった。

「敵対しないなら殺しはせん。傷を治してからにしたらどうだ?」と言ったが「授ける事さえできれば思い残す事はない」という。

 のちにブラムは調べたが、不治の病を患っていたようだった。

「不治の病……」

「まあ不摂生が祟っての事ではあろう」

 初めて聞いた話だった。

「わたしが奥義を会得したら笑顔でこと切れていた。安らかな死に顔だったよ」

「お父様……」インゲルは父親の事を思い出していた。

 わがままで破天荒な父親らしくはある。

 インゲルもウェスタもそう思った。


「では特訓を始めるぞ」

 ブラムはまず、鞘から抜いた剣をマントで軽く拭き取った。

 そして意識を集中すると、瞳が蛇のそれに変化する。蛇眼になっていた。その上で眼を閉じる。

 ブラムは剣を目の前で垂直かまえた。刀身が目の前に来る形だ。


「アクペリエンスとは剣に蛇眼の力を宿す技だ」

 そう言うとブラムは剣に魔力を込める。

「魔封じの力を剣に宿し、鏡のように磨き上げられた刀身に……」

 ブラムは眼を見開いた。

「蛇眼を放つ」

 刀身に魔力が宿り、光を放つ。

「完成だ。これは『恐慌の蛇眼』なので『アクペリエンス・テラー』とでも呼ぶべきか。

『金縛りの蛇眼』なら『アクペリエンス・バインド』だな」

 魔封じの魔力で剣に留まっているが、そこには確かに蛇眼の力が宿っている事がウェスタには分かった。

「剣に宿した蛇眼は結界では防げない。しかし、相手の身体に触れれた瞬間、蛇眼は発動する」

 ブラムは剣を振って見せた。

「結界には触れないで相手には当たるなんていいとこ取りねえ」

 インゲルは感心した。

「確かにこれなら障壁を張ったカリスにも通用する」

 ウェスタも手応えを感じた。


「だが、一瞬で完成させなければ実戦では使えん」

 確かにその通りだった。接近戦の最中で使用するという意味でもそうだし、素早い格闘戦を仕掛けて来るカリスが相手という意味でもそうだ。


 そこからは実践での修行だった。害のない「鼓舞の蛇眼」を用いて最速で剣に魔封じの魔力を込め、蛇眼を放つ。

 失敗して魔封じの力が早いと蛇眼が剣に宿らず、かき消えるし、遅過ぎても蛇眼の力が雲散霧消してしまう。

 悪くすれば剣が蛇眼の力を反射して自分に掛かってしまう事もあった。


 ブラムの指導の元、ウェスタは「アクペリエンス」の特訓に励んだ。

 鼓舞の蛇眼を反射し過ぎて心が乱れてきたらブラムが恐慌の蛇眼で気を落ち着かせた。


 その日の内にウェスタはコツを掴んで蛇眼を剣に宿せるようになった。

 あとは速さと精度を高めるだけだと思っていたがそうではなかった。

「貴様のメデューサ流剣技は格好だけだ。あの剣技は蛇眼を繰り出すために相手を見据えるためのものだ。

 剣と蛇眼の同時攻撃のプレッシャーを与えなければ意味がない」

 実はブラム自身がオキツから指摘された事だったが、ウェスタはメデューサ流剣技の基本の型の指導も受けたのだった。

「仲良くなれたと思ったのにやっぱり怖いのね」

 厳しい指導にインゲルもぐったりしてしまった。


「ブラム様から見て、父はどういう人物でしたか」

 休憩のひと時でウェスタはブラムに尋ねた。ブラムは一瞬考えて、

「ノンポリでけんかっ早いろくでもない奴だった」

 苦笑しながらそう言った。

 あんまりと言えばあんまりな物言いだが、野心もなく剣の勝負のために反乱に加担した人物だ。

「だが剣術には真摯に向き合っていた。そのおかげでこうして女神と戦う手段を得ている」

「そうですね」


 仲のいい父親ではなかったし、その破天荒さに振り回され苦労をした。

 それでもここ一番の切り札をその父親から与えられたのは嬉しく思う。


「おーい、ウェスタ!」

 特訓も済んだ頃、サイクロップス族のゲイリーが魔界に現れた。

 手に剣を持っているが、彼は普段剣を使わない。

「わたしが依頼した」ブラムは言った。

「魔法の媒介として、魔法剣としての性能に特化した剣が必要になってくると考えての事だ」

 確かに今ウェスタに必要なのは切れ味や破壊力のある武器ではない。


「名前はクリュサオルだ」

 それは柄に蛇の意匠のほどこされた長剣だった。

 手にしてみると思ったより軽く使いやすい。

「蛇の飾りの目玉は魔石で魔力を増幅させる。奥義を使う時にも役に立つだろうぜ」

「これほどの業物を、この短期間で!」

「ヒートラの旦那が力を貸してくれたんだ」

 イフリート族の炎とサイクロップス族の力と技術で鍛え上げられた剣だった。

「でもさすがに疲れたぜ」

「ああ、ゆっくり休んでくれ」

 ゲイリーは結界城に戻って行った。


「奴に武器の発注をしたのは久し振りだ」

「どうでしたか?」

「宮廷鍛冶師だった頃より腕が上がっていた。なまっていると思っていたが」

