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腰帯が切れた。
「………………」
切れるはずもない丈夫な革の腰帯だ。小姓が渡してきたのだから、事前にほつれや傷などのチェックはされているだろうに。
突然締め付けの緩んだ長衣に、ダリウスは顔をしかめて床に落ちた帯を拾い上げた。
「……なんの予兆だ」
良い予感が一つもしない。
しかたなく小姓が持ってきた新しい腰帯を受け取ると、文官の一人が執務室に入室してきた。
「ダリウス陛下、胡九天様からお手紙がきております」
「そうか。すまないが読んでくれ」
とりあえず耳で情報を入れようと、ダリウスは新しい帯を締めながら命じる。
文官はうやうやしく封書を開き、エヘンとのどを整えた。
「それでは、僭越ながらこの私めが読み上げさせて頂きます。
親愛なるラージャム国王、僕の敬愛するダリウス陛下。お元気でいらっしゃいますか? あなたの懐刀にして第一の臣下、あなたの側近であり護衛官、後宮の管理まで一手に担う宦官の胡九天(こきゅうてん)、年は二十五歳。北の竜安国にて罪人の子として生まれ、父との逃亡生活の果てに十歳の頃に刑を受けて命を奪われそうなところを、当時のラージャム国王に救って頂き王太子であったあなた様にお仕えすることになりましたが」
「前置きが長いな……。設定集のような手紙だ」
「手っ取り早く陛下との関係性を説明したいのでしょう。飛ばして本題から読みますね。
にゃっはー、どうでもいいですけど最高の美少女見つけちゃいましたよ~! なんとびっくり十五歳!」
「おい唐突に文章が変わったぞ!?」
「どうですかピチピチですよー? あなた年上も年下も同い年も合わなかったんですから、ここらでいっちょ法律に触れるぐらい年の離れ」
「すまん、自分で読むから貸してくれ!」
「気になるのでそのままお読みします。いっちょ法律に触れるぐらい年の離れた女とかどうですかね? 女は若いに限りますしあなたも前に年上の女は疲れるとか言って」
「読まんでいいいいいッ、貸せ! 私に渡せ!!」
「必死ですね!」
「内容的にそうならざるを得んだろう!?」
立ち上がり手紙を掴もうとするダリウスに、兵達はコソコソとささやきをかわす。
「ダリウス様、年上の女性ディスってたんだ~」
「やだー、最低。ひょっとして意識高い系?」
「お前たち意識高い系の意味分かってるか!? その単語言いたいだけだろう!? だいたいにして年上の女性とは母上のことだ!」
「お母様の悪口言ってたんですか。それはそれで最低ですよ」
そうだそうだとはやし立てられ、正論にぐぐぐと言葉を詰まらせるしかない。
「続きをお読みしますね?
たぶん三日後には都に入りまーす。楽しみに待っててくださいね! ほんとマジで世界終わりそうなほどの超絶美少女ですから!
……だそうです。日付は昨日なので、明日にはお着きになりますね」
けっきょく最後まで読まれ、ダリウスはぐったりと椅子に腰を下ろし直した。
「十五歳など論外だ。子供は親のところへ戻してやれ」
「今から返信したって遅いですよ。九天様が世界終わりそうって言うなら相当の美少女でしょうし、我々も気になります」
「なりますなります。それに陛下が花嫁に選ばなければ済むことでは?」
文官や近衛兵達がわらわらと周りに集まり、ダリウスは深々とため息をつく。
「選ばなければいいという問題ではないぞ。そんなに綺麗な娘ならさぞかし両親に可愛がられていたのだろう。その娘がいなくなることで親がどれだけ嘆き悲しむことか……。早いうちに親元へ帰してやりたい」
奔放な九天のことだ、あれこれ説き伏せて強引に連れてきたに違いない。
娘の窮地を思いしみじみ唸ったダリウスに、臣下はこぞって感涙する。
「さすがです、陛下!」
「なんてお優しいんだ!」
「陛下再校! 違った、最高!」
「こら馬鹿っ、変換候補一発目をそのまま使うな!」
「はっはっは、一発目がそれとはまるで作家のようじゃないか!」
いやぁ~申し訳ありません、ハハハこいつめ~と小突き合いながら、一同は輪になって楽しげに笑う。
国王に接するとは思えない打ち解けた雰囲気だが、これがラージャム王宮の執務室における日常だ。
読み終えた手紙を封筒にしまいながら、文官はなんでもないことのように軽やかに言う。
「すでにこちらに向かっているなら仕方ありません。後宮についてから改めて親元に戻してやってはどうでしょう」
「……そうするしかないか」
その少女だけでなく、ラージャムの後宮にはすでに大陸中の美女が集まっている。
「始まる前から疲れるな……」
切れた帯を手に、ダリウスは全身の息を吐き出すようなため息をついた。