聖獣奇譚
「運命の出会い」
そんなもの、本当にあるのか?
そう、思っていた。
あいつと出会うまでは。
「何をしている?」
声を掛けられ、ルティアルは動きを止めた。
声をかけた人物は、フード付きのマントを身にまとっていた。顔はよく見えないが、長身で細身ということは分かる。声はよく通るが男性にしては少し高めのような気がするのは気のせいだろう。
「えっ?・・・見てのとおりだけど?」
「・・・見てのとおり、というのなら、かなり無謀な喧嘩だな」
一人の青年に、数十人のむさくるしい男たちが寄ってたかって、喧嘩を売っている。という状態なのだが、青年は緊張感も悲壮感もなくお気楽に笑っている。
「無謀、かな?」
ルティアルは籠手をつけてはいるが、武器らしいものは持っていない。だが、身体は筋肉の塊だ。
鍛えぬいた身体そのものが武器であり、防護である。
「攻撃は、最大の防御と言うが・・・お前の場合、存在そのものが凶器だな」
声をかけた人物はマントを翻し、右手に細剣を手にした。
「細剣?」
切ることには向かないはずの細剣が、一閃した。
その直後、一人の男が悲鳴を上げた。
「腕・・・うでがぁ!!」
「うるさい!死にたくなければ、失せろ!」
一喝しながらフードの隙間から見えた口元は、笑っていた。
一斉に襲い掛かる男たちを前にしても、微笑み続ける人物が動こうとした瞬間、
「なにっ?!」
「よそ見をするな、おれもいるぞ!」
ルティアルは拳を振るい、男たちを威嚇する。すでに、10人以上が戦闘不能になっていた。
いつの間にか、ルティアルと細剣の人物は背中合わせになっていた。
「いいこと教えてやるぜ。こいつら全員、賞金がかかっている」
細剣を自在に振るいながら声をかける人物に、ルティアルは笑みを向けた。
「と、いうことは、思いっきりやってもいいんだな?」
「もちろんだ。ついでに賭けをしようぜ?」
細剣の人物は先ほどまでとは違い、口調が荒く、雑になっている。
「賭けって、どっちが多く倒すかという数勝負でいいのか?」
「それでいいだろう?」
襲ってくる男達を細剣で捌きながら息一つ乱さず、余裕のある口調で話し続ける人物に、ルティアルは感心しながら拳をふるい続けている。
「なんなんだ、こいつら!!」
たった2人に翻弄され、数十人いた男達は瞬く間に数を減らし、気づいた時には片手で数えるほどの人数しか残っていなかった。
「今のところ、イーブン・・・引き分けか」
「問題は、あいつだな」
2人の目の前には、ひと際大きな体の男がいる。肥満体系でルティアルよりも1周り以上大きい。
「手応えがないんだよ」
ルティアルが幾度か仕掛けているが、分厚い脂肪に阻まれているらしく、ダメージを受けていないようだ。
「・・・人間、鍛えようのない部分があるだろう?」
フードの下で、小さくため息が漏れた。
「まあ、そうなんだけど・・・」
ルティアルはためらっているようだった。攻め方を知ってはいるが、やりたくないと思っているのか、攻撃の仕方も鈍くなっている。
「ったく・・・ためらうぐらいなら、下がれ!」
ルティアルをかばうように立ちふさがると同時に躊躇うことなく細剣を突き出す先は、肥満男の右目を付き、動きを封じてしまう。素早い動きは周囲を翻弄し、細剣というハンデを強みに変えていた。
「すまない・・・あとは引き受ける!」
ルティアルは残っていた男たちを一撃で倒し、周囲は静寂に包まれた。
死屍累々、と化した男達に見張りは必要なく、2人で近くの村に行けば、運がいいのかたまたま巡回に来ていた兵士たちに出会い、男達のことを話すと慌てて飛んできた。
「とりえず、片は付いたな」
細剣の人物はフードを外し、顔を見せた。その瞬間、周囲の兵士ばかりか倒された男達ですら、息をのみ、動きを止めた。
「・・・お月様みたいだな」
まさに、月の光だった。
月光そのままのような髪が最初に飛び込んでくる。そして、鮮やかな紺碧の瞳、冷たさを感じさせる顔立ちは眼光の鋭さが原因だろう。
「はぁ?」
「満月、じゃないなぁ・・・綺麗な三日月、だ」
顔をのぞき込むルティアルに、フードを外した人物は思わず一歩引いてしまう。
「紺碧、じゃないな。もっと深みがあって、なんだろう・・・たとえようがない色だ」
「おい、ちょっとまて!」
遠慮、躊躇、という言葉をどこかに置いてきたのか、ルティアルは笑いながらますます近づいた。
「俺は、ルティアル。ルーティ、と呼んでくれ」
「・・・リィーンだ」
「よろしく頼む」
差し出された手を見て、リィーンはため息交じりに握った。
戦い終わって日が暮れて、気づけば近くの宿で2人は夕食を共にしていた。
「ったく・・・なんで、こうなるんだ?」
宿は酒場も兼ねていて、リィーンが少し目を離したすきにルティアルは酒場にいた男達と酒を酌み交わし、
「兄さん、いい飲みっぷりだ!!」
「女将、追加の大ジョッキ!」
飲み比べに突入していた。今のところ、ルティアルにつぶれる様子はなく、ニコニコと笑顔のまま、杯を重ねている。
お尋ね者たちを倒して得た報奨金があるとはいえ、店の酒を全部飲み干しそうな勢いで飲み続ける男達とルティアルに、リィーンはめまいを感じた。
「・・・女将。代金はどうなっている?」
心配になったリィーンはジョッキを下げる女将に声をかけた。
「心配しなくていいよ。あんたたちだろう。盗賊団をまとめて倒してくれたの・・・このあたりの連中はみんな感謝しているから、そのお礼もかねているのさ」
「とはいえ、少々飲みすぎだろう」
リィーンは懐から小袋を出すと女将に渡した。
「無くなったら、追加分をそれで賄ってくれ」
「・・・あんた、気苦労が多そうだね」
「これが性分でね。頼めるかな?」
女将は無言でうなずき、リィーンには極上の葡萄酒と小皿料理をいくつも差し入れした。
「この酒盛り、いつまで続くんだ?」
リィーンがあきれながらつぶやく先では、ますますエキサイトする飲み比べが展開されていた。
「本当に酒を飲みつくしたら、あいつらから金を徴収する必要があるな」
両腰に下げた細剣に一瞬だけ視線を向け、リィーンは葡萄酒を口にした。
「久しぶりに飲んだ~~」
嬉しそうに背伸びをするルーティに、リィーンは苦笑していた。
「結局、お前が勝者か」
「そんなに強くなかったからな。代金はちゃんと払ったぞ!」
酔い覚ましに外に出た2人はゆっくりと歩いていた。
「ったく。店の酒、全部飲みやがって。明日の仕入れはお前も手伝えよ」