「あの頃より仕事が減ったのは確かです。ですが人間界でも武器や工芸品、美術品にいい刺激を受けています。彼にはそういう遊び心が必要なんです」

「そういうものか」ブラムは苦笑した。

 いよいよ若い世代に後を託す時が来たのかも知れない。

 嬉しくもあり、寂しくもある。


 そこへアンクがやって来た。

「奥義は使いこなせるようになりましたか」

「ああ、敵が仕掛けて来る前に何とかなったな」

「その事ですが」アンクの顔が険しくなった。

「天使達の練兵の動きがなくなったようです。仕掛けて来るのは時間の問題かと」

「そうか」

 敵の準備がいよいよ整った、と言う事だ。

「守っていてもアイギスには近づけない」

 ウェスタはブラムとアンクに宣言した。

「我々から仕掛けるんだ」


 一方その頃、世界樹ユグドラシルの頂上にある神の神殿、それよりさらに高い場所に十二枚羽の天使のような姿があった。

 女神カリスである。


 熾天使ガブリエルの造反により、自分の過去と弱点を知るスフィンクス族のアンクを取り逃がした。

 ガブリエルが許し難いのは確かだが、カリスは自身の落ち度も感じていた。


 十二枚の重なり合った翼から気付いた者はいなかったが、石化した一枚の羽はまだ残っていた。

 そのせいで動きが精細さを欠いていた可能性がある。

 回復の方法を模索中だったが、戦いが激化するに当たって命取りになりかねない。

 カリスは石化した羽をむしり取った。


「グワアアアアアアアアアア!!」


 痛みはない。痛みは身体の異常を伝える事で危険を察知するためのものだが、どんな傷も治せる女神にとっては無用のものだ。

 しかし、彼女の翼は一枚一枚が丁寧に描かれ、左右対象に配置された、完全なる美の象徴とも呼ぶべきもの。

 それを自らの手でむしりとるなど彼女の美意識にとって耐え難い、許し難い事だった。

 これ程の怒りを覚えたのは久しぶりだ。


 全てあのメデューサの魔王のせいだ。


 アイギスが連れて来た時は、取るに足らない子犬のようなものだと思っていた。

 大魔王を石化できた時は、思わぬ拾い物だったと思った。

 そのおかげで死の瞬間に次の大魔王に引き継がれる知恵の果実を抜き取る事ができた。


 しかし、その子犬がここへ来て世界でただ一人の自分の天敵となろうとは!

 しかもアイギスのみならず人間界の民にすら呼応する動きが起こっている。


 全く忌々しい存在だ。

 うかつには近づけないが、必ず息の根を止めなければ。

 幸いにも熾天使ミカエルによる天使の軍団の練兵は順調ですでに七千万もの軍勢を動かす事ができそうだった。

 後は……


 カリスは神殿に降りると玉座に付いた。

 そこには一体の天使が待っていた。白い長髪の切れ長な目をした青年、かつての勇者一行の魔法使いフィリップこと天使アザゼルである。


「お帰りじゃったか、女神様」

 恭しく出迎えるアザゼルだったが、カリスは憮然としていた。

「アイギスは神の雷を修得しましたか?」

「どうじゃろう。ボアネルゲは大変な能力じゃからのう」

「ムルスを読ませるよう進言したのはあなたですよ」

 責任を持てと言わんばかりだった。カリスは苛立っているようだ。

「アイギスが従順でないならば」

 ここでカリスの顔色は変わった。静かな冷めた表情に。

「勇者を作り直す方法もあります。『知恵の果実』を抜き取って」

「『知恵の果実』を受け入れたのじゃから大丈夫じゃろう」

 アザゼルは冷静さを装って言った。

「作り直す」とさらりと言っているが、それはアイギスを殺すと言う事ではないのか。

 カリスの心境が変わる何かがあったようだ。彼女が冗談で言ってるようには思えなかった。


 アザゼルはすぐさまアイギスの元へ向かった。

「カリスは急いでおる。余り猶予はないぞ」

 そこには黒い短髪の凛とした顔立ちの少女がいた。巻物を片手に魔法の練習をしていた。もう片手には魔法の光がみえる。

「お前を殺して『知恵の果実』を奪うつもりかも知れん」

「そう」アイギスは素っ気なく言った。

「『知恵の果実』の能力を一挙に三つも覚えるのは無理があったのではないか?」

「いいえ」アイギスはきっぱり言った。

「ちょうど三つ目が使えるようになったところよ」

「ならば……」

「ええ」

 アイギスは立ち上がった。その顔は決意に満ちている。

「いよいよ始めるわ。カリスには準備ができたと言って」


(戦いを止め、人間も魔族も守る。それがわたしにできるただ一つの事だ)

 それぞれの思惑を乗せ、二つの世界の命運をかけた戦いが始まろうとしていた。


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