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中魔王メデューサ  作者: 隘路(兄)
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第30話 ギャラリーオブカリス

 結界城から遠く離れた山中、山里からもかなり離れた峡谷にある美術館に舞い降りてきたのは魔族だった。

 白いゆったりしたローブにおっかぱ頭に金の髪飾りを付けたの褐色の肌の少年。

 背中には鷲の翼が生えたスフィンクス族の少年、アンクだ。


 ディッセル=ピエーロ美術館はすっかり寂れていて、管理人の姿すら確認できなかった。

 アンクはただ一人で美術館を調査していた。

 鬼才と呼ばれたピエーロだったが、晩年にめぼしい作品はあらかた売り尽くしてしまい、残されたのは初期の作品ばかりで、芸術品としては価値の低いものばかりだった。


 美術館を奥に入って行くとかつての美術館の目玉、「美の女神カリス」はあった。

 今は台座だけだったが、添えられた碑文こそがアンクの目当てだった。

 石像「美の女神カリス」の生い立ちを求めてこの美術館にやって来たのだ。

 アンクは碑文を読み始めた。


 ディッセル=ピエーロの人生は明と暗にくっきり分かれる。


 若くして芸術家として頭角を現し、パトロンも手に入れ、栄華を欲しいままにした青年時代。

 才能は尽きる事を知らず、一方で毎日パーティーを開き、富豪の娘達をはべらせていた。

 そんなある日一人の美しく、心の清らかな娘に心を奪われ、衝動的に結婚した。

 しかし、その妻は程なく病に倒れてしまう。


 妻を溺愛していたピエーロの悲しみは大きく、それ以来家にこもり誰とも会わなくなってしまった。

 そして、ピエーロは一体の石像を彫り始めた。

 憑り付かれたように亡き妻を模した像を生涯彫り続けた。

 生活が困窮してもピエーロは決してその像を手放さなかった。

 そして、その像こそ今は失われたと言われている「美の女神カリス」なのだ。


 記録はアンクの想像した通りの内容だったが、まだ仮説を裏付けるには決め手に欠けた。

 ピエーロ本人の日記まで読み込むしかないようだ。

 日記を探す前に台座の表面を軽く削り、採取した。

 これもわざわざこの美術館にやって来た理由の一つだ。


 採取も無事済ませて資料室へ。そこには日記は見当たらなかったので倉庫まで足を伸ばす。

 日記はそこにあった。六百年も前のものなので丁寧に扱わなければ。


 それからしばらくして、アンクは倉庫を後にした。

 美術館自体からも帰るつもりだった。

 ところがその時、美術館に入ってくる人影があった。

 長いブロンドをなびかせた、薄紫の修道服を纏った美しい女性。

 その背中には十二枚の美しい翼が生えている……。

 神々しいと言う言葉が似つかわしい、神々しいと形容する他のないその優美な姿。


「またお会いしました。あなたとは縁がありますね」


 女神カリスだった。


「ここに魔族が現れるとは。何の用ですか?」


「用事は済みました。すぐに帰りますのでお気になさらず」


 偶然の遭遇の訳がない。アンクがここに来たから彼女もここに来たのだ。

 アンクはそそくさと立ち去ろうとしたが、慌てて隠そうとしたピエーロの日記は目撃されてしまう。


「お待ちなさい。資料を勝手に持ち去ってはなりません」


 この時点でカリスは無表情だった。

 普段柔和な笑みをたたえた人物の冷たい無表情だ。

 しかし、持ち出しの件で腹を立てているのではあるまい。


「地上で起きている事は全て分かる」、この言葉を甘く見ていた。

 戦闘力を裂かせないために一人でやって来た事も失敗だった。

 誰でも立ち寄れるこの美術館を、本人が出向くほど重要視しているとは思わなかった。


「失礼しました。誰も来ていなかったようなのでつい。お返ししますよ」


 そう言ってきびすを帰そうとしたが。


「お待ちなさい」


 やはり冷たい声だった。震え上がりそうな程の。


「あなたはそれをすでに読了しています。それを持ち出す理由は仲間に見せるため。その日記に書かれた情報を伝えるためですね」


「………………」


 図星だった。この日記を読んだ事でアンクは女神カリスの秘密と弱点にたどり着いていた。

 しかし、その事を、日記を読了して情報を得ている事を、あろう事かカリス本人に知られてしまった。


 自分の見立ては正しかった。

 真実にたどり着いた。

 真相にたどり着いた。


 しかし、それが命取りだった。


「あなたをこのまま帰すわけにはいきません」


 一瞬でカリスは距離を詰めて来て、鋭い蹴りを繰り出して来た。

 アンクは回避したが、かわしきれず、背中の羽が宙に舞った。


「ぐぅっ!」


「この前の傷も完治していないようですね」


 痛む背中を抑えながらアンクはこの場をやり過ごす方法はないか考えた。

 何とか仲間の元に情報を持ち帰りたい。

 しかし、相手の体術はついこの前嫌と言う程味わった。その力強さと素早さを。


 とにかく外へ出なければ。怪我をした身体を引きずって外に向かう。

 日記は投げ捨てた。それを拾い上げるカリス。


「そもそもこんなものを残して置くべきではありませんでした」


 カリスが魔力を込めると日記は焼け落ちた。


「文化財を丁重に扱いたかっただけですが、パラノイアックだったのかも知れません」


 カリスはすぐにアンクに目線を戻した。


「あなたの命には執着せず、ここで始末しておきましょう」


 優しい物言いのまま重いパンチが飛んで来た。

 なんとか美術品の影に隠れてやり過ごすが、絵画が一枚壁もろとも破壊されてしまった。


 美術館は部屋数と障害物が多く、アンクは素晴らしい体術を誇るカリスの打撃と蹴りを何とかやり過ごし外へ出る事ができた。

 すぐさま宙を舞うアンク。飛行能力には自信があるが、女神に勝てるものなのだろうか。

 とにかく逃げるしかない。


 空中でアンクは後ろを振り返った。

 幸いにもカリスは美術館を出たところだった。

 結構距離を稼げた。逃げられるかも知れない。

 それどころかカリスは飛翔する気配がない。

 見逃してくれるのか、それとも追えない理由があるのか?

