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中魔王メデューサ  作者: 隘路(兄)
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第32話 月下のメヌエット

 女神の軍勢が去って魔族の軍勢も魔界に戻った。

 結界城に集結する魔王達。

 玉座に付くウェスタの傍らに立つのはゲイリーとヘルセー、そしてヘルセーの肩のザデン。

 彼らの前にはこうもりの姿のブラムと、イフリートのヒートラ、リヴァイアサンのレヴィア、ベヒモスのグスタフ。

 女神の「グローバルアセンション」を見て戦争は避けられないと考えたブラムが三名に軍団を編成させ連れて来たのだった。


「ヒートラ殿もよくご助力下さいました。感謝します」

 イフリートのヒートラはかつてウェスタが勇者アイギスと共に相対して倒した相手だ。

 拘束していたが、大魔王ブラムに勝利した後は解放してイフリート城に戻していた。

「ブラム殿に加えてグスタフ殿に頼まれては断れん。それに魔界の危機でもある」

 ヒートラとグスタフはかつての人間界との交戦派であったし、武闘派魔王として気心の知れた仲であった。


「レヴィア殿とグスタフ殿、結局軍事行動になってしまって申し訳ありません」

 ウェスタは二人に謝罪した。二人には大魔王城城下町の復興を中断して駆けつけてもらった形だ。

「聞けば女神カリスが恐ろしく周到に策を練っていたそうではありませんか」

 レヴィアはその辺りのいきさつを知らない。


「あの女勇者がさらわれたとも聞いているぞ」

 ヒートラもその事も尋ねてきた。かつて敗北を喫した相手だ。

「え、マジ?わしファンだったのに」

 グスタフも驚いていた。

「その事は詳しくお聞きかせ願いたい」

 レヴィアはグスタフに一瞥しつつ尋ねる。


 ウェスタは人間界で結界城と人間界での戦いの事を話した。

 そしてカリスの目的とアイギスの能力の事を。


「やはり勇者は魔界のために倒さねばならない敵だ」

 イフリートは語気を荒げた。

「いや、でもあんなにかわいいのに?」

 グスタフは戦いたくはないようだった。

「ふむ……」

 レヴィアは思案していたが、ウェスタに近づいて耳打ちして来た。

「で、告ったの?」


「それ大事な事ですか?」

 ウェスタは言ったが、

「大事じゃろう」

 大メデューサは深くうなづき、レヴィアは親指を立てて応じた。

 以前は口論になった(そして石化させた)両名だったが今回は意気投合できたようだ。


「で、どうなのです?」

「しました」

「嘘を言え。二人で出掛ける約束しただけじゃ」

 大メデューサの鋭い指摘を受けてしまう。


「ふうむ……。まあいいでしょう」

 レヴィアやグスタフは今回戦争になってしまった事を責めはしなかったし、これを人間界の侵略にしてはならないとも言ってくれた。

 あくまで魔界を守るために戦い、人間界を侵略するための戦いはしない考えで一致した。


「私達もこの城に留まります。ハーピー達、部屋はありますか」

「はい、普通に魔王様達の部屋は用意してあります」

「微妙に用意してありまーす」

「逆に用意してありまーす」

 ハーピー姉妹もレヴィアには緊張しているようだ。


「やっぱり威圧感あるわねえ」

 インゲルはつぶやいた。

「てか何で水着?」


 今後の協議が終わったウェスタが大魔王城にしつらえた寝室に戻ったのは深夜になってだった。

 しかし、ウェスタは部屋と扉を閉めるなり壁を殴り付けた。

「くそっ!くそっ!」

「ど、どうしたっての?」

「おい、落ち着かんか!」

 インゲルと大メデューサはらしくないウェスタにショックを受ける。

「ええい!こんな事!こんな事ではっ!」

 今度は机に拳を叩き付けた。

「二百人!今日だけで二百人死んだ!」


 戦争では当然死者が出る。そして、天使は人間に戻るが、魔族の死者は本当に死んでしまう。

 レヴィア達は承諾してくれたが、結局戦争になってしまった。

 今後も魔族に多数の死者が出るだろうし、人間達に恐怖感と不信感を与えることだろう。

 平和と自由などほど遠い。

 かつてアイギスは自分の事を魔王らしくないと言ってくれたが、何の事はない。

 人間界を脅かす大魔王になってしまった。


「わたしのやってきた事など無意味だった!」

 アンクが戻って来ない事も苛立つ理由にあるのだろう。そして、アイギスの事も……。

「無意味だったんだ!」

 横になっても寝つけず、今度はベッドシーツを殴る。

 結局、酒をあおって眠りに就いた。

 これもらしくない事だった。


 次の日、寝覚めの悪い朝だった。

 朝、ウェスタを起こしに来たのはハーピー三姉妹の次女、青いドレスのアエローだった。

「微妙にすっごい酒臭いし!微妙にさっさと起きて!」

 きんきんがなり立てるのが勘に障る。確かに少し寝過ぎたようだ。

「朝食の時間か?」

「微妙に全然違うって!とにかく微妙に早く来てったら!」

「どうしたって言うんだ?」

「人間!人間が微妙にたくさん来てるんだって!」


 顔を洗い、寝癖を直し、うがいをした。

「まだ臭うか?」

