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4


 その日の夜、後宮ではちょっとした動きがあった。



 国王との謁見後、三百人ほどいた女性が約十分の一に減ってしまったのだ。


 大広間から逃げ帰ったその足で荷物をまとめて出ていった女性が多く、大半がその流れに乗って後宮を後にした。

 何もそんなに急いで出ていかなくても……と後で報せを受けた九天は呆れたが、花嫁候補達は国王が怖い以前に後宮での待遇の悪さにも限界が来ていたらしい。


 そもそも建物が壊れているし、窓から見える景色だって綺麗じゃない。

 あるのは雑草だらけ虫だらけの鬱蒼とした庭と、水も流れていない泥で埋もれた川床だ。

 饗される料理も豪勢じゃないし、国王はアレで花嫁になる選考基準もアレ。


 何より女性陣が気に入らなかったのは、国全体に歓迎の意思がないことだった。

 花嫁候補の誰もが「ようこそお越しくださいました!」と熱烈に迎えられ、下にも置かぬもてなしを受けると期待していたのだ。


 最高の宮殿を用意され、最高の待遇を受け、その中で他の候補達と美を競い、広大な国土を持つ裕福な王の花嫁になると信じて疑わなかった。

 もう一つ言えば、自分が選ばれるとしか思っていなかった。

 それが、ふたを開けてみれば倒壊寸前の宮殿に押し込められ、娯楽もないところで我慢させられ、夫となる男からは「ママに言われて花嫁募集しただけ。自分は結婚する気はないから」とのドン引きな言葉。

 国王の容姿が抜群に良ければなんとか許せる言葉だが、言った本人は人間とは思えない姿をしていると来れば花嫁になる気が失せてもおかしくない。


 残ったのは帰る場所がない数人と、ダリウスの容姿の恐ろしさとラージャム国王の妃という地位を秤にかけて様子見を決め込んだ女性達数人。そのお付きの者達。



 そして、国王との謁見に参加することのできなかった少女一人だった────。





「へっくし!」


 ぶるっと身体が震え、ニーナはくしゃみとともに目を開いた。


「………………。……あれ?」


 なぜだろう。


 いつのまにやら辺りが暗い。

 何度も瞬きしたのに視界の悪さは変わらず、起き上がろうとした手に柔らかい物が触れる。


「あれれれれ?」


 草だ。

 爽やかな春の風が素肌を撫でて通り過ぎ、濃い緑の香りに屋外にいるのだと分かった。


 自分は草の上にいる。しかも顔だけではなく全身余すところなく大自然の風を感じ、立ち上がったニーナは驚愕した。


「服がない……」


 完全な裸体だ。

 夜とはいえ、屋外で一糸まとわぬ素っ裸。


「こ……、これは初の体験……」

 あまり大げさに驚くことのないニーナもさすがに呆然とし、しばらく全裸のまま立ち尽くすしかなかった。


 最後の記憶は大浴場なので湯着を纏っていたはずなのだが、そんな薄い衣はいつのまにか取っ払われてしまっている。

 木々の隙間から漏れる月明かりと、ようやく闇に慣れてきた目で見れば、森の中の少し開けた場所にいた。

 自分で来た覚えはないので、浴場で眠ってしまった後にここまで運ばれたのだろう。


「……まだ後宮の敷地内、だよね? とりあえず部屋に戻る道を見つけないと」


 ニーナが案内された牡丹の宮など後宮のほんの一部で、全体は馬鹿みたいに広い。

 お腹も空いたしじっとしていても始まらないので、ニーナは思考を切り替え素っ裸のままてくてくと歩き出した。

(なんで裸なんだろ? ……考えても分かんないからこれは後でいいや。とにかく人を探そう。後宮に男の人はいないだろうし、女の人なら私が裸でもびっくりしないよね?)

 いや男女関係なくびっくりするよと答えてくれる人がいるはずもなく、ニーナはちょっとした開放感すら感じつつ歩を進める。


 木々が生い茂りすぎて建物の影すら見えないが、まっすぐ行けば後宮を囲む壁に当たるはずだ。そこから壁伝いに歩けば、最初に訪れた朱門に行きつくに違いない。素晴らしく完璧な計画だ。万事OKだ。


(王様との挨拶ってもう終わってるんだろうな。今何時なんだろ?)


 サボる気などなかったのだが、結果的にそうなってしまった。

 だが国王と会わなくて済むならその方がいい。九天には叱られるかもしれないが、挨拶に出られなかった説明はつくはずだ。


 とりあえずこの場で留まるよりは前進あるのみ。


 ぐっすり眠ってすっきりしたニーナは、動けるときに動けとばかりに元気よく夜の森を突き進んでいった。


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