 カリスは腕を軽く振る奇妙な動作をしただけで美術館の前から動こうとしない。


 やはり何らかの理由で追っては来れないに違いない。

 自分は運が良かったようだ。

 アンクはそう思った。


 だが違った。

 突風が吹いたと思ったら背中に激痛が走った。

 瞬間、アンクは飛行できなくなって、まっさかさまに落下していった。

 宙を舞う赤いものは自分の血で、茶色いものは切断された羽。

 それらを把握して、自分は攻撃された事を理解した。

 そして、これ程の威力と射程のある攻撃手段があるなら、急いで追い掛けてくる必要性はない、という事も理解した。

 が、理解できたから何ができる訳でもない、落下して叩き付けられるのみだろう。

 それはとても苦痛だろうが、案外ある程度以上は痛くないのかも知れない。

 そんな事を考えながらアンクは落下して行ったのだった。


 美術館の前にたたずむ女神カリス。


「風圧の刃、久しぶりに使いました。この山地がいい風が吹いていたのでやってみましたが上手くいきました」


 落下した先は谷になっていて川が流れていた。大怪我を負っているし、まず助からないだろうが、川に落ちた死体は確認したい。

 しかし、その前にこの美術館を見直さなくては。

 建物ごと破壊するのは忍びないと思ったが、


「それこそパラノイアックだわ」


 カリスは苦笑した。

 その日、ディッセル=ピエーロ美術館は焼失した。


 その頃天界では熾天使ミカエルが天使の軍団の練兵を行っていた。

 元国王であるミカエルは女神カリスから天使の統率を一任されていた。

 自我をほぼ失っている天使達は熾天使の命令に忠実に従う。

 練兵は順調に進んでいた。

 ミカエルは魔族から人間界を守る使命感に燃えていた。自分の軍略を披露するのが楽しみですらあった。


「この短期間で見事なもんだ」


 熾天使ウリエルだった。

 数千万の天使達が規則正しく行動する様を見て感心していた。

 元ヴァンパイアハンターのウリエルは戦闘術の達人ではあったが、部隊を率いての戦争の経験はない。


「天使達は命令に忠実です。あなた方にも指示の出し方を教えます」


「そりゃあありがたいもんだ。なあ、ガブリエル殿」


 ガブリエルは世界樹の枝に座っていた。

 練兵の様子は眺めていたが、憮然としていて熱意が感じられない。


「ガブリエル殿、どうした?」


 ウリエルは再度話し掛けたが反応がない。

 ウリエルとミカエルは共闘の経験があったし意志の疎通はできていた。

 しかし、ガブリエルとは気心が知れていなかったので、この機会に距離を縮めたかったがどうも芳しくない。


「ガブリエル、あなたも部隊を指揮した経験があるのだろう」


 ミカエルはガブリエルの足元にやって来て言った。


「えー、そうだけどさ」


 やはりガブリエルは不機嫌そうだ。


「どうした?乗り気じゃないな」


 ウリエルも続いてやって来た。


「うーん、そうだねー……」


「機嫌が悪いのか?何故なんだい?」


「君の顔が暑苦しいからかな。お姉さん、暑苦しいのは嫌なんだよ。

っていうのは火あぶりになった時、さんざん熱かったからね」


 そう言ったら何がおかしかったのか、コロコロ笑い始めた。


「失礼じゃないか。ウリエル殿に謝れ」


 ミカエルが注意したが、