「臭うっちゃ臭う。臭わないっちゃ臭わない。つまり微妙に微妙ー」

 結界城に人間達がやって来た。結界城から最も近い都市であるシラクス市の住民達だった。

 一応人間は殺害せずに済んでいる。揉め事にはしたくない。

 ウェスタは仲間を制し、一人で人間達の応対をする事にした。


「わたし達は人間界を侵略するつもりはありません。結界城もすぐに引き払います」

 あくまで天界の侵攻を食い止めるための戦いだ。人間と事を構える気のない事を強調したウェスタだが、

「いえ、そうではないのです。是非、人間界に留まって下さい。シラクス市にもお立ち寄り下さい」

 シラクス市の市長は意外な事を言って来た。


「どういう事です?」

「女神による人間の天使化に、実は私達は困惑しています」 

 老人や子供だけを残され世界各地で弊害が起こっているのはヘルセーが指摘した通りだ。

 天使化した人間は意志を奪われた状態でも記憶はあり、さらにその記憶は人間に戻ってからも残っていると言う。

 それでも魔界からの侵攻を食い止める目的には納得せざるを得ないと思っていたが、人々は今回の戦いでウェスタとカリスの会話を知ってしまった。


「魔族にもう侵略の意図はない!魔界に攻め込む必要はないだろう!」

「他にも道はある。魔族と人間が協調して、さらに世界が発展する道が!」

 ウェスタの声は天使となった人間の心に残っていた。

 そして、もしかしたら間違っているのは女神カリスの方かも知れないと疑問を持たせた。


「ウェスタ、お主のして来た事は無意味じゃなかったのう」大メデューサがささやいた。

「犠牲を出してしまったのは悲しい事だけど、ううん、だからこそあきらめないで」インゲルもだ。

 ウェスタはまだきょとんとしていた。そんな事が本当に有り得るのだろうか、と思った。

 人間と魔族の長年のわだかまりがそう簡単に溶けるものだろうか。


「そしてこの親書が市庁舎に届いていました」

 それはアンクの字で書かれていたものだった。


「新たな大魔王ウェスタは人間と魔族の戦いを止めるために勇者と協力して大魔王を倒しました。

 きっと人間界と魔界の架け橋になります」


 大まかにはそんな内容だった。内容は大魔王に就任した際に人間界の指導者達に送ろうと思っていた親書の内容と一致する。

 しかし、直後に大魔王ブラムの石像が姿を消し、結局送らず仕舞いだったはず。

 考えられるのはアンクが美術館に向かう前に直接届けていたという事だ。

 仮に自分が命を落とす事があってもと、二つの世界の平和のためにやれるだけの事をやってから旅立った。

 そう考えられた。


「わたしはあなた達を信じてみたい。もちろん魔族を恐れる者もいますが、わたしは協調する道を探したい」


「アンク……」

 涙が出そうな思いだった。

 戦争になってもまだ諦めてはいけない。いや、何があっても諦めてはならない。

 自分を信じてくれた者達のためにも、前に進まなければ。


「是非にも伺います。二つの世界の架け橋になれれば光栄です」

 ウェスタはシラクス市に向かう事にした。


 このシラクス市の動きは人間界の全てを見通すカリスも知っていた。

「人間が魔王を街に招いている、ですって?」

「神罰でも食らわすのかのう?」

 白髪の天使、アザゼルはカリスの顔を覗き込んだ。

「いいえ、そのような事は美しくありません」

 とは言ったがさすがにその表情は曇っている。


 実は熾天使達は全員出払っていた。

 ミカエルは自国に戻り、先の戦いで人間に戻った者達に指示を出して混乱を治めていた。

 ウリエルは各地の子供達をできる限り面倒を見ていた。

 ガブリエルも怪我をした子供を見つけて保護しているようだ。


 魔族との総力戦のための「グローバルアセンション」だったが、人間界に混乱を引き起こしてしまっていた。

「アザゼル、あなたはわたしが間違っていると思いますか?」

「急いておるのかも知れんのう」

 一度に多くの人間を徴用し過ぎたとも言える。アザゼルは言葉を選んで言った。


 カリスはアザゼルのその言葉で過去の記憶を思い返していた。

 女神になる直前、主神との会話の記憶だ。


「なぜ魔王が攻めて来たら勇者を選ばなければならないのですか?

 わたし自身が倒せば済む事では?」

「人間自身がやる事が重要なんじゃ。わしらが手を出せばそれは人間を支配している事と変わらない」

「分かりません」

「とにかく魔王が人間界を攻めて来たら人間の中から勇者を選ぶのじゃ。急いてはいかん。分かったな?」


 主神の言うようにやってみたが世界は変わらなかった。

 世界はいつまで経っても美しくならなかった。

 死と恐怖と堕落はいつまでも魔界からもたらされた。


「わたしは十分過ぎるほどに待ったわ」

 それはアザゼルに言ったのか、主神に言ったのか、あるいは自分自身か。

「知恵の果実を得た今こそ、完全で正確な美しい世界を作る」

 その世界が完成すれば人間達も己の浅はかさを理解するだろう。

 計画にわずかなほころびができたのは事実だが、達成は目前だ。

 必ず創ってみせる。美しい世界を。

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