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 抜けるような青空が広がる春の午後。

 爽やかな風が吹き抜ける繚乱後宮の中庭には大勢の人々が集まり、盛大なざわめきに包まれていた。


 正午を過ぎた頃から本宮の人々が続々と後宮に集まり、石舞台の前に陣取っていく。

 国王ダリウスと直接関わりのある宰相や各大臣達、将軍などの高官はもとより、ニーナと薫子、葵以外の花嫁候補達、武官文官官吏に法官、女官に侍従に兵士、はては手の空いている下働き達まで。

 本宮で働く人間が揃いも揃ったりで、その数千人以上。

 国王が代わってから初めて開催される一大イベントに、身分の上下なくとんでもない数の観客が集まっていた。



 それらの人々が見つめる中、指定の刻限が迫り、舞台中央に進み出た九天は優雅に一礼した。

 本宮でも馴染の人物である国王の側近に人々が私語を慎み、九天は静かになった観客席に向けて声を張り上げる。


「えー、皆様、本日はようこそお越しくださいました。ご存じのとおり現在後宮では我がラージャム国王ダリウス陛下の花嫁選考会が実施されており、ここに我こそはと名乗りを上げる二人の女性が集いました」


 おおーっと歓声が上がり、自然と拍手が湧き起こった。


「一人は瑞王の姪の姫君であらせられます薫子様。いま一人がラージャムの民であるニーナ様。お二方にはこの舞台上で人形のふりをして勝敗を競って頂きます」


 勝負内容はすでに告知されており、観客がざわめいたり口を挟むことはない。

 だが、どのような戦いになるのかを想像できた者は一人としていないだろう。


「人形のふりはニーナ様の得意演目であるため、ニーナ様には不利な条件を追加させて頂くこととなりました。これによって薫子様と公平に勝負を行って頂けると思います。皆様、この先舞台上──、特にニーナ様の周りで何が起こっても騒がず、冷静に勝負をお見届けください」


 具体的に何が起こるか見当もつかないが、観衆はそれぞれの仕草で了承を伝えた。


「なお、勝敗は皆さまの反応如何によって決めさせて頂きます。どちらがより人形らしくあったか、最後に私に拍手でお知らせください。──それでは、二人の花嫁候補にご登場頂きましょう!」


 九天が口上を終えて舞台から下りる。

 残ったのはからの石舞台だけになり、人々はなんとなく息を詰めて白一色の書き割りを見つめていた。


 やがて、どこからかかすかな鈴の音が聞こえた。


 一つ二つではない。

 最初は小さかったその音が徐々に重なり、やがて奏楽の音を響かせ舞台へと近づいてくる。


 舞台の上手かみて下手しもてから鈴を連ねた楽器を揺らす男達が先導として現れ、横笛、小太鼓、弦の楽器を胸に抱いた楽人達が後に続いた。

 彼らは厳かな祭礼の曲を奏でながら、左右に分かれて石のきざはしを上ってくる。


 舞台の両端に次々と座し、それらの楽人達を観衆が見守る中、六人の男に担がれた黄金の輿が粛然と現れた。

 輿は玉座のように豪奢な椅子の形をしており、その上にはそれぞれ装いを凝らした女性が腰かけている。


 上手側の椅子には床に流れるほど長い黒髪で、幾重にも重ねた瑞の正装を纏った類まれな美女。


 だが下手側の椅子には──────。



「おおおッ!」



 その黄金の輿が舞台上に置かれた瞬間、人々が波のように激しくどよめいた。

 千人の人間が同時に叫び、目を見開き、瞬きすら忘れ一心に舞台を見つめる。


 下手側に現れたのは、まだ年若い少女だった。


 ラージャムの女王のような真紅のアンタリを纏い、足元までを覆う典雅な純白の絹の長衣を身に着けている。

 柔らかなアンタリは少女の細い両肩を覆い、黄金の帯によってまとめられ膝のあたりまで流れていた。真紅の絹に入れられた刺繍は本物の金を混ぜているのか春の陽光にきらめき、少女の薄茶色の髪を飾る花も紛う方なき黄金細工だ。


 贅を凝らした装いであったが、人々はそんな見事な装束に圧倒されたわけではない。


 それを纏う少女自体に驚愕したのだ。


 膝の上でひっそりと重ねられた白い指先。

 ほんの少し、かすかに傾けられた白い首は華奢で、その上を視線で辿れば現れる面に誰もが魂を吸い取られたかのように恍惚とした。


 大きな瑠璃色の瞳はまっすぐ前を見るのではなくわずかに伏せられ、憂いの表情かと思いきや可憐な唇は静かに微笑んでいる。なんとも形容しがたい表情に心を奪われ、千人の大観衆は今や沈黙の中でひたすらにニーナを見つめていた。

 どう目を凝らしても瞬き一つせず、口許も胸元も時が止まったかのように制止している。


 上手側に座る薫子は抜きんでた美女ではあるが、あくまで人間。


 だがニーナは違った────。


 何がどう違うのか、誰にも分からない。



 これは、自分達と同じように息をする存在なのか。身動きをし、感情を持って、言葉を操る存在なのかが分からなくなるほど無機質に美しい。



 恐怖にも似た静寂が場を包んだが、その静けさも舞台袖から踊り出てきた数人の男達によって破られた。


 軽やかな足取りで現れたのは、両手に半月刀を持った三人の戦士だ。


 筋骨隆々とした上半身は晒したまま、下半身には足首で絞った緩やかな下穿き、そして頭には布を巻いた異国風の戦士達は剣を手にニーナの周りで軽快にステップを踏む。

 剣の柄に巻かれた長い薄布がひらひらと舞い、何事かと目を凝らす観衆の前で気合一閃────。



 両側から一足飛びにニーナに斬りかかった。



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