「煙たいのも勘忍。っていうのは火あぶりになった時、かなり煙たかったからなんだよね」


 そう答えるとまた笑い出した。


「これは戦に勝つために重要な事なんだ。茶化さないでくれ」


「うーん、何でやる気でないかなあ」


 ガブリエルは体を揺すって真悩み始めたようだったが、


「あっ、どうしてか分かった。お姉さんが戦ってたのはアンタの国だったからだよ」


 そういうとガブリエルはミカエルを指差して、睨み付けた。

   指差されたミカエルはハッとした。


「ヴァロア王国!そうだよね。君はあの国のプロテクトール家の坊ちゃんでないの。

 あの国の行軍を見てるみたいでくさくさしちゃうんだよね」


 確かにガブリエルことタルトレット=レミがボルジア王国を率いて戦ったのは、ヴァロア王国だ。

 しかし、それは百年も前の事でミカエルこと、アレクシウスの知るところではない。


「とにかくあなたにも部隊を率いてもらいたい。いいですね」


「それって注目されるじゃん。人に注目されるのもまっぴら!って言うのは……」


「火あぶりの時に注目されてたからってか?」


ウリエルが先手を打って言った。


「正解!分かって来たね」


 と、言うガブリエルは一瞬笑顔になったが、すぐに真顔に戻ってしまった。


 結局ガブリエルは地上へ飛び去った。


「偉くご機嫌斜めじゃないの、彼女」


 ウリエルはかぶりを振った。


「彼女は人間界を守るための戦いを何だと思っているのか」


 ミカエルは憤慨していた。人間界に危機が迫っているのに緊張感がなさ過ぎやしないか。

 わたしの国と戦っていたから?


「戦争そのものが嫌いなのかもねえ」


 ウリエルはそう分析した。


「ミカエル殿のせいではなかろう。彼女は少しそっとしておこうじゃないか」



 地上へ降りたガブリエルは峡谷を飛んでいた。

 その先の深い谷に囲まれた洞窟は、ひんやりしていて一人になるにはうってつけの場所だった。

 今日は一人になりたい気分だった。

 と思っていたら峡谷を落下するものを、いや、恐らくは人を見つけた。

 それはそのまま川に落ちたのでガブリエルは追い掛けて救い出した。


 救い出した時点では褐色黒髪の少年に見えたが、洞窟に寝かせたら色白で金髪の少年だった。

 自分が火あぶりで死んだと思ったら生き返って天使になったくらいだから、そんな事ぐらいはあるのだろうと思った。

 少年はすぐに意識を失った。どうやら背中に大怪我を負っているようだ。

 何故落下して来たのか、何故大怪我をしていたのか、疑問はあったが、放置してはおけない。

 ガブリエルは少年を介抱する事にした。


 その少年は女神カリスに襲われたアンクだった。

 朦朧とした意識の中でも誰かに救い出された事を認識したアンクは、とにかく魔術で姿を変化させた。

 地上の全てを見ている女神の目をごまかす事が本当にできるのかは賭けだったが、とにかくやってみた。


 本来は羽を隠す事に主眼を置いた魔術だったが、羽はすでに切断されている。

 まあ断面を隠す事ができれば意識を失っても安心だ……。

 そんな事を考えている間にさすがに意識が薄れていった。


 こうしてスフィンクス族の少年魔王アンクと熾天使ガブリエルは出会ったのだった